長文集  4月1週  ○一万年あまり前  ta2-04-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/01/31 19:03:23
 【1】一万年あまり前、人間の前に、大き
な悲劇がせまってきました。運命が、はじめ
て、人類に対して、冷たく背をむけたので 
す。
 原因は、地球の気候の変化です。多くの地
方で、温度がどんどんあがりはじめました。
【2】氷河は、後退していきます。気候の変
化は、植物に大きな影響をあたえました。植
物を食べて暮らしている動物たちも、当然、
大きな影響をうけます。
 その頃、地球上には、約百万人の人間が暮
らしていたろう、と推定する学者がいます。
【3】今日の地球上の人口からみれば、五千
分の一という数です。
 しかし、彼らは、有能な狩人でした。肉食
を主にする生きものとしては、すでにその数
は、他の肉食獣に比べ、異常なほどに多くな
りつつありました。
 【4】彼らの有能さの秘密は、石槍や石斧
、棍棒などを使い、集団で行動することでし
た。寒い草原にすむ大形の草食獣、マンモス
やトナカイに対して、とくにその戦法が有効
だったのです。しか し、狩猟の方法が発達
するにつれて、マンモスたちは人間に圧迫さ
れていきます。【5】そこに気候の変化が加
われば、大形獣はどんどん姿を消していくの
です。人間の狩猟法はますます有効になって
いくのに、頼りにしていた獲物が、いなくな
ってしまいました。
 多くの人が飢え死にしました。それでも、
人類は滅びませんでした。【6】マンモスの
ように地球上から消滅してしまう前に、新た
な生きる道を見出していったのです。
 人間という生きものが、その内に秘めてい
る多様性、それが、人間を救いました。
 自分をとりまく状態が変われば、それに応
じて自分も変わることができる。【7】いわ
ば、何でも屋の人間のしぶとさです。
 (中略)
 多様な新しい暮らし方のなかでも、とくに
大切なのは、植物を食べる、という生き方で
した。のちになって、人間の生活に大きな∵
革命をひきおこす芽が、そのなかで育ってい
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
ったからです。
 【8】もともと、人間は、肉を食べるあい
まに、食べやすい木の実、果実をつまんでい
た、と思われます。しかし、肉がなかなか手
に入りにくくなり、植物に頼って生きていく
というのは、さぞかし大変なことだったにち
がいありません。
 【9】葉を食べて栄養とするのは、人間の
身体にとって無理でした。木の実や、木の根
っこには、しばしば毒がありました。草の 
実、種は、かたい殻におおわれていて、その
ままでは食べても消化しません。
 【0】私は、アフリカの奥地で、固くなっ
たトウモロコシの粒 を、二つの石を使って
粉にして食べている人々の暮らしを見まし 
た。そのままではダメなものを、粉に変えて
食べる。これも大変な知恵です。それにして
も、挽臼を知らない人々の労働のなんとつら
いことか。一食分のトウモロコシを粉にする
のに、女性は一日の半分近くを使っていまし
た。
 当時の人々の遺体の多くは、やせていまし
た。マンモスがいた頃の人々の遺体に、栄養
の取りすぎのあとがのこっているのとは、ま
さに正反対です。また、草の種にふくまれて
いる糖分のせいでしょう。虫歯がふえてきま
した。
 きびしい生活のなかで、人間の内に秘めた
研究心が活動しはじめます。かつて、マンモ
スの行動を観察し、その弱点をついて成功し
た人間が、今度は、食べられる植物に、鋭い
目をむけていきます。
 人類が、はじめて農業という新しい生活方
法をあみ出した西アジア、いわゆるオリエン
トには、ムギが野生していました。アジアの
山岳地帯では、イネの祖先が、野生していま
した。そのほか、中国のアワ、アメリカ大陸
のイモやトウモロコシなど、まとまって収穫
することができ、栄養が豊富な野生の植物に
、当時の人間は注目して行ったのです。
 (羽仁進『羽仁進の世界歴史物語』)