長文 9.1週
1. 【1】うちにはいると、おかあさんは、ヤッちゃんをおふろにいれてくれました。
2. あついくずゆをたべて、ヤッちゃんは、ふとんにはいりました。
3. すると、もうねてしまったとおもっていたチイちゃんが、むくむくおきあがりました。
4.【2】「おにいちゃん、さむかった?」
5. そういいました。チイちゃんは、もうおこった顔をしていませんでした。
6.「さむかったさあ。こごえて死んし でしまいそうだった。」
7.「ごめんね。」
8. チイちゃんにあやまられて、しかたなくヤッちゃんは、にこっとわらいました。
9.【3】「へいきさ、おふろにはいったから。あのね、チイちゃん、あの手ぶくろ、さがしたんだけど、見つからなかったんだ。」
10.「ふーん、そうなの。でも、いいや、ぼくがまんする。」
11. ヤッちゃんは、なんだかチイちゃんがかわいそうになりました。【4】それで、つくりばなしをすることにしました。
12.「うーんと、あのね、あの手ぶくろ、じつは、なくしたんじゃなくて、かしてやったんだよ。」
13.「かしてあげたって、だれに?」
14.「あのね、小人にさ。」
15.「小人? ほんとう?」
16.【5】「うん、ほんとうだよ。夕がた雪がふってきたろ。おにいちゃんがうちへかえろうとおもって、あるいてくると、もしもしってよぶんだ。だれかなって見ると、小人じゃないか。小さい、小さい、とっても小さい、雪の小人。まっ白いふくをきてね、白い三かくぼうしをかぶった、小人が天からふってきた。」
17.【6】「ほんとう? それ、ほんとうのはなしなの?」
18.「ほんとうとも。小人が五人、おにいちゃんのかたに、ぽんと立って、おねがいです、おねがいですっていうじゃないか。なんだいっていうとね、すみませんが、その手ぶくろをかしてくれませんか、そういった。」
19.【7】「へへえー、小人が、そんなこといったの!」
20.「うん。それで、どうしてってきくと、じつは……、ぼくたち天からふってきたので、とまる家がないんです。どうか、しばらく、その手ぶくろ、かたっぽうおかりできませんでしょうか。」
21.【8】「へえー、そんなこといったの。手ぶくろかたっぽうだけ……。ははあ、わかった。その小人、手ぶくろにはいってねるんだ。ゆびのところに、ひとりずつ。そうだ、きっと。それで、どうしたの、おにいちゃん。」∵
22.【9】「それでね、チイちゃんの手ぶくろだけど、ぼくかしてあげちゃったのさ。」
23.「ふーん、そうだったの。その小人よろこんだ?」
24.「よろこんだとも……。大よろこびさ。」
25.「じゃあ、かしてあげて、よかったね。でも、その小人、どこにすんでいるんだろう?」
26.【0】「さあね……、雪の中にあなをほって、すんでいるんじゃないか……。」
27.「春になって、あったかくなったら、手ぶくろかえしてくれるかなあ。」
28.「もちろんさ……。」
29. そういうと、ヤッちゃんは、ことんと、ねむってしまいました。
30.      ☆
31. それから一か月半ばかりたって、あたたかい日が五、六日つづいて、雪がとけはじめました。雪がとけてどろんこ道になりました。
32. ある日、ヤッちゃんのうちの、おとなりの犬が、赤いきれをくわえて、ふりまわしてあそんでいました。
33. それを見て、チイちゃんが、大声をあげました。
34.「ぼくのだっ、ぼくの手ぶくろだ。ゾウの手ぶくろがかえってきたあ。」
35. それは、チイちゃんの手ぶくろでした。
36.「わあーい。小人にかした手ぶくろだあーい。小人が、かえしてくれたんだあ。」
37. チイちゃんは、大よろこびしました。
38. 手ぶくろは、長いあいだ雪の下にあったので、ちぢんで、小さくなっていました。それに、おとなりの犬がふりまわしたからでしょう、ところどころあながあいて、もうつかえなくなっていました。
39. それでも、チイちゃんは、その手ぶくろを、小人にかした手ぶくろだといって、いつまでも、だいじにしていました。

40.「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十むくはとじゅうへん フォア文庫ぶんこより)