長文集  4月3週  ★並木の道、石の道(感)  ta2-04-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 並木の道、石の道
 【1】長い長い街道は、全国各地から都へ
むけて、みつぎものをとどけるための道であ
り、また戦争にでかけていくための道であ 
り、戦争や、都づくりの工事にかりだされる
人たちが、故郷をあとに都へむけて旅立つた
めの道でした。【2】旅人たちは、じぶんの
食糧をかついで何日も何十日もさびしい道を
歩きつづけたのでし た。ニワトリの声でも
いいから聞きたいなあと思うほど、心細いこ
とばかりでした。病気になる人もありました
。水も食糧もなくなって、死んでいく人もあ
りました。【3】並木道は、そんな旅人たち
をやさしくたすけてくれたのです。
 やけつくような暑い日ざしのま夏には、並
木のこずえはすずしい木(こ)かげをつくり
だしてくれました。雨がふれば、雨やどりの
場所になりました。夜がくれば、木かげはね
る場所になりました。【4】そして、食糧の
ない旅人には、木の実を提供してくれまし 
た。ですから大むかしの並木は、いまとちが
って、カキやナシな ど、くだもののなる木
だったのです。
 街道にはところどころに、駅もおかれてい
きました。駅にはウマを何頭もおきました。
 【5】それは、いざといういそぎの知らせ
のばあいには、役人がウマをのりついで、早
馬を走らせることができるようにした制度で
した。
 鎌倉時代になりました。源頼朝が鎌倉に幕
府をひらくと、幕府はこんどはまわりの山を
切りひらいて、切りどおしの道をつくってい
きました。【6】それは戦争にそなえてのも
のでした。いざ戦争というときに、各地に散
らばってくらしている武士たちが、いちはや
く鎌倉へはせ参じることができるよう、街道
をととのえていったのです。いまも鎌倉には
切りどおしの道がたくさんのこっています。
 【7】道はこのようにして、すこしずつと
とのえられていきました。旅館もたつように
なりました。並木のしゅるいはくだもののな
る木から、いつかサクラやウメにかわり、さ
らにスギやヒノキやマツ∵並木へと、かわっ
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ていったのです。
 【8】それにしてもくだもののなる並木道
とは、なんとすばらしいちえだったことでし
ょう。ドイツにも、むかしはそんな並木道が
ありました。けれどもそれは旅人たちのため
につくられたものではなく、領主たちが、た
だ実をとることを目的に、じぶんの畑の一部
として植えたものでした。【9】しかも、日
本よりは千年ものちのことだったのです。
 くだもののなる木の並木道は、いまでも日
本にあります。長野県飯田(いいだ)市のり
ンゴ並木は子どもたちが植えそだててきたも
のです。また茨城県日立市には、アンズの並
木道があります。【0】
 
 「道は生きている」(富山和子)講談社青
い鳥文庫より