長文集  2月3週  ★(感)黒いマントのおもいで  te2-02-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】元日からふりつづいた雪がやんで、
けさは上天気です。のきのつららが朝日をう
けて、キラキラ光っています。きょうから三
がっき、雪にうずもれたかきねのむこうを、
学校へいそぐ男の子や女の子の声が、にぎや
かにとおりすぎていきます。
【2】「ねえ、いつまでそこにたっているの
。はやくいかないと、学校おくれるよ。」
 朝ごはんのあとかたづけをしながら、かあ
さんが大声でしかります。それなのに、一年
生のわたしは、くらい土間のところで、さっ
きからもじもじしていました。【3】学校が
いやなのではないけれど、きょうきていく、
黒いマントのことで、ちょっぴりすねていた
のです。
 このあいだから、かあさんが夜なべで、し
たてなおしてくれた、矢がすりのわたいれば
おり、モンペの上にはいた、エビちゃ色のは
かま、赤い毛糸の手ぶくろもショールも、ね
えさんのおさがりだけど、がまんできます。
【4】でも、その上にきせられた、だぶだぶ
の、黒いマントがこまるんです。
 それは、むかし、とうさんが北海道で、お
まわりさんをしていたときにきていたもので
した。【5】明治もおわりのころのことです
から、黒いせいふくに金すじのはいったけん
しょうをつけ、長いサーベルをさげていまし
た。わかいくせに、八の字ひげなんかはや 
し、「オイ、コラ」なんていばっていたのか
もしれません。【6】そのマントは、かたま
での、みじかいものでしたから、たけは、一
年生のわたしのひざぐらいですが、はばが、
すごくだぶだぶなんです。
 こんなマックロケの、だぶだぶマントなん
かきていったら、また男の子たちにいじめら
れるでしょう。【7】そのまえに、大山さん
の秋田犬のシロがほえてとびかかってくるか
もしれません。それなのに、かあさんは、い
うのです。
「たけもちょうどいいし、ゆったりしてあっ
たかいし、こんなじょうとうのラシャなんて
、いまどき、どこをさがしたってないんだ 
よ。」
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 【8】かあさんの声には、きていかなかっ
たら、ぜったいゆるさないという、ひびきが
、こもっています。
 そのころ、日本はすごいふけいきで、米の
ねだんが高く、年よりと子ども六人もかかえ
た、とうさんとかあさんは、ともばたらきし
ても、おいつかなかったのでしょう。【9】
でも、小さいわたし は、うちがこまってい
るなんて、しらなかったのです。
 ものをだいじにし、むだづかいしないのは
、うちのどうとくだとおしえられ、一年生の
頭でそれをしんじていました。【0】このマ
ントも、にいさんたちのうまれるまえからで
すから、もう十五年いじょ∵うも、だいじに
しまってあったのでしょう。
「とうさんはね、むかし、このマントをきて
、はん人をごそうしていったこともあるんだ
よ。」
 きのう、かあさんは、わたしをそばにすわ
らせ、いつになくしみじみ、はなしてくれた
のでした。
「いまとちがって、まだ汽車もバスもなかっ
たむかしのこと、冬は馬車もとおれない雪の
山道を、くしろからあばしりのけいむしょま
で、とうさん、手じょうをかけたはん人とた
ったふたりきりで、なん日もかかって山ごえ
していったんだと。冬山はなれた人でもこわ
いというのに、はん人を道づれの山おくで、
もうふぶきにあったもんだから、とうとう、
ほうがくを見うしなってしまったんだとさ。
 いけどもいけども道はなし。はげしいうえ
とさむさのため、このままではふたりとも死
ぬよりほかない。そのときとうさんは、はん
人だけでもなんとかたすけたいとおもったん
だね。そこで、はん人にいったんだと。『こ
の手じょうはずすから、すきなようにしてく
れ』って。とうさん、手じょうをはずしたん
だって。ところがはん人はにげるどころか、
かんげきして、『だんな、あんたはほかのお
まわりとちがう。人間を人間としてあつかう
ことをしってる人だ。わしはにげないよ』っ
て、町へたどりつくまで、とうさんをまもり
とおして、じぶんは、ちゃんと、ろうやへは
いったんだとさ。むかしの人は、ものがたか
ったんだね。」
 こんなわけで、わたしはどうしても、その
マントを学校へきていかなくてはならなかっ
たのでした。でも、そんなにだいじなマント
なら、なおのこと、みんなのさらしものにな
って、わらわれるのがいやでした。小さい頭
でかんがえて、
(そうだ、学校へいったら、まっさきに、な
かよしのカツさんにわけをはなし、みかたに
なってもらおう。)
と、おもいつくと、やっとあんしんして家を
でました。

『はずかしかったものがたり』「黒いマント
のおもいで」(増村王子)より