ちえくらべ 【1】「人々をすくうには、くさり戸(地名 )の大岩にトンネルをほるしかない。」 禅海はそう思いました。村々をまわって、 村の人たちに協力してくれるようたのみまし たが、だれも本気にしてはくれません。 「あの大岩にあなをあけるなんて、できるは ずがない。」 【2】「あのぼうさんは大ぼらふきだ。」 「気がへんだ。」 と、村の人たちはわらうばかりでした。 「しかたがない。それならば一人でほってい こう。」と、禅海は心にきめました。石工( いしく)の使う「のみ」と「つち」を手にい れると、力いっぱいつちをふりました。【3 】岩はほんのひとかけら、かけただけでした 。朝から晩まで禅海は、つちをふりました。 くる日もくる日も岩をきざみつづけました。 雨の日も風の日も手を休めませんでした。村 の人たちはわらいました。 「いよいよほんとうに気がくるった。」 【4】一年がたちました。岩にはほんのわ ずかのくぼみができただけでした。村の人た ちはまたわらいました。 「一年間ほりつづけて、たったあれだけか。 」 それでも禅海はやめませんでした。くだか れる岩はほんのひとかけらです。【5】しか し、心をこめてきざんでいけば、岩もまたか くじつに、それにこたえてくれるのです。一 生かかるかもしれません。完成しないで死ん でしまうかもしれません。それでもじぶんは ほりつづけるのだと、禅海はかたく決心して いました。 【6】三年たち、四年たちました。人々は もうわらいませんでした。あなの入り口に、 そっと食事をおいてくれるようになりまし た。しかしそれで、トンネルができようとは 、だれも信じませんでした。大岩の長さは百 メートル近くもあります。【7】それなのに ほったあなは、まだ数メートルです。「きの どくなぼうさんだ。」と、人々は思ったので す。 |
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十年たちました。二十年になりました。 禅海はねるまもおしんで、つちをふるいつ づけました。暗い岩の中ですわりつづけてい るので、目も見えなくなりました。【8】足 もたたなくなりました。着物はぼろぼろにな り、からだはほねと皮ばかりにやせこけて人 間かどうかわからないようなすがたになりま し∵た。けれど、どうでしょう。トンネルは 、もう半分ほどにほりすすんでいたのです。 【9】人々の目は、おどろきにかわってい ました。それまで、あざわらっていたことを 深くはじるようになっていました。人々は考 えこんでしまったのです。「たった一人でも 、あれだけのことができるのだ。みんなで力 をあわせてほっていけば、ほんとうにトンネ ルができるかもしれないぞ。」と。 【0】こうしていつか人々も協力するよう になりました。お金をだしあって石工たちを よびあつめ、おおぜいで岩にとりくんでいっ たのです。そしてある日のことです。まっ暗 な岩あなに、とつぜん光がさしこみました。 トンネルがぬけたのです。岩にぽっかりとあ ながあき、山国川(やまくにがわ)の流れが 、むこう側に見えました。それは、禅海がほ りはじめてから三十年目のことでした。 禅海が、のみ一本でつくったこのトンネル は、「青ノ洞門」とよばれています。長さ八 十五メートル、はば三・六メートル、高さ二 ・七メートルのりっぱなトンネルでした。禅 海は死ぬと、土地の人たちに手あつくほうむ られました。 「道は生きている」(富山和子)講談社青 い鳥文庫より |