長文集  2月4週  ○モンシロチョウの幼虫である青虫は  te2-02-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/28 16:11:41
 【1】モンシロチョウの幼虫である青虫は
アブラナ科の植物しか食べることができない
。そこでモンシロチョウは、幼虫が路頭に迷
うことのないように、足の先端でアブラナ科
から出る物質を確認 し、幼虫が食べること
ができる植物かどうかを判断するのである。
【2】この行動は「ドラミング」と呼ばれて
いる。だから産卵するモンシロチョウは、葉
っぱを足でさわって確かめながら、アブラナ
科の植物を求めて、葉から葉へとひらひらと
飛びまわるのである。
 しかし、こうして目的の菜の葉にたどりつ
いても終わりではな い。【3】一ヵ所にす
べての卵を産んでしまうと、幼虫の数が多す
ぎて餌の葉っぱが足りなくなってしまう。そ
のためモンシロチョウは、葉の裏に小さな卵
を一粒だけ産みつける。そして、つぎの卵を
産むために新たな葉を求めて、葉から葉へと
飛びまわるのである。【4】まさに「ちょう
ちょう」の原型となったわらべ唄のとおり 
だ。
 それにしても、どうしてモンシロチョウの
幼虫は、親にこんな苦労をかけてまでアブラ
ナ科の植物しか食べないのだろう。【5】何
という極端な偏食。えり好みせずに、いろい
ろな植物を食べたほうが、もっと生存の場所
も広がるし、何より親のチョウだって卵を産
むのがずっと楽ではないか。
 もちろん、青虫だってほかの葉っぱを食べ
られるものなら、そうしたいだろう。【6】
しかし、そうもいかない理由がある。
 植物にとって、旺盛な食欲で葉をむさぼり
食う昆虫は大敵であ る。そのため、多くの
植物は昆虫からの食害を防ぐためにさまざま
な忌避物質や有毒物質を体内に用意して、昆
虫に対する防御策をとっているのである。
 【7】一方の昆虫にしてみれば、葉っぱを
食べなければ餓死してしまう。そこで、毒性
物質を分解して無毒化するなどの対策を講じ
て、植物の防御策を打ち破る方法を発達させ
ているのだ。【8】ところ∵が、植物の毒性
物質は種類によって違うから、どんな植物の
毒性物質をも打ち破る万能な策というのは難
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しい。そこで、ターゲットを定めて、対象と
なる植物の防御策を破る方法を身につけるの
である。【9】一方、植物も負けられないか
ら、防御策を破った敵となる昆虫から身を守
るために新たな防御物質を作り出す。すると
昆虫もさらにその防御物質を打ち破る方法を
身につける。
 こうなると一対一の、意地の張り合いのよ
うなものだ。【0】さりとて、植物も昆虫も
自分の生存がかかっているから、どちらも負
けるわけにはいかない。この両者の軍拡競争
によって特殊な防御物質を作り出す植物と、
その防御策を打ち破ることができる昆虫とい
う組み合わせが作られるのである。特定の種
類の植物しか食べない狭食性(きょうしょく
せい)の昆虫が多いのはそういうわけなの 
だ。こうして、モンシロチョウとアブラナ科
植物とは好敵手とし て、共に進化を遂げて
きたのである。もはやモンシロチョウの幼虫
は、好むと好(この)まざるにかかわらず、
アブラナ科の植物を食い続けるしかない。こ
うなると、もう切っても切れない密接な間柄
である。
 アブラナ科植物の防御物質はカラシ油配糖
体(あぶらはいとうたい)である。たとえば
、ワサビやカラシナの辛味のもとになるのも
シニグリンと呼ばれるカラシ油配糖体(あぶ
らはいとうたい)である。私たちが嗜好する
アブラナ科の野菜独特の辛味も、本来は昆虫
に対する防御物質なのだ。
 しかし、モンシロチョウの幼虫である青虫
は、すでにアブラナ科植物の防御物質を打ち
破る術を身につけている。だから青虫はカラ
シ油配糖体(あぶらはいとうたい)を含んで
いる葉っぱしか食べないのだ。カラシ油配糖
体(あぶらはいとうたい)を持たないアブラ
ナ科以外の植物を食べてもよさそうな気がす
るが、ほかの植物は、カラシ油配糖体(あぶ
らはいとうたい)以外の毒性物質を持ってい
る可能性が高いので、むしろ危険である。
 さらに、モンシロチョウは、カラシ油配糖
体(あぶらはいとうたい)を利用している。
葉∵から葉へと飛びまわるモンシロチョウ 
は、じつは足の先でアブラナ科植物のカラシ
油配糖体(あぶらはいとうたい)を探しなが
ら、産卵する植物を決めているのだ。昆虫を
追い払うはずの物質が、あろうことかモンシ
ロチョウを呼ぶ目印になってしまっているの
である。昆虫の食害を防ぐためにと、せっか
く防御物質を作り出したのに、モンシロチョ
ウにはいいように利用されている。菜の花に
とっては、ずいぶんとやりきれない話だ。

(稲垣(いながき)栄洋(ひでひろ)『蝶々
はなぜ菜の葉にとまるのか−日本人の暮らし
と身近な植物』草思社より)