長文集  1月3週  ★(感)かなしいゆびわ  te2-01-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】わたしが一年生になったばかりのこ
ろのはなしです。そのころの小学校のつくえ
には、ひきだしがついていました。ふでいれ
かなにかをいれるための、はばが十センチも
ないような小さなひきだしです。【2】とっ
てのかわりに小さなあながあいていて、そこ
へゆびをとおしてひきだすようになっていま
した。
 ある日、わたしは先生のはなしをききなが
ら、そのひきだしをだしたり、いれたりして
あそんでいました。
 ところが、たいへんなことになってしまっ
たのです。【3】というのは、右手の人さし
ゆびがひきだしのあなにはまったまま、ぬけ
なくなってしまったのです。
 ゆびはつけねまであなにはいってしまって
、いくらぬこうとしても、かんせつがじゃま
をして、どうにもなりません。
 【4】わたしはあわてました。もう先生の
はなしをきくどころではありません。ひきだ
しにいれてあったものを、ぜんぶつくえの上
にとりだし、ひきだしをつくえからひっぱり
だすと、ひざとひざにはさんで、ゆびをひき
ぬこうとしました。【5】でも、だめでし 
た。むりにひっぱろうものなら、ゆびがもぎ
とれそうなほどいたいのです。
 ひきだしをまわしながら、だましだまし、
ひきぬこうとしましたが、それもだめでした
。ゆびは赤くふくれあがり、びくともうごか
ないのです。【6】まるでスッポンにかみつ
かれたみたいです。ひきだしのあなは、わた
しのゆびにしっかりくいついて、もうぜった
いにはなすまいとしているようです。そんな
ふうにひきだしとかくとうしているわたしを
、先生が見つけないわけがありません。
【7】「長崎、なにをしてるんだ。」
 はなの下にりっぱなひげをたくわえた、中
年の先生でした。
 先生は、きょうだんからおりてくると、わ
たしのそばへやってきました。
 わたしはなきべそをかいて、下をむいてし
まいました。【8】先生は、わたしの手くび
をつかむと、ぐいともちあげました。わたし
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のかわいそうな人さしゆびは、ほそ長い小ひ
きだしをつるさげたまま、組じゅうの目にさ
らされたのです。
「なんだ、こりゃあ。」
 先生はあきれました。みんなはどっとわら
いました。【9】わたしは、はずかしさにほ
おをまっかにして、小さな声でいいました。
「ぬけなくなっちゃったんです。」
「じゅぎょう中にいたずらしてるから、こん
なことになるんだ。ばかっ。」
 先生はにやにやしながら、わたしのおでこ
をこづきました。
 【0】わたしの目にあふれていたなみだが
、つーっとほおをながれお∵ちました。
 先生は、ひきだしをひっぱって、ぬこうと
しました。だが、そうかんたんにぬけるはず
がありません。
 そこで、先生はりょう手でひきだしをつか
み、
「いいか、ちょっとがまんせい。」
といって、おもいっきり、ぐんとひっぱりま
した。ところが、いたいのなんのって、とて
もがまんなんかできません。
「いたたた……。」
 わたしはなきさけびながら、先生のほうへ
かけだしてしまいました。
 組の友だちは、たちあがったり、のびあが
ったりしながら見ていましたが、げらげらわ
らいました。
「しょうのないやつだ。」
 先生はしたうちすると、せいとたちに、
「みんな、すこしのあいだ、しずかに本を見
ておれ。いいな。」
といって、わたしをうながしてきょうしつを
でました。わたしは、組の友だちのあざわら
う声をせにしながら、先生のあとについてい
きました。
 じゅぎょう時間ちゅうのろうかは、しーん
としずまりかえっていました。その長いろう
かを、わたしはなきじゃくりながらあるいて
いきました。ひきだしをつるさげている人さ
しゆびが、やけつくようにあつく、ずっきん
、ずっきんとみゃくうっていました。

『はずかしかったものがたり』「かなしいゆ
びわ」(長崎源之助)より