長文集  3月2週  ○わたしのブラジルいみん  te2-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/28 15:56:31
 【1】母のよくしてくれたはなしは、ヨー
ロッパからアメリカ ヘ、さいしょにいみん
(移民())した人たちのはなしでした。母
が女学校のときに、アメリカ人のせんきょう
しの先生からきいたというはなしでした。ほ
ろ馬車にのって、いく日走っても町も村も、
山もない平原を、いく組もの家ぞくがすすん
でいくのです。【2】子どもが病気になって
も、もちろんおいしゃさんもありません。子
どもが死ぬと、馬車をとめ、道ばたにあなを
ほってうめ、木をきって十字架をたて、みん
なでおいのりをして、すぐまた馬車は走りつ
づけるというのです。わたしはそんなはなし
をいつもなみだをためてききました。
 【3】ですから、わたしは「いみん」とい
うことばも、小学生になるまえからしってい
たのです。
 その「いみん」を、わたしの一家がするか
もしれないというはなしがおこったのです。
いいえ、わたしは一家が、あすにもいみんに
でかけることになったとしんじてしまったの
です。【4】ねてもおきても学校にいっても
、わたしはそのことで頭がいっぱいになって
しまったのです。
 ――ブラジルにいって、ほろ馬車にのって
いたら、ぼくが病気になって死ぬかもしれな
い。そしたら、ぼくは土にうめられ、おとう
さんやおかあさんが十字架をたてておいのり
をするだろう。
 【5】わたしは夜、とこの中にはいると、
そんなことまでかんがえるのです。そして、
そんなじぶんがかわいそうで、しまいにはし
くしくなきだすしまつです。
 それほど、わたしにとってはじゅうだいじ
だったものですから、これをどうして、じぶ
んひとりでだまっていることができるでしょ
う。【6】わたしは、友だちにはなしてしま
ったのです。
 すると、友だちは、あくる日すぐにほかの
友だちにそれをしゃべり、とうとう先生にま
でしれてしまったのです。
「おまえ、ブラジルへいくんだって?」
「はい。」
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「そりゃたいへんだな。でもうらやましいよ
。先生もいけるものならブラジルなんかへい
ってみたいな。」
 【7】先生はそんなことをおっしゃいまし
た。
 つぎの日、先生は、さいしょの一時間めの
べんきょうのときに、べんきょうをやめて、
わたしがブラジルへいくはなしと、南アメリ
カやブラジルがどんな国であるか、いろいろ
はなしてくださいました。
 【8】わたしはうれしいやら、はずかしい
やら、へんな気もちで先生のはなしをききま
した。∵
 ところが、家にかえってみると、ブラジル
にいみんするというのに、父も母もいつもと
すこしもかわったところがないのです。あに
やあねたちも、ブラジルのはなしなど、すこ
しもしないのです。
 【9】わたしは、だんだんしんぱいになっ
てきました。とうとう夜になって、台所をか
たづけている母にたずねました。
「いつ、うちはブラジルヘひっこすの。」
「えっ、ブラジル、ブラジルなんかへ、だれ
もいきませんよ。どうしたの?」
 【0】母はいともかんたんにいうのです。
わたしは目さきがまっくらになりました。み
んな、わたしひとりのはやがてんだったので
す。
 友だちにも、先生にもはなしてしまったの
です。どうしていまさら、とりやめになった
だなんて、いえるでしょう。
 わたしはその夜、どうしても、じぶんひと
りででもブラジルへいくんだとないていいは
りました。そして、とうとうあまりうるさく
わたしがダダをこねるので、父や母をおこら
せてしまいました。
 あくる日から二日間、わたしは学校を休み
ました。とてもはずかしくて、友だちや先生
に、顔をあわせられません。
 二日め、とうとう母が学校にいって、すべ
てを先生にはなしてくれました。

『はずかしかったものがたり』「わたしのブ
ラジルいみん」(今西祐行())より