1. 道のはじまり
2. 【1】それはすばらしいことでした。
以前人々が
狩りをしてくらしていた時代には、一つの山に動物がいなくなると、人々はべつの山へと
移動しなければなりませんでした。えもののない日は十日でもニ十日でも、食事をせずに、
食糧をさがし歩かなければなりませんでした。
3. 【2】ところが、いまではちがいます。一つの水田はよく年も、そのまたよく年も、きちんきちんと実りをあげてくれました。畑でとれた作物は、長く
保存することもできました。雪にうもれた
季節にも、
梅雨の長雨の
季節にも、人間は安心してその土地で、くらすことができました。
4. 【3】畑しごとのない日には、べつのしごとをすることもできました。はたおりをして、着物をつくることもできました。わらしごとをして、わらじやむしろや、なわをつくることもできました。【4】農作業の道具をつくったり、どうしたらお米がたくさんとれるようになるかと、みんなでゆっくり考えあう、ゆとりもできていきました。
5. 畑をたがやすということは、それほどすばらしいことでした。一つの土地にすみつくということは、たいへん幸せなことでした。【5】家と畑とをむすぶ道は、こうして毎日ふみかためられていきました。家と畑とをむすぶ道も、しっかりつくられていきました。
6. お米がたくさんとれるようになると、あまったお米は、べつの物と
交換することができました。【6】
漁村でとれた海のさかなと
交換することができました。山村でおられた
布と、
交換することができました。村と村とをつなぐ道も、こうしてつくられていきました。
7. お米がたくさんとれるようになると、十人の人をやしなうのに、八人が畑へしごとにでれば、すむようになりました。【7】あとの二人はべつのしごとにつくことができました。
武士になったり、
坊さんになったり、
貴族や学者や
技術者になることができました。そして、商人になることもできました。こうして都市ができました。大きな都がつくられていきました。【8】物と物との
交換は、さらに活発になりました。人と人との行き来もしだいにさかんになりました。
8. ちがった土地の人たちが、たがいに交流しあうようになると、ちがったくらしのちえも
交換されました。くらしの
技術はさらに進歩∵していきました。
9. 【9】
技術がすすむと、さらにたくさんのお米がとれるようになりました。物と物との
交換も、ちえとちえとの
交換も、いっそう活発になりました。道はいよいよたいせつなものになりました。道をつくる
技術も、物をはこぶ
技術も進歩していきました。【0】でこぼこ道がたいらになっていきました。広い道がつくられるようになりました。荷車もとおれるようになりました。そこで交通は、もっと活発になりました。
10.
人類の文明は、そのようにして
発達してきたのでした。道のはたらきは、そのようにしていよいよ
重要になってきたのでした。
11. では道は、人が使わなくなったとき、どうかわっていったでしょうか。大むかし人々がまだけものを追ってくらしていた時代には、そこにけものがいなくなれば、人間はべつの山へと
移動していきました。人の使わなくなった古い道は、いつか土にうもれてしまいました。草ぼうぼうになり、ジャングルのように木がしげって、もうあとかたもなくなってしまいました。
12. そうです。道はいつの時代にも、人間がそこをとおってこそ道でした。どんなにりっぱな道をつくっても、人間がそこをとおらなくなったとき、道はあれはて
廃道になっていきました。
江戸時代に、にぎやかに人の行き来した
街道も、
明治にはいって鉄道ができだれもが使わなくなると、とたんにさびれていきました。また、山のむこう
側とこちら
側とをむすんでいた
峠の道も、りっぱな自動車道がトンネルでつうじると、しだいしだいにわすれられていきました。
13.
14. 「道は生きている」(
富山和子)
講談社青い鳥文庫より