長文集  5月1週  ○ちえくらべ(感)  ta2-05-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/01/31 19:01:11
 ちえくらべ
【1】「人々をすくうには、くさり戸(地名
)の大岩にトンネルをほるしかない。」
 禅海はそう思いました。村々をまわって、
村の人たちに協力してくれるようたのみまし
たが、だれも本気にしてはくれません。
「あの大岩にあなをあけるなんて、できるは
ずがない。」
【2】「あのぼうさんは大ぼらふきだ。」
「気がへんだ。」
と、村の人たちはわらうばかりでした。
「しかたがない。それならば一人でほってい
こう。」と、禅海は心にきめました。石工(
いしく)の使う「のみ」と「つち」を手にい
れると、力いっぱいつちをふりました。【3
】岩はほんのひとかけら、かけただけでした
。朝から晩まで禅海は、つちをふりました。
くる日もくる日も岩をきざみつづけました。
雨の日も風の日も手を休めませんでした。村
の人たちはわらいました。
「いよいよほんとうに気がくるった。」
 【4】一年がたちました。岩にはほんのわ
ずかのくぼみができただけでした。村の人た
ちはまたわらいました。
「一年間ほりつづけて、たったあれだけか。

 それでも禅海はやめませんでした。くだか
れる岩はほんのひとかけらです。【5】しか
し、心をこめてきざんでいけば、岩もまたか
くじつに、それにこたえてくれるのです。一
生かかるかもしれません。完成しないで死ん
でしまうかもしれません。それでもじぶんは
ほりつづけるのだと、禅海はかたく決心して
いました。
 【6】三年たち、四年たちました。人々は
もうわらいませんでした。あなの入り口に、
そっと食事をおいてくれるようになりまし 
た。しかしそれで、トンネルができようとは
、だれも信じませんでした。大岩の長さは百
メートル近くもあります。【7】それなのに
ほったあなは、まだ数メートルです。「きの
どくなぼうさんだ。」と、人々は思ったので
す。
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 十年たちました。二十年になりました。
 禅海はねるまもおしんで、つちをふるいつ
づけました。暗い岩の中ですわりつづけてい
るので、目も見えなくなりました。【8】足
もたたなくなりました。着物はぼろぼろにな
り、からだはほねと皮ばかりにやせこけて人
間かどうかわからないようなすがたになりま
し∵た。けれど、どうでしょう。トンネルは
、もう半分ほどにほりすすんでいたのです。
 【9】人々の目は、おどろきにかわってい
ました。それまで、あざわらっていたことを
深くはじるようになっていました。人々は考
えこんでしまったのです。「たった一人でも
、あれだけのことができるのだ。みんなで力
をあわせてほっていけば、ほんとうにトンネ
ルができるかもしれないぞ。」と。
 【0】こうしていつか人々も協力するよう
になりました。お金をだしあって石工たちを
よびあつめ、おおぜいで岩にとりくんでいっ
たのです。そしてある日のことです。まっ暗
な岩あなに、とつぜん光がさしこみました。
トンネルがぬけたのです。岩にぽっかりとあ
ながあき、山国川(やまくにがわ)の流れが
、むこう側に見えました。それは、禅海がほ
りはじめてから三十年目のことでした。
 禅海が、のみ一本でつくったこのトンネル
は、「青ノ洞門」とよばれています。長さ八
十五メートル、はば三・六メートル、高さ二
・七メートルのりっぱなトンネルでした。禅
海は死ぬと、土地の人たちに手あつくほうむ
られました。

 「道は生きている」(富山和子)講談社青
い鳥文庫より