長文 9.2週
1. 【1】わたしは、そのとき一つのわるだくみをかんがえついたのです。
2.「ところで、ヘイキチ、まんじゅうをくいたくねえか。」
3. わたしがいうと、ヘイキチは、あんのじょう目をかがやかしました。
4.「そりゃあ、くいてえさ。」
5.【2】「だったら、バスのしりにのれよ。そして、県道けんどうにでるちょっとてまえの、ダルマのところでおりるんだ。ダルマへいくと、おじさんが、よくバスにのった、かんしんだ。おまえはゆうきがあるぞって、ダルマまんじゅうを一つくれるぞ。」
6.【3】「えっ、ほんとうかあ。」
7. ヘイキチは、からだをのりだしました。
8.「ああ、ほんとうとも。あそこのおじさんは、元気な子どもが大すきなんだ。」
9. わたしは、わらいたくなるのをがまんして、まじめな顔でいいました。【4】ヘイキチをだますことなんか、わけはありません。たべもののことをもちだせば、すぐくいついてきます。というわけで、ヘイキチはうそともしらず、バスのうしろにのったのですが、そのかっこうったらありませんでした。まるでヤモリがしがみついてるようでした。
10. 【5】ところが、どうしたわけか、ヘイキチはいつまでたってももどってきませんでした。あほうのヘイキチのことですから、もしかしたら、県道けんどうにでるまえにバスからおりそこなったのではないかしら。【6】のりおりの人がなくて、バスは、ていりゅうじょをいくつもとまらずに、とおくのほうまでいってしまったのかもしれない。そうおもうと、わたしはきゅうにふあんになってきました。そこで、わたしはダルマかし店へいってみました。【7】もし、主人しゅじんに見つかって、「おまえだな、ヘイキチにでたらめをいってそそのかしたのは。」と、とっちめられてはいけないので、そっと店の中をのぞいてみました。さいわいなことに主人しゅじんもいませんでしたが、ヘイキチのすがたも見あたりませんでした。
11. 【8】さては、やっぱり……そうおもうと、むねがどきどきしてきました。しんぱいになったわたしは、ヘイキチをさがしに県道けんどうをあるいていったのです。しょうてんがいをはずれると、道は田んぼのあいだをどこまでもつづいていました。【9】だが、そのどこにも、ヘイキチのすがたは見えなかったのです。
12.(ヘイキチののろまめ!)∵
13. わたしは、じぶんがうそをいって、ヘイキチをとんだめにあわせたこともわすれて、へイキチのへまをうらみました。
14. 【0】秋の日が、まっかなホオズキのように、ゆく手の山の上にしずもうとしていました。風がつめたくなってきました。ススキのほが、ぎんいろにかがやきながらゆれていました。(中略ちゅうりゃく
15. 日はすっかりくれて、くらくなってしまいました。わたしはこわくなりました。なきたいのをいっしょうけんめいこらえていそぎました。ぱたぱた、だれかがうしろからついてくるような気がしましたが、ふりかえると、だれもいませんでした。まっくらな道があるだけでした。わたしは、ぞっとしました。
16. だから、町のあかりが、とおくのほうにちらちら見えたときは、ほんとうにほっとして、おもわずかけだしてしまいました。
17. うちでは大さわぎして、わたしをさがしにいこうとしているところでした。そこへ、わたしがもどっていったので、おかあさんは、ほっとするとどうじに、かんかんになっておこりました。
18.「みんなにしんぱいをかけて、このばかが……。」
19.と、おかあさんは、わたしの頭をいやっていうほどたたきました。そのいたいのなんのって、おもわずなみだがあふれたほどです。いや、もしかしたら、それは、やっと家にもどれたという、よろこびのなみだだったかもしれません。
20. そのとき、わたしはなみだごしに、ヘイキチを見つけたのです。ヘイキチは、わたしを見ながら、にたにたわらっているではありませんか。
21.(おれがあんなにしんぱいしてたのに、おれが、あんなにわるいことをしたとこうかいしてたのに、ああ、なんてことだ。とうのヘイキチが、のんきな顔をしてうちにいたなんて。こんちきしょう!)
22. わたしは、わっとなきだしながら、ヘイキチめがけてむしゃぶりついていきました。ところが、わけをしらないおかあさんは、わたしがただヘイキチにわらわれたので、おこったのだとおもったのでしょう。ますますわたしをしかりつけました。
23. あとできいたのですが、ヘイキチはこわくなって、百メートルもいかないうちにバスをおりてしまったのだそうです。そうしたら、ちょうどろじで、紙しばいがやっていたので、見てしまったというのです。
24. なんのことはありません。わたしはじぶんがついたうそに、だまされたようなものです。まったくばかなはなしです。

25.「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十むくはとじゅうへん フォア文庫ぶんこより)