長文集  4月4週  ○「自然ってどんな色?」  ta2-04-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/01/31 19:01:56
 【1】「自然ってどんな色?」と聞かれた
ら、何と答えるだろ う? たいていの人は
、緑色と答えるにちがいないし、実際みんな
そう思っている。だから「水と緑の町づくり
」などという標語がそこらじゅうに掲げられ
ているのである。
 【2】目に入る「自然」が一望の砂である
砂漠の国でも、水と緑はオアシスの象徴であ
り、人々はそこに安らぎを感じる。だから水
と緑は、人間という動物にもともとしっかり
結びついているものであるらしい。
 【3】たぶんそういう理由からだろう、か
つてはずいぶんこっけいなこともおこなわれ
ていた。道路を作るので、草木の緑におおわ
れた丘に切り通しを作る。新しい道の両側は
、赤茶けた土そのままの崖で、何ともうるお
いがないし、荒れた感じがする。【4】それ
にいつ土が崩れてくるかもわからないから、
がっちりとコンクリートでおおってしまう。
そうなると、ますます味気ない。そこで、と
にかく緑にしようということで、コンクリー
トを緑色に塗ったのである。
 確かに少し遠くからは緑にみえる。【5】
けれど、所詮はペンキで緑色に塗っただけで
ある。人間の感覚はこんなことでは欺(だ 
ま)されないはずだ。
 昔、モンシロチョウで実験してみたことが
ある。ケージの地面にいろいろな色の大きな
紙を敷き、チョウがどの色の紙の上をよく飛
ぶかを調べたのだ。【6】やはり緑色の紙の
上を、もっとも好んで飛ぶようであった。な
るほど、チョウは緑色であれば紙でもいいの
だな、とぼくは思った。
 けれどこれは、チョウチョにはたいへん失
礼な思いちがいであった。【7】ほんものの
草を植えた植木鉢をたくさん並べたら、チョ
ウは緑色の紙など見向きもせず、ほんものの
草の上ばかりを飛んだのである。
 コンクリートを緑色に塗るのはその後まも
なくやめになった。やはりほんものの草でな
ければ、ということは誰にでもすぐにわかっ
∵たからだろう。
 【8】だが、それでどうなったか? 次の
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方法は、道路わきの斜面(法面(のりめん)
)に牧草のたねを播くことであった。こうし
て多くの高速道路の両側が、外国産の牧草で
おおわれる始末となった。
 それは見るからにモダンな、最新のハイウ
ェイという印象を与えたことはたしかだった
が、人工の産物であることも明らかであっ 
た。【9】それはどことなくよそよそしい、
疑似自然なのだ。
 同じような擬似自然は、どこにでも見るこ
とができる。
 かつてアフリカのモンバサに行ったときも
そうだった。いかにもモンバサらしい熱帯の
風景の中で、ぼくはついに虫を一匹(ぴき)
も見ることはできなかった。【0】ホテルの
人にたずねたら、たえず殺虫剤を撒いて、蚊
を退治していますから、ということだった。
 これも作られた疑似自然である。昼になれ
ば時折どこからかチョウチョが飛んでくるけ
れども、それも偶然のことにすぎない。南の
色濃い植物たちがぼくらを包んでいるけれど
も、それはあたかも観葉植物園の中にいるの
とほとんど同じことだ。観光客たちはこうい
う場所にきて、熱帯の気分を満喫して帰る。
もちろんそれはけっこうなことだけれど、な
んだか変である。
 水と緑のあるゆとりの町づくり、自然との
ふれあい、自然との共生……ことばはさまざ
まにあるが、意味しているところは同じであ
る。美しく管理され、不愉快な「雑草」もな
く、いやな虫もいな い、疑似自然。それを
ところどころにとり込んだ町。つまりそうい
う町を作ろうということである。
 そこにあるのは「美しい自然」「調和のあ
る、やさしくてゆとりのある平和な緑」とい
う幻想だけだ。日本人は昔から自然を愛し 
た、などという誤った思い込みに陥らぬよう
、もう少し醒めた認識が必要なのではないか

 (日高敏隆『春の数えかた』)