1. 【1】ヒトとイエバエの
対比を少し進めてみると、大きさはいうまでもないでしょう。
寿命はヒトを、
平均六十五年とすれば、イエバエはわずか二週間です。このあいだで
卵・
幼虫・サナギ・
成虫が終わってしまいます。
2. 【2】子どもは、今日の日本人の
平均的子どもの数は、二・二人すなわち、二人か三人、ハエは二百〜三百の
卵を
産みます。この
寿命と子どもの数で考えると、イエバエは一年間に、ものすごい数にふえることになります。【3】ある計算では、一対のハエの
子孫が、半年で
億の百倍
以上の数になるといわれます。
3. もちろん、ハエはこんなにはふえません。死んでしまう子どもが多いからです。ただし、この死んだ子どもは
卵であれ
幼虫であれ、
必ずほかの動物か植物の役に立っています。【4】その点ヒトでは、ほかの生き物にとって何の役にも立たない子どもが、生き
続けていることになります。
4. ハエが、短い期間で
大量の
卵を
産むことには、大きな意味があります。それは、
遺伝にかかわる問題が、短いあいだで
効果的にかたづくことです。【5】ある薬品に対して、
抵抗性のある
個体がいたとしましょう。ほかの
個体には
抵抗性がないと、薬品にであった場合、死んでしまうでしょう。
5. ところが、
抵抗性をもっている
個体は生きのこります。【6】これが
子孫をのこしていくと、子どもたちはみな、
抵抗性を持つものになります。しかも一生が短いから、この間に
抵抗性のないものが
死に絶え、
抵抗性のあるものが生きのこり、ハエの
群がすべて、
抵抗性のある
個体に入れかわる
結果になります。【7】このように短期間で、
仲間の
性質をすべて
変えてしまうことができます。
6. ヒトの場合は、一生が長く、生まれる子どもの数も少ないので、
特別な
性質を、グループ全体に入れかえてしまうには、ひじょうに長い、おそらく何万年という時間がかかるでしょう。
7. 【8】また、ハエとヒトの運動
性をくらべるとどうでしょうか。もち∵ろん、ヒトはハエのように
飛べません。その意味ではヒトの運動の
範囲は、ハエよりもせまいでしょう。
8. ところで、ハエのすばらしさはスピードの
調節のみごとさです。【9】そうとうな速さで
飛んできたハエは、そのまま速さを
変えずに、ぴたりと
壁にとまります。もし、これをヒトにあてはめると、百メートル、全力
疾走してきたヒトが、
壁の前で速度をゆるめず、ぴたりと止まることになるでしょう。
9. 【0】ヒトには、とてもこんなことはできません。百メートルのゴールは、そこで終わりではなく、走りぬける先があるから、全力で走ってこられるのです。ヒトはスピードを
加えるにも、おとすにも、助走が
必要です。これは運動の上からいえばむだな部分です。
10. ハエは、助走も
加速もせず、ある場所に自由にとまり、自由に
飛びだすことができます。こんな動き方は、ヒトが考えだしたどんな
飛行機でも、ヘリコプターでも、やることができません。むだな運動をしないことは、活動のエネルギーをたいせつにしていることになります。
11. (「いい虫わるい虫」
奥井一満 日本少年文庫より一部直す)