長文 2.4週
1. 【1】モンシロチョウの幼虫ようちゅうである青虫はアブラナ科の植物しか食べることができない。そこでモンシロチョウは、幼虫ようちゅうが路頭に迷うまよ ことのないように、足の先端せんたんでアブラナ科から出る物質ぶっしつ確認かくにんし、幼虫ようちゅうが食べることができる植物かどうかを判断はんだんするのである。【2】この行動は「ドラミング」と呼ばよ れている。だから産卵さんらんするモンシロチョウは、葉っぱを足でさわって確かめたし  ながら、アブラナ科の植物を求めもと て、葉から葉へとひらひらと飛びまわると    のである。
2. しかし、こうして目的もくてきの葉にたどりついても終わりではない。【3】一ヵ所かしょにすべてのたまご産んう でしまうと、幼虫ようちゅうの数が多すぎてえさの葉っぱが足りなくなってしまう。そのためモンシロチョウは、葉のうらに小さなたまごを一つぶだけ産みつけるう    。そして、つぎのたまご産むう ために新たな葉を求めもと て、葉から葉へと飛びまわると    のである。【4】まさに「ちょうちょう」の原型げんけいとなったわらべうたのとおりだ。
3. それにしても、どうしてモンシロチョウの幼虫ようちゅうは、親にこんな苦労くろうをかけてまでアブラナ科の植物しか食べないのだろう。【5】何という極端きょくたん偏食へんしょくえり好み  ごの せずに、いろいろな植物を食べたほうが、もっと生存せいぞんの場所も広がるし、何より親のチョウだってたまご産むう のがずっと楽ではないか。
4. もちろん、青虫だってほかの葉っぱを食べられるものなら、そうしたいだろう。【6】しかし、そうもいかない理由がある。
5. 植物にとって、旺盛おうせい食欲しょくよくで葉をむさぼり食う昆虫こんちゅう大敵たいてきである。そのため、多くの植物は昆虫こんちゅうからの食害しょくがい防ぐふせ ためにさまざまな忌避きひ物質ぶっしつ有毒ゆうどく物質ぶっしつを体内に用意して、昆虫こんちゅうに対する防御ぼうぎょさくをとっているのである。
6. 【7】一方の昆虫こんちゅうにしてみれば、葉っぱを食べなければ餓死がししてしまう。そこで、毒性どくせい物質ぶっしつ分解ぶんかいして無毒むどく化するなどの対策たいさく講じこう て、植物の防御ぼうぎょさく打ち破るう やぶ 方法ほうほう発達はったつさせているのだ。【8】ところ∵が、植物の毒性どくせい物質ぶっしつ種類しゅるいによって違うちが から、どんな植物の毒性どくせい物質ぶっしつをも打ち破るう やぶ 万能ばんのうさくというのは難しいむずか  。そこで、ターゲットを定めて、対象たいしょうとなる植物の防御ぼうぎょさく破るやぶ 方法ほうほうを身につけるのである。【9】一方、植物も負けられないから、防御ぼうぎょさく破っやぶ てきとなる昆虫こんちゅうから身を守るために新たな防御ぼうぎょ物質ぶっしつを作り出す。すると昆虫こんちゅうもさらにその防御ぼうぎょ物質ぶっしつ打ち破るう やぶ 方法ほうほうを身につける。
7. こうなると一対一の、意地の張り合いは あ のようなものだ。【0】さりとて、植物も昆虫こんちゅうも自分の生存せいぞんがかかっているから、どちらも負けるわけにはいかない。この両者の軍拡ぐんかく競争きょうそうによって特殊とくしゅ防御ぼうぎょ物質ぶっしつを作り出す植物と、その防御ぼうぎょさく打ち破るう やぶ ことができる昆虫こんちゅうという組み合わせが作られるのである。特定とくてい種類しゅるいの植物しか食べない狭食性きょうしょくせい昆虫こんちゅうが多いのはそういうわけなのだ。こうして、モンシロチョウとアブラナ科植物とは好敵手こうてきしゅとして、共にとも 進化を遂げと てきたのである。もはやモンシロチョウの幼虫ようちゅうは、好むこの このまざるにかかわらず、アブラナ科の植物を食い続けるつづ  しかない。こうなると、もう切っても切れない密接みっせつ間柄あいだがらである。
8. アブラナ科植物の防御ぼうぎょ物質ぶっしつはカラシ油配糖体あぶらはいとうたいである。たとえば、ワサビやカラシナの辛味からみのもとになるのもシニグリンと呼ばよ れるカラシ油配糖体あぶらはいとうたいである。わたしたちが嗜好しこうするアブラナ科の野菜やさい独特どくとく辛味からみも、本来は昆虫こんちゅうに対する防御ぼうぎょ物質ぶっしつなのだ。
9. しかし、モンシロチョウの幼虫ようちゅうである青虫は、すでにアブラナ科植物の防御ぼうぎょ物質ぶっしつ打ち破るう やぶ すべを身につけている。だから青虫はカラシ油配糖体あぶらはいとうたい含んふく でいる葉っぱしか食べないのだ。カラシ油配糖体あぶらはいとうたいを持たないアブラナ科以外いがいの植物を食べてもよさそうな気がするが、ほかの植物は、カラシ油配糖体あぶらはいとうたい以外いがい毒性どくせい物質ぶっしつを持っている可能かのうせいが高いので、むしろ危険きけんである。
10. さらに、モンシロチョウは、カラシ油配糖体あぶらはいとうたい利用りようしている。葉∵から葉へと飛びまわると    モンシロチョウは、じつは足の先でアブラナ科植物のカラシ油配糖体あぶらはいとうたい探しさが ながら、産卵さんらんする植物を決めているのだ。昆虫こんちゅう追い払うお はら はずの物質ぶっしつが、あろうことかモンシロチョウを呼ぶよ 目印めじるしになってしまっているのである。昆虫こんちゅう食害しょくがい防ぐふせ ためにと、せっかく防御ぼうぎょ物質ぶっしつを作り出したのに、モンシロチョウにはいいように利用りようされている。菜の花な はなにとっては、ずいぶんとやりきれない話だ。

11.(稲垣いながき栄洋ひでひろ蝶々ちょうちょうはなぜの葉にとまるのか−日本人の暮らしく  と身近な植物』草思社より)