a 長文 1.1週 te
「いってきまあす。」
わたしは冬休みの間、毎日寝坊ねぼうしていたので、学校が始まって朝起きるのがとてもつらい。八時に出てギリギリなので、七時四十五分に起きた今朝は、とてもあせった。 
 毎朝、となりのとう真衣まいちゃんとマンションのエントランスで待ち合わせしているのだが、今日は約束やくそくの五十分には間に合うはずもない。大急ぎでしたくをして、家を出たら、八時を少し過ぎす てしまった。 
 ハアハア。小走りで学校に向かう。気がつくと、マフラー、手袋てぶくろはおろか、なんとコートまで忘れわす てしまった。今朝は特にとく 冷え込むひ こ 朝だと言うのに。取りに戻るもど 時間はない。ほのお吐くは りゅうのように、口から息が白く出てくる。ハアハア、ハアハア。ランドセルの中のペンケースがカタッカタッとリズミカルに踊るおど わたしの耳はキーンと冷えひ 感覚かんかくがなくなっている。手の指もしびれたようになってきた。く、苦しい。わたしは休まずに走り続けつづ た。周りまわ 景色けしきが後ろに飛んと でいく。 
 やっとの思いで昇降しょうこう口に入ると、その時、チャイムが鳴った。まだ安心はできない。これから三階までかけのぼらなければならないのだ。廊下ろうか階段かいだんを走ってはいけないことはわかっているが、このさいしかたがない。と、全速力で行こうとした時、後ろから、
「山根さん、おはよう。」 
と、担任たんにんの中田先生に声をかけられた。あせった。しかし、先生といっしょに行けば遅刻ちこくはまぬがれる。わたしは、先生と並んなら で歩くかっこうになった。 
「今朝は本当に寒いわねえ。あら、山根さん、上着も着ないでずいぶん薄着うすぎね。寒くなかったの?」 
「あ、は、はい。薄着うすぎって言うか……。」 
「でもね、先生が小学生のころ比べくら たら、今は冬もずいぶん暖かくあたた  なったわよ。」
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 先生によると、昔は、冬になると朝は決まって霜柱しもばしらや氷が張りは 、東京でもまどにはつららが見られたそうだ。手足の指は霜焼けしもや になって、ひび割れ  わ やあかぎれで皮膚ひふがピリピリしたと言う。さらに、そんなに寒いのに男の子はみんな半ズボンでかけまわっていたらしい。昔は、そんなに寒かったんだ。今の寒さなんてたいしたことないんだ。心の中でそう思うと、わたしはコートも着ていないのに寒さを感じなくなっていた。そして、凍りつきこお   そうだった耳もほっぺたも、校舎こうしゃの中のほっとするような暖かあたた さの中で、ほてり始め、溶けと 出しそうだった。 
 廊下ろうか階段かいだんにいた生徒せいとは、みんな教室に吸い込ます こ れ、三階に着いたときには、だれもいなくなっていた。先生がふと、わたしを見た。 
「そういえば、あなた今日は寝坊ねぼう? 遅刻ちこくじゃない?」 
それを最後さいごまで聞かないうちに、わたしはぴょんと、とびらが半分開いていた教室に飛び込んと こ だ。 
「セーフ!」 
そして先生に向かって、両手を大きく開いてみせたのだった。 

(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)
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a 長文 1.2週 te
 カブトムシやクワガタの生活する雑木林ぞうきばやしでは、ミヤマカミキリ、ノコギリカミキリなどの大型おおがた(しゅから、サビカミキリの仲間なかまの小さな(しゅまで、さまざまなカミキリムシが生活しています。細い枯れ枝か えだの一部に小さなあながあいていたり、木のかじりくずがもりあがってでていれば、たいていは、カミキリムシがいるか、でたあとと見てよいでしょう。
 このような枯れ木か きは、樹皮じゅひがあっても中は完全かんぜんに食いあらされ、かんたんに折れお てしまいます。カミキリムシの幼虫ようちゅうは、の皮の部分だけのこして、中を食べてトンネルじょうにしてしまいます。その一部に白いイモムシが入っているので、ちょうど、鉄砲てっぽうの中にたまをこめたように見えるので、鉄砲虫てっぽうむしともよばれます。
 このような食べ方をしますから、ヒトがだいじに育てている樹木じゅもくについたとなると、やはり害虫がいちゅうにされてしまいます。たとえば、シロスジカミキリの幼虫ようちゅうはイチジクのをよく食べます。子どもがイチジクの実をとりにに登ると、えだの中が、がらんどうで折れお てしまうことがあり、やはり嫌わきら れる資格しかくは、じゅうぶんにあります。
 キボシカミキリ、クワカミキリ、トラフカミキリなどは、クワにつくので養蚕ようさん家は嫌いきら ます。クロカミキリ、マツノマダラカミキリはマツにつきますから、一時、マツの立ち枯れた が 原因げんいんとして大さわぎされました。このような状態じょうたいは、森林の害虫がいちゅうとよばれてもしかたのない面もありますが、そうではない見方もできます。
 前に枯れ木か きに多いといいました。枯れか た木が、そのまま林の中にごろごろしていると、後から新しい木の芽き めがでるのをじゃますることになります。枯れ木か きはなるべく早く分解ぶんかいして、新しい木を生やしたほうが、森林にとってはぐあいのよいことです。枯れ木か きを食べる昆虫こんちゅうは、この枯れ木か き倒木とうぼく分解ぶんかいを早める働きはたら をします。ようするに森林の中のそうじ屋になるのです。
 この点では、けっしてわるい虫ではありません。林の樹木じゅもく
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若返りわかがえ 、つまり森林のわかさを保つたも 働きはたら をしています。同時に、この幼虫ようちゅうたち、あるいは成虫せいちゅうも、トリや小さなケモノの食べ物にもなりますから、森林の自然しぜんの一部としてのぞくことはできません。
 マツの害虫がいちゅうと考えられているマツノマダラカミキリについても、おもしろいことがわかっています。たしかに、このカミキリムシの幼虫ようちゅうはマツのざい部を食べあらします。この点は害虫がいちゅうとよばれてもしかたのないことです。ところが、生きている樹木じゅもくについた幼虫ようちゅうは、中心のざい部を食べても、樹皮じゅひざい部のあいだにある、水や養分ようぶんの通るかんのあるところは、あまり食べないものです。
 というのは、ここを早く食べてしまうと、が弱るのも早くなって、自分の食べ物をだめにしてしまう危険きけんせいがあるからです。ようするに、なるべく自体は長生きさせながら、あまり植物の成長せいちょう関係かんけいしない場所を食べているのです。ですから、マツの中でカミキリが少しばかり食べても、それほど急に、がだめになることはありません。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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a 長文 1.3週 te
 いまから三十七年あまり前、ちょうど、第二次世界大戦たいせんが終わって、アメリカと日本のあいだで、物資ぶっしやヒトの移動いどうがさかんになりました。この時、アメリカから、小さな白いガが日本に侵入しんにゅうしてきました。おそらく、サナギが荷物の一部にくっついて日本に渡りわた 、こちらで羽化したのでしょう。
 このガは日本の環境かんきょうにうまくあったのか、たちまちふえはじめました。これがアメリカシロヒトリです。そして幼虫ようちゅうは、まちの中のの葉を丸坊主まるぼうずにしていきました。その後、日本の各地かくちで、この昆虫こんちゅうの大発生が見られるようになりましたが、やがてまた、あまり見られなくなりました。いまでは、時々、かぎられた地域ちいきで発生するのが、見られるていどになりました。
 このガの幼虫ようちゅうは、ふ化すると最初さいしょあみ張りは 何百ぴきもの小さなケムシが集団しゅうだんあみの中で生活しながら葉を丸坊主まるぼうずにしていきます。サクラ、クワ、イチョウ、プラタナス、クヌギなど、なんでも食べ、このままふえると、日本中のの葉を食べつくしてしまうのではないかと思えるほどの勢いいきお でした。
 ところが、このケムシは、成長せいちょうするとあみの中から出て、単独たんどくで歩きまわり葉を食べるようになります。そしてじゅうぶん成長せいちょうした幼虫ようちゅうが、の皮の下や、割れ目わ めの中などに入ってサナギになります。そしてつぎの成虫せいちゅうが羽化しますが、この成虫せいちゅうは、あれほどたくさんいた幼虫ようちゅうほどの数がいません。そしてつぎの幼虫ようちゅうは、そんなに多くはならないのです。
 バッタの大発生のようなことにはけっしてなりません。また、このガは都会の中にはよく見られても、森林の害虫がいちゅうになって、山の々を食べつくしたことは一度もありません。
 じつは、このガの幼虫ようちゅうが、あみから出て散らばっち   て活動をはじめると、スズメやそのほかのトリにほとんど食べられてしまうのです。トリのほか、クモやカマキリ、アシナガバチなどにも食べられてしまいます。じっさいには、〇・五パーセントていどの生存せいぞんりつ
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といわれますから、二百ぴきのうち一ぴきだけが生きのこることになります。
 成虫せいちゅうは、八百から千ほどのたまご産みう ますから、一つの親からせいぜい四、五ひきの子どもが生きのこることになるのでしょう。これでもよくのこるほうで、じっさいにはもっと少なくなります。ですから、とても大発生を続けるつづ  ことにはならないのです。まして、森林や山にはトリやほかの昆虫こんちゅうがたくさんいますから、みんな食べられてしまうので、森林の中まで侵入しんにゅうする力がないのです。都会で目立つのは、この幼虫ようちゅうを食べる、トリやクモが少ないことを意味しているのです。
 また、この幼虫ようちゅうは葉を食べるだけで、そのものは害しがい ません。勢いいきお さえよければ、葉を食べられても、つぎの年の春には新しいからまた葉をつけていきます。寿命じゅみょうが活発であるかぎり、葉が食べられても、それほど大きな被害ひがいにはならないのです。
 ある先生は、このガの生態せいたい観察かんさつしているうちに、それほど恐ろしいおそ   昆虫こんちゅうでないことがわかり、「アメリカシロヒトリなんて三流害虫がいちゅうさ」といいました。わたしたちの目にいかにも大きながいをあたえそうに見える昆虫こんちゅうでも、自然しぜん界の中ではたいした存在そんざいではないのです。
 このことから考えさせられることは、「トリやクモの住めないような世界こそ恐ろしいおそ   」ということです。アメリカシロヒトリは、そんなすき間をねらって葉を食べているのです。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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a 長文 1.4週 te
 だれだって失敗しっぱいなんかしたくない。 
 失敗しっぱいすることははずかしいことだと思っている。だから、なるべくなら失敗しっぱいしないように、細心の注意をはらう。 (中略ちゅうりゃく
 失敗しっぱいすることは、そんなに悪いことなんだろうか。そんなにはずかしいことなんだろうか。 
 わたしのところにアルバイトにきてくれていた女の子は、とても優秀ゆうしゅうで、なにをしても完ぺきかん  に近い仕事ぶりだった。 
 そんな彼女かのじょだから、たまには小さなミスでもして、注意されたりすると、さぁたいへん、全然ぜんぜんたいしたことでもないのに、ぽろぽろとなみだを流し、その日は一日中落ちこんでいる。 
 これでは注意したほうもたまらない。「これ、まちがってるんじゃない?」と言い、「あっ、そうか。いっけなーい」ですんじゃう会話が、突然とつぜん泣きな だされ、あげくにしょんぼりされてしまってはなにも言えなくなってしまう。 
 実際じっさい、おこられることを極端きょくたん恐れるおそ  人がいる。おこられると思っただけで心臓しんぞうがとまりそうになったり、じんわりとなみだがうかんできたり……。必要ひつよう以上いじょうに反発する人もいる。そういう人たちは、心のどこかで、自分がおこられるようなことをするはずがない、おこられたりする自分はゆるせない、と思っているのではないだろうか。 
 わたし出版しゅっぱん社で働いはたら ていたころ、おこられない日は一日もなかった。 
 作業がおそいといってどなられ、センスがないといってののしられ、ミスでもしようものなら、「バカヤロー」と大きなかみなりが落ちた。 いちいち気にしていたり、落ちこんでいたりしたら、三日もつづかなかっただろうと思う。 
 もちろん、あまりおこられるので、自分はこの仕事にむいていないのではないかと、けっこう真剣しんけん悩んなや だこともあったけれど、なにより、それでもこの仕事が好きす 、という気もちが優先ゆうせんした。 
 それなら、おこられるにしても、おなじことでおこられないようにしよう。そのための改善かいぜんさくを考えるしかない。
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 作業がおそいのは、手順てじゅんが悪いせいではないか。センスが悪いといわれるのは、想像そうぞう力がかけているからではないか。ミスが多いのは、あせりながらとりかかっているせいではないか……。 
 おこられるポイントを、ひとつずつ整理して考えていくと、案外あんがい挽回ばんかいできるものだ。少しずつだけど、おこられる回数もへってくる。あげく、わたしのことをどなりつづけたかみなりオヤジから、こう言われた。 
「おまえって、ほんとにおこりがいのあるやつだな。おまえみたいなのをおこるのは、楽しくってしかたがない」 
「どういうことですか!」 
 さすがにむっとなる。人の気も知らないで、楽しいとはなにごとか。 
「あのな。よーくおぼえておけよ。人はおこられなくなったら終わりだ。おこられることは自分をのばすチャンスなんだ。だから、おこられなくなったら、自分が見はなされたか期待されていないと思え」 
 かれはそう答えた。それから、わたしもだんだん年をかさねて、人に注意する立場になったとき、かれが言ったことの意味がよくわかった。 
 こちらが注意して、すぐに泣いな たり、落ちこんだり、言いわけばかりする人のことは、もう二度と注意なんてしたくないと思う。 
 それより、多少優秀ゆうしゅうじゃなくっても、おこられたことを逆手さかてにとってがんばる人のほうに注目する。そしてそういう人のほうが、確実かくじつにのびるのだ。 
 なぜ失敗しっぱいしたのか。どうしておこられたのか。 
 その理由を考え、それじゃぁこうしてみようと思うからこそ、つぎにつながる。そうして成長せいちょうしていくのではないだろうか。 

倉橋くらはし耀子ようこ「くよくよしないで、笑っわら ちゃえ!」)
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a 長文 2.1週 te
 ぼくは、学校では体も大きいほうだし、声も大きいからちょっといばっています。ドラえもんに出てくるジャイアンみたいだと悪口を言う子もいるくらいです。今はもう、四年生だから、最近さいきんはあまりしないけれど、てい学年のころはしょっちゅうケンカをして、友達ともだち泣かせな  ていました。それに大きい兄さんがニ人もいるので、みんなよりいろいろな遊びや情報じょうほうも知っていて、そういう点でもクラスの中ではちょっとリーダーてき存在そんざいかもしれません。 
 しかし、うちでは「末っ子すえ こ甘えん坊あま  ぼう」と言われています。兄さんニ人は年が近いのですが、ぼくは下の兄さんより八さいも下なのです。だから、もう十さい過ぎす たのにときどき赤ちゃん扱いあつか されます。特にとく 、お母さんは、 
「ひろちゃんはまだ小さいから。」 
と、口ぐせのように言います。もうとっくにはお母さんを追い越しお こ ているのにです。 
 先月の終わりごろ、真ん中の兄さんが、 
「ひろさあ、母さん病院だし、今年は節分せつぶんやらなくてもいいよな。」 
と、ぼそっと言いました。お母さんは、年末ねんまつに具合が悪くなって、緊急きんきゅう手術しゅじゅつをし、今も入院しています。お医者さんから、病気の名前やどんな病気かを聞いたけれど、むずかしくてよくわかりませんでした。それより、病気になった理由が「働きはたら すぎ」だったのではないかと気になっています。もともとあまり体がじょうぶではなかったのに、三人も男の子を生んで育てているので、とても大変たいへんだったのだと思います。いつも、お母さん、もっと休めばいいのになあと思っていたのに、あまり休めないから、無理むりがいったのだと思います。 
 ぼくは心の中で、節分せつぶんをやらないと幸せな一年が過ごせす  ないかもしれないと思い、少し心配になりましたが、 
「うん、そうだね。おれは学校でも豆まきあるからいいし。」 
と、強がって言いました。すると兄さんは、うなずいてバイクででかけてしまいました。
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 それなのに三日の夜になって、突然とつぜんバタバタと兄さんたちが帰ってきて、ぼくにマスに入った豆をもたせると、 
「さあ、ひろ、かかってこい。」 
と言うのです。マジックでざつ描いえが おにのおめんをつけています。ぼくは、大きな声で、 
おには、外、福は、うち。」 
と、兄さんおにに豆をぶつけました。おには外、お母さん帰ってきて。心の中でそう叫ぶさけ と、なみだがぽろりとこぼれそうになり、ぼくはあわてて目をこすりました。

(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)
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a 長文 2.2週 te
 バッタのがいで有名なのは、日本より外国です。イナゴより一まわり大きいトビバッタの仲間なかま、日本ではダイミョウバッタとよんでいる大型おおがたのバッタが、時々大発生をします。
 アフリカ、インド、アメリカ、中国など、大陸たいりくで起きます。聖書せいしょ』の中にも、東風がバッタの大群たいぐんを運んできて、豊かゆた な土地の植物を食べあらしていくことが書かれています。この大群たいぐんは、日本では想像そうぞうのできないような大きなものです。
 たとえば、東アフリカで発生したむれは、先頭のむれのはばが一・六キロ、あつさが三〇メートルになり、時速一〇キロのスピードで、むれ通り過ぎるとお す  のに九時間かかった、というような記録きろくがあります。また、南アルジェリアで発生したむれが、三〇〇〇キロ以上いじょう、風に乗って移動いどうし、イギリスまで到着とうちゃくしたという記録きろくもあります。
 たいへんな数字で、もしこんなことが日本で起きたら、日本の農作物は、数日のうちに全滅ぜんめつしてしまうでしょう。
 どうしてこんなことが起きるのか、だんだんわかってきました。このような大発生と大移動いどうをするバッタは、ダイミョウバッタの仲間なかまの、サバクバッタや、ロッキートビバッタなど、七しゅほどのバッタですが、いずれも、一つのしゅが、移動いどうしたり、しなかったりをくり返しているのです。
 移動いどうしない時のバッタを単独たんどく相のバッタとよび、性質せいしつはおとなしく、体は緑色が多くて、一ぴきぴき草を食べて生活しています。ところが移動いどうするバッタは、群集ぐんしゅう相のバッタとよばれ、性質せいしつがあらく、なんにでもかみつくようになり、群がっむら  て生活し、体は黒っぽい色になってはねが長くなります。
 どうして一つのしゅで、こんなちがいがでてくるかというと、まず第一は、ある地域ちいきで、よい条件じょうけんの下で生活しているバッタから出発すると考えられています。
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 条件じょうけんがよいというのは、気候きこうがよく、食べ物が豊富ほうふにあることを意味します。こんな土地では、生まれた個体こたいがよく育ち、成長せいちょうのとちゅうで死ぬ数が少ないので、だんだんと数がふえることになります。
 数がふえれば、その地域ちいきにいるバッタが、仲間なかまと出会うりつが高くなり、とうぜん、オスとメスの出会うりつも高く、たくさん、たまご産むう ことになります。そのうえ、おたがいが接触せっしょくすることが刺激しげきになって、体の中でのホルモンの働きはたら が活発になり、たまごの発育が早く、単独たんどく相のバッタより短い期間で、産卵さんらんをはじめるようになります。
 気候きこうがよいから、つぎつぎに若いわか バッタが生まれ、数はどんどんふえることになります。数がふえればだんだん食べ物が少なくなります。すると、我先われさきにと草を食べるようになり、競争きょうそう激しくはげ  なります。性質せいしつがあらくなるのは、競争きょうそうに負けないようにするためでしょう。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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a 長文 2.3週 te
 カもハエと同じ、二まいばね昆虫こんちゅうです。これも新しい虫で、成虫せいちゅうが地上を飛びまわると    のに、幼虫ようちゅうは水の中の生活です。だいたい、動物は、水中生活から陸上りくじょうへと移っうつ てきたものです。昆虫こんちゅうも進化が進むほど、陸上りくじょう生活をするものになります。その中で、もう一度、幼虫ようちゅうが水の生活にもどったことになりますから、カはよほど生活の場がなかったのでしょう。しかも、小さな体で短い一生ですから、ヒトの血を吸わす ないかぎり、まったく目につかない昆虫こんちゅうですんだはずです。
 血を吸うす カはメスです。オスは血を吸わす ず、にたまった水を吸っす たり熟しじゅく 果物くだものえき吸うす だけです。メスはたまご発達はったつさせたり、たまご産むう 時、水の上に浮かべるう   たまごがばらばらにならないように、たまごをくっつけるために、動物の血液けつえき利用りようするのです。あの小さな体ですから、一ひきのカが吸うす 血のりょうはわずかです。
 それでも刺ささ れれば不快ふかいですから、追いはらわれます。まして、ヒトからヒトへ血液けつえき吸うす たびに、病原体を持っていたヒトのウイルス(日本脳炎にほんのうえんウイルスとかマラリア原虫)などを媒介ばいかいするとなれば、それがコガタアカイエカやハマダラカにかぎられるといってもカ全体がわる者にされてしまいます。じっさいには血を吸わす ないカもいますし、ヒトとまったく関係かんけいのないカのほうが多いのです。ユスリカのように生物学の実験じっけん材料ざいりょうに使われるものさえいるのです。
 ところで、動物の血液けつえきは体の外にでると、すぐ固まっかた  て、流れでるのをふせぐようになっています。小さなカが口で刺しさ た時、血液けつえき固まっかた  てしまうと、口がつまってしまいます。そこで、カは、血液けつえき溶かすと  物質ぶっしつを持っていて、これを混ぜま 吸うす のです。カに刺ささ れたあとがかゆいのは、この物質ぶっしつがヒトの体の中にのこり、じゃまをするからです。
 かゆいので、かけば、それだけ散らばりち   ますから、よけいかゆ
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くなります。カの方はじゅうぶんに血を吸うす と、このえきもださなくなり、飛びと さりますから、とちゅうでたたかずに血をわけてやったほうがかゆみは少ないのです。それまでがまんできない場合のほうが多いのですが……。
 カを研究している人たちは、一日のうちに一回、カのカゴの中にうでを入れ、なん百ひきものカに血を吸わす せます。それでもヒトにはなにも起きません。病気のもとがないかぎり、カは、けっして、こわい虫でもなんでもありません。恐ろしいおそ   のはよごれた環境かんきょうのほうでしょう。
 ところで、あの小さなカが飛んと でいる時には、ブーンという耳ざわりな音がします。夏の夜、ているところでは気になる羽音ですが、あれは仲間なかまに自分の場所を知らせる音です。メスがえさを求めもと 飛ぶと 羽音をたよりに、オスがやってきて交尾こうびします。同じような振動しんどう音の音叉おんさをならすと、これにオスがいっぱい寄っよ てきます。また、ヒトにかぎらず動物が呼吸こきゅう排出はいしゅつする炭酸たんさんガスは、カをひきつけます。ドライアイスのけむり炭酸たんさんガスですから、これでカを集める方法ほうほうもあります。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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a 長文 2.4週 te
「ゆたかみーつけっ。真理子みーつけっ」 
 ひろしがさけび、みんないっせいに走りだした。駐車ちゅうしゃ場をとびだすと空気がうす青く、もう夕方がはじまっている。わーっという歓声かんせいがあがり、ひろしがカンをけって、今度はゆたかがおにになる。 
 カポーン。あちこちへこんだあきカンが、まのぬけた音をたててもう一度けられ、おにをのこしてみんなかけだした。時夫ときおは、T字路まで走って思い出したように立ちどまり、くるっとうしろをふりむいた。 
「やっぱり」 
 やっぱり、だった。青屋根のたてもののまどから、きょうもおばあさんが見ている。青屋根のたてものは、そこからへい一つへだてたキャベツ畑のむこうにあった。 
「オレ、ぬける」 
 ぽつんと言って、時夫ときおはへいによじのぼると、ひょいととびおりた。ほこっと土のにおいがする。 
「おい。どこ行くんだ。養老ようろう院だぞ」 
 背中せなかごしにゆたかの声がした。その青屋根には、ボケてしまった老人ろうじんがたくさんいるので、子供こどもたちはこわがってちかよらないのだ。若いわか 女の人の血をすって生きているおばあさんがいるとか、子供こどもの肉でつくったハンバーグが大好物こうぶつのおじいさんがいるとか、いろんなうわさがあった。 
 この養老ようろう院では週に一度、老人ろうじんたちに看護婦かんごふさんが何人かつきそって、散歩さんぽに行くことになっていた。時夫ときおとおばあさんが出会ったのも、そんな散歩さんぽの時だった。もう一ヵ月かげつほど前になるだろうか。川ぞいの道でお父さんとキャッチボールをしている時夫ときおを、おばあさんは土手からながめていた。 
「行くぞ、時夫ときお」 
 お父さんがそう言ったとき、やおら立ち上がったおばあさんはとつぜん、大きな声でこう言ったのだ。 
「あんた、トキオ、いうんか。わたしはトキ、いうんじゃよ」 
 びっくりするほどしっかりした足どりで、つかつかとちかづいてきたおばあさんはがひくく、日にやけて、やせていた。
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友達ともだちに、なってくれるかの」 
 おばあさんは破顔一笑はがんいっしょう、そう言った。 
 それから毎日、おばあさんはまどから時夫ときおを見つめていたのだ。あそびに来てほしいのかもしれない、時夫ときおは何度もそう思ったが、その勇気ゆうきはなかった。キャベツ畑のむこうの青屋根といえば、子供こどもたちにとって、おばけ屋敷やしきもおんなじだったのだ。 
 けれども、もう決心した。時夫ときおはぐっとむねをはり、キャベツ畑のまん中の細い小道を、どんどん歩いていく。 
「もどってこいよ。鬼ばばおに  あがいるぞ。」 
「ハンバーグにされちゃうから」 
 みんなの声が、うしろからきこえていた。 
 小さな玄関げんかんを入り、病院のような待ち合い室をぬけると階段かいだんがあり、まど目印めじるしにいくと、おばあさんの部屋はすぐにわかった。色あせたたたみの上に冷蔵庫れいぞうことテレビがおいてある。時夫ときお帽子ぼうしをとっておじぎをした。 
「待っとったよ。これはルームメイトのゆりこさんに、げんさんに、ひさしさん。これはわたし友達ともだちのトキオ」 
 おばあさんはじゅんぐりに紹介しょうかいし、冷蔵庫れいぞうこからジュースをだしてくれた。おばあさんが「ルームメイト」という言葉を使ったのが、なんとなくおかしくて、時夫ときおは心の中でくすっと笑いわら 緊張きんちょうが、するっとほどけた。 
「毎日毎日、カンけりしとったなあ」 
 おばあさんが言って、 
「トキさんはまた、それを毎日毎日、見とったなあ」 
 ひさしさんが言った。ひさしさんは白髪(しらが頭を短く刈っか た、色白のおじいさんだ。 
「見ていると、わたしもいっしょに遊んでいるような気がしおってね」 
 おばあさんははずかしそうに笑うわら のだった。
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長文 2.4週 teのつづき
 ゆりこさんと呼ばよ れたおばあさんは長いかみを左がわでおさげに編んあ で、白い浴衣ゆかたを着ていた。部屋のすみの赤い座布団ざぶとんの上にすわって、一心にお手玉している。時夫ときお視線しせんに気がつくと、しずかに、ふわっと笑っわら た。小さな、白い、あどけない顔だった。 
「アイスクリームがあるからおあがり。あんたのために買うといたに」 
 おばあさんが言った。紙のカップに入ったバニラアイスはかちかちにかたまって、冷蔵庫れいぞうこのにおいがついていた。ずいぶん前から買ってあったんだな。時夫ときおはそう思いながら、さっきからまどのそばでたばこをすっている、げんさんというおじいさんの横顔をちらりと見た。むっつりして、少しこわい横顔だった。 
「テレビ、みようか。そろそろ大国がでるころだな」 
 ひさしさんが言った。 
「大国? だめだめすもうは桝田ますだ山だよ」 
「おっ、しぶ好みこの だな」 
 おすもう好きす のひさしさんと、やっぱりおすもう好きす 時夫ときおとはすっかり意気投合し、ハンバーグなんてうそばっかり、と、時夫ときおは心の中でつぶやいた。 

江國えくに香織かおり「つめたいよるに」)
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a 長文 3.1週 te
「今日のお代わりは、三ぱんさあん。」 
 日直の声で、三ぱんの五人はいっせいに立ち上がりました。今日は、フルーツヨーグルトサラダの日。給食きゅうしょくの中でもデザートけい特にとく 人気です。昨日きのうわたしのニはんがお代わり優先ゆうせんの日だったのですが、メニューは大好物こうぶつのスパゲティ・ミートソースでした。肉じゃがや、カレー、エビチリ、ビビンバなどが出る日は、みんな大好きだいす なのでほかのはんまでお代わりがまわりません。給食きゅうしょくは、ほとんど毎日おいしいです。魚が出る日はちょっとがっかりしますが、給食きゅうしょくの魚は食べやすいので残しのこ ません。 
 わたしは、学校にあがる前は、とても食が細くて、体も小さかったのですが、給食きゅうしょくのおかげで大きくなったと母がいつも言います。給食きゅうしょくがおいしいこともあるけれど、大勢おおぜいで食べるからたくさん食べられるのかなあと思います。うちでは、兄弟がいないし、お父さんは仕事で遅いおそ ので、たいがいお母さんと二人っきりのごはんなのです。 
 昨日きのう、お母さんに小学生のころの給食きゅうしょくの話を聞いてみました。すると、
「お母さんもね、実は食が細かったのよ。今はぽっちゃりしているけど。子供こどものころは、おばあちゃんが、やせすぎをいつも心配していたの。学校にあがっても、てい学年のころは、少ししか給食きゅうしょくが食べられないし、時間はかかるしで、給食きゅうしょくがいやだったわ。」 
と、驚くおどろ ような話が飛び出しと だ ました。 
「でもね、三年生の時の担任たんにんの先生が、農家の息子で、お米や野菜やさいができるまでの話をいつも興味深くきょうみぶか 聞かせてくれたのよ。そのせいか、クラスではいつもお代わりの競争きょうそうをしていて、それに巻き込まま こ れるようになったことで、いつの間にかすっかり食いしん坊く   ぼうになったのよねえ。」 
「やっぱり、食べることが楽しいと思って食べると、体にしっか
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取り込まと こ れるのね。今は取り込みと こ 過ぎす て、困っこま ちゃうけどね。」 
笑いわら ました。わたしは、それを聞いて、なるほどなあと心の中で思いました。そして、前に担任たんにんの先生が、 
興味きょうみを持って、楽しみながら学んだことはしっかり身につくのです。」 
と言ったことを思い出して、何だかているなと思いました。 
 今日の給食きゅうしょくかん食でした。きれいに空っぽになった食かん満足まんぞくそうに配膳はいぜん台に並んなら でいました。

(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)
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a 長文 3.2週 te
 化学繊維せんい発達はったつし、最近さいきんでは、手間のかかる養蚕ようさんをする人が少なくなりました。けれど、カイコを飼っか ているところを見たことがある人、あるいは自分で飼っか たことがある人なら、だれでも知っていることですが、平らな入れ物の中にクワの葉を入れ、そのままにしておいても逃げだしに   もせず、あちこち歩きまわりもせず、ただクワさえきらさなければ、かんたんに飼えか ます。
 ほかの昆虫こんちゅう飼うか 時には、逃げに ないようにカゴやふたのある入れ物に入れ、えさや水やと、けっこう苦労くろうするものです。カイコはその心配がありません。やがて完全かんぜん成熟せいじゅくすると、入れ物のすみや、枯れか たクワの葉のあいだに糸をはり、まゆをつくります。養蚕ようさん家が、この時に入れ物の上にまゆをつくる格子こうしじょうのワクを置いお てやると、ここにはい上がって、一ぴきが一つずつきれいにまゆをつくります。たまごからふ化した幼虫ようちゅうが、まゆになるまでだいたい一か月で、そのあいだに四回、脱皮だっぴをして成長せいちょうし、まゆの中でサナギになります。
 養蚕ようさん業では、まゆができるとすぐに集め、大きさのそろったものを選んえら で糸をとる工場に送ります。サナギが成虫せいちゅうのカイコガになるのは一週間ほどですから、ガにならないうちに糸をとりはじめます。これは、まゆながら糸をやわらかくして、ほぐれた糸をまき取る方法ほうほう一般いっぱんてきです。これで、一つのまゆから切れずにつながった糸がとれます。現在げんざいの大きな良いよ まゆは、千五百メートルほどの糸になります。この糸をより合わせ、絹糸きぬいとにしてぬの織りお ます。
 このようにまゆから一本のつながった糸をとるのですから、まゆの中で羽化したガが、まゆ破っやぶ て外にでたのではなんにもなりません。ヒトが糸をとるためには、成虫せいちゅうになってはいけないので、どんなにたくさんカイコが飼わか れても、すべて殺さころ れてしまうことになります。
 つぎのたまご産まう せる分は、別にべつ びきかのこしておけば、この
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ガ一ぴきで千近いたまご産みう ますからいっこうにさしつかえありません。幼虫ようちゅうの生活も、子孫しそんをつくることも、すべてヒトの計画どおりになっています。
 そのうえ、羽化したガはを持っていますが、飛ぶと ことはできません。こののはばたきはもともと飛んと でいたころのはばたきと同じですから、いつごろからか飛べと ないガになってしまったのです。これも、たぶん、飼育しいく化の結果けっかでしょう。すべての点が、ヒトが飼いか やすい、すなわち管理かんりしやすいようになっているのです。
 こんな野生の昆虫こんちゅうが、はじめからいるわけがありません。その証拠しょうこに、今日ではカイコの祖先そせんがたと考えられている野生のカイコ、これはクワのにつくのでクワコとよばれますが、これは、成虫せいちゅう立派りっぱ飛びと ますし、幼虫ようちゅう群がるむら  こともなく、一ぴきずつかくれるように生活しています。飼育しいくもむずかしく、とてもカイコのようには飼えか ませんし、注意しないとすぐ逃げだしに   てしまいます。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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a 長文 3.3週 te
 ヒトとイエバエの対比たいひを少し進めてみると、大きさはいうまでもないでしょう。寿命じゅみょうはヒトを、平均へいきん六十五年とすれば、イエバエはわずか二週間です。このあいだでたまご幼虫ようちゅう・サナギ・成虫せいちゅうが終わってしまいます。
 子どもは、今日の日本人の平均へいきんてき子どもの数は、二・二人すなわち、二人か三人、ハエは二百〜三百のたまご産みう ます。この寿命じゅみょうと子どもの数で考えると、イエバエは一年間に、ものすごい数にふえることになります。ある計算では、一対のハエの子孫しそんが、半年でおくの百倍以上いじょうの数になるといわれます。
 もちろん、ハエはこんなにはふえません。死んでしまう子どもが多いからです。ただし、この死んだ子どもはたまごであれ幼虫ようちゅうであれ、必ずかなら ほかの動物か植物の役に立っています。その点ヒトでは、ほかの生き物にとって何の役にも立たない子どもが、生き続けつづ ていることになります。
 ハエが、短い期間で大量たいりょうたまご産むう ことには、大きな意味があります。それは、遺伝いでんにかかわる問題が、短いあいだで効果こうかてきにかたづくことです。ある薬品に対して、抵抗ていこうせいのある個体こたいがいたとしましょう。ほかの個体こたいには抵抗ていこうせいがないと、薬品にであった場合、死んでしまうでしょう。
 ところが、抵抗ていこうせいをもっている個体こたいは生きのこります。これが子孫しそんをのこしていくと、子どもたちはみな、抵抗ていこうせいを持つものになります。しかも一生が短いから、この間に抵抗ていこうせいのないものが死に絶えし た 抵抗ていこうせいのあるものが生きのこり、ハエのむれがすべて、抵抗ていこうせいのある個体こたいに入れかわる結果けっかになります。このように短期間で、仲間なかま性質せいしつをすべて変えか てしまうことができます。
 ヒトの場合は、一生が長く、生まれる子どもの数も少ないので、特別とくべつ性質せいしつを、グループ全体に入れかえてしまうには、ひじょうに長い、おそらく何万年という時間がかかるでしょう。
 また、ハエとヒトの運動せいをくらべるとどうでしょうか。もち
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ろん、ヒトはハエのように飛べと ません。その意味ではヒトの運動の範囲はんいは、ハエよりもせまいでしょう。
 ところで、ハエのすばらしさはスピードの調節ちょうせつのみごとさです。そうとうな速さで飛んと できたハエは、そのまま速さを変えか ずに、ぴたりとかべにとまります。もし、これをヒトにあてはめると、百メートル、全力疾走しっそうしてきたヒトが、かべの前で速度をゆるめず、ぴたりと止まることになるでしょう。
 ヒトには、とてもこんなことはできません。百メートルのゴールは、そこで終わりではなく、走りぬける先があるから、全力で走ってこられるのです。ヒトはスピードを加えるくわ  にも、おとすにも、助走が必要ひつようです。これは運動の上からいえばむだな部分です。
 ハエは、助走も加速かそくもせず、ある場所に自由にとまり、自由に飛びだすと   ことができます。こんな動き方は、ヒトが考えだしたどんな飛行機ひこうきでも、ヘリコプターでも、やることができません。むだな運動をしないことは、活動のエネルギーをたいせつにしていることになります。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より一部直す)
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a 長文 3.4週 te
 美しい景色けしきをみて思わず、「きれいね」と口にでて、たのしい思いになる、それでもう十分とも思いますが、そのたのしい思いにさせてくれるものの姿すがたを、たしかめてみましょう。
 美しいものと、美しくないものと、わたくしはいま自分の部屋を見まわして、よりわけてみました。
 つくえの上のペン皿にあるえんぴつ、何本かのえんぴつの中で美しく目にうつるのは、けずりたてのえんぴつです。シンがまるくなったり、折れお たままのは美しいとは思えません。
 お皿に盛っも たバナナは、あざやかな黄の色をしていて美しい。でも実をたべてしまった皮は、皮になった瞬間しゅんかんに、もう美しいとは思えませんし、色もまたたちまち黒ずんできたなくなってしまいます。
 けずりたてのえんぴつが美しく目にうつるのは、「どうぞ、いつでもすぐに使えますよ。」と、すぐに役にたつ姿すがたを見せてくれているからでしょう。
 バナナの皮も、中に実をつつんでいるという、使命をもっているときは美しいのですが、その使命が終わって皮だけになった瞬間しゅんかんに美しくなくなります。
 こうしたことを思うと、人に心よい感動をあたえる美しさとは、そのものが役にたつという姿すがたを見せているところにあるのではないかと思われます。
 花が美しい、木々が美しいというのは、その命の美しさを感じるところにあります。命とは活動することであって、つまり、役目をはたしている姿すがたです。花も木も、せいいっぱいに生き、そして自分たちの子孫しそん永続えいぞくさせるために、花を咲かせさ  、実をならし、その命を充実じゅうじつさせて、活動しているのです。
 わたくしたちは働くはたら 人を美しいと見ます。どんなにどろんこでも、汗みどろあせ   でも、働くはたら 姿すがたは美しい。どろんこも、あせも、働くはたら 姿すがたの美しさを引きたてます。これは、働くはたら という行為こういが、活動そのものであり、役だつ使命をはたすことであり、あせもどろんこもまた、そのためにあるからです。
 でも、働くはたら ことをやめて、食卓しょくたくにむかったときの、汗みどろあせ   
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どろんこは、きたない、もう美しくは目にうつりません。このときの、どろんこやあせは、労働ろうどうという中味をとってしまったあとの残りもののこ   、バナナの皮みたいな存在そんざいになってしまったからでしょう。食事をするという行為こういに、どろんこは不要ふようです。そこで、きれいにさっぱりと洗いあら おとさなければなりません。
 ですから、同じものでも、そのものが、そのものとして役にたたない場所にあるときは、美しく目にうつりません。
 髪の毛かみ けは、かみにあるから美しい。ぬけおちた髪の毛かみ けが、食物の中にでもはいっていたら、とてもゆううつです。
 ショーウィンドーの商品がみな美しく見えるのは、「このとおり、役にたちますよ」と、マネキンに着せてみせたりして、たのしく、わかりやすく飾らかざ れてあるからでしょう。
 わたくしたちのおしゃれや、動作、マナーなども、その場にふさわしく、役にたつかたちであるとき、美しく見えるのです。
 急ぐときは、きびきびした動作が美しく、人にものをたずねるときは、その人に教わるという気持ちをあらわすのに必要ひつよう謙虚けんきょな動作、教えるときは相手によくわかるようにする動作が、気持ちよく美しくうつります。
 ここでひとこと、気づいたことをいいそえますと、必要ひつようと実用とは少しちがいます。
 たとえば道を教わるとき、わたくしたちは、「すみませんが」ということばをそえますが、実用という面からいうと、このことばはなくてもよいわけです。「東京駅はどっちですか?」といえば、用はたせます。でも、それではぶっきらぼうです。「すみませんが」といいそえることで、心のあたたかみが伝わりつた  ます。「どうぞお茶をお飲みください」のときの「どうぞ」も同じで、こうしたやさしさがあって、ことばも、動作も美しくなります。
 「必要ひつよう」と「実用」とを、どうぞ、まちがえないでください。
 わたくしたちが生きてゆく上では、実用てき(・食・住のほかに、遊ぶことも、たのしむことも、安らぐことも必要ひつようです。そうした精神せいしんてき必要ひつようなものとして、やさしさや美がつくりだされています。
(高田敏子としこ「詩の世界」)
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