長文 7.4週
1. ドイツの心理学者がくしゃが、あじには、塩味しおみ酸味さんみ甘味あまみ苦味にがみの四つの基本きほん要素ようそがあって、どんなあじもその組み合わせでできているというせつ発表はっぴょうして以来いらい基本きほんあじについてはもうこれ以外いがいにないと思われていました。しかし、味覚みかく研究けんきゅうしていた日本人の化学かがくしゃたちは、これにもう一つ、旨味うまみ加えるくわ  べきだと主張しゅちょうしました。
2. この旨味うまみ成分せいぶん発見はっけんし、初めてはじ  学会に報告ほうこくしたのは、池田菊苗きくなえ 博士はくしです。博士はくしはある日、夕飯ゆうはんを食べていて、つまが作ったお吸い物す もののあまりのおいしさに感動かんどう覚えおぼ たのです。そして、「このあじは、四つの基本きほんあじだけで出せるあじではない」と確信かくしんし、旨味うまみ研究けんきゅう取りかかりと    ました。
3. お吸い物す もののだしは、昆布こんぶでとられていました。そこで博士はくしは、四十キログラムもの昆布こんぶからだし汁  じるを作り、そこから旨味うまみ以外いがいのすべての成分せいぶん取り除いと のぞ ていくという、気の遠くなるような作業さぎょう続けつづ ました。そして最後さいご残っのこ 旨味うまみの正体が、グルタミン酸     さんという物質ぶっしつであることをつきとめたのです。池田博士はくしはこれを学会に報告ほうこくするとともに、調味ちょうみりょうとして大量たいりょう生産せいさんする方法ほうほう発明はつめいしました。そしてこの旨味うまみもとは、「味の素あじ もと」として商品しょうひんされ売り出されました。
4. 旨味うまみ成分せいぶんは、池田博士はくし発見はっけんしたグルタミン酸     さん以外いがいにもあります。たとえば、煮干にぼししや鰹節かつおぶしのだしの旨味うまみはイノシンさん干しほ シイタケやマツタケの旨味うまみはグアニルさんです。だしのあじは外国にもないわけではありません。西洋せいよう料理りょうりには肉類にくるい香味こうみ野菜やさい煮込んにこ でとるスープストックやブイヨンと呼ばよ れるだしがあります。中華ちゅうか料理りょうりでは、とりガラや干しほ エビ、白菜はくさいやネギなど、やはりさまざまな材料ざいりょう煮込んにこ で「たん」と呼ばよ れるだしを作ります。
5. このように旨味うまみ確かたし あじをよくする成分せいぶんであるとは認めみと られていましたが、旨味うまみだい五の基本きほんあじであるということは、世界せかいの人々∵になかなか受け入れう い てもらえませんでした。しかし、最近さいきんになってようやく、旨味うまみだい五のあじとして認めみと られ、そのまま「UMAMIウマミ」という用語となって世界中せかいじゅうに知られるようになったのです。
6. それでは、旨味うまみは、なぜおいしく感じかん られるのでしょうか。それは、旨味うまみ成分せいぶんが、わたしたちの体を作るために欠かか せないものだからだと言われています。グルタミン酸     さんアミノ酸   さんというグループに属しぞく 、イノシンさんやグアニルさん核酸かくさん呼ばよ れるグループに入る化学かがく物質ぶっしつです。そして、この両方りょうほうともが、わたしたちの体を作るのにとても必要ひつようなものなのです。つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいしく、たくさん取り込むと こ ようにできているのかもしれません。
7. 旨味うまみ少量しょうりょうしおが入ることで、より強くなります。また、ちがうグループの旨味うまみを組み合わせることによっても、ぐんとおいしさが上がることがあります。したがって、うまく旨味うまみ利用りようすることで、かえって塩分えんぶん減らしへ  たり、よりおいしい味付けあじつ にしたりすることも可能かのうになるのです。
8. ところで、昆布こんぶ旨味うまみ発見はっけんした池田博士はくしは、ロンドンに留学りゅうがくしていたとき、同じくロンドンに留学りゅうがくしていた文学しゃの夏目漱石そうせきに会っています。もしかすると、夏目漱石そうせきと、「日本料理りょうりのおいしいだしのあじ恋しいこい  なあ」などと話をしていたのかもしれません。

9. 旨味うまみ研究けんきゅうは、一杯いっぱいのお吸い物す ものから始まりはじ  ました。
10. 昆布こんぶのだしによろコンブ池田博士はくし笑顔えがおが、研究けんきゅう出発しゅっぱつ点だったのです。

11. 言葉ことばの森長文ちょうぶん作成さくせい委員いいん会(τ)