1. わたしがおもしろいとおもったのは、「テレビで、
現実にはできない
経験があじわえるか」という
質問にたいして、「そうおもう」があきらかに半数をこえ、「そうおもわない」のは四人に一人くらいでした。わたしたちが
直接に
体験できることは、かぎられているので、テレビがわたしたちにかわって
体験させてくれること、また、テレビが
現実以上に
現実を
劇的につくりあげて
体験させてしまうことに、人びとはおそらく気づいていて、このような回答がでてきているのだとおもいます。
2. しかし、「テレビがあることで、生きかたや行動の手本がえられる」とこたえた人は
過半数にとどかず、「そうおもわない」とこたえた人は三人に一人で、テレビで生きかたの手本をとかんがえているひとはおおいとはいっても二人に一人になりません。テレビを人の生きかたのうえでぜったいに
重要なものとはかんがえていないといえるかもしれません。
3. この点は、「テレビはひとことでいえば、どんな感じのものですか」という
質問にたいして、「あれば
便利という
程度のもの」というこたえが
過半数をこえ、「なくてはならないもの」というこたえを二〇パーセントぐらいうわまわっていることからもこのことはうらづけされているようにおもわれます。
4. テレビの
影響については人びとはどのように感じているのでしょうか。
5. テレビ、新聞、ラジオ、
週刊誌などをひっくるめて、マスコミというよびかたがされていますが、そのようなマスコミ全体のなかでテレビの
影響はどんな
位置をしめているのでしょう?
6. まず、「
衣食住など、人びとの生活のしかたに、いちばん
影響をあたえているものは、どれだとおもいますか」という
質問にたいしては、テレビをあげる人がまさに
圧倒的におおく、それぞれ十パーセント
以下の新聞、
週刊誌、ラジオをはるかにひきはなしています。ところが、「
政治や社会問題についての
世論」については、∵テレビとこたえるものが
約半数で、新聞とこたえるものとほとんどかわりません。この点では新聞の
影響もおおきいと感じられているわけです。なお、
週刊誌とラジオはたった一パーセント台でした。
7. さらに「マスコミがつたえていることは、ほぼ事実どおりだとおもうか」という
質問にたいして、「そうおもう」が「そうおもわない」よりすくなくなっています。マスコミへの
不信がかなりおおくみられているわけです。この点は、「どちらかといえば、いろいろな
情報がありすぎて、まどわされることがおおい」という回答が三人に一人ぐらいはいるのと
合致しているようです。
8. マスコミの
報道がかならずしも事実をつたえていないとすれば、それにふりまわされるようなことがあってはならないということになります。いかがわしいとすれば、事実や真実をみきわめる
必要があります。
9. 人びとはマスコミへの
不信をもちつつ、さらにそれにのせられる――うごかされる――ことに
不安ももっているのです。
10.「人びとの意見は、知らないうちにマスコミのいうとおりにうごかされていることがおおいか」という
質問にたいして、「そうおもう」が四人に三人ぐらいで、「そうおもわない」をはるかにしのいでおおくのこたえをよせています。
11. 人びとがマスコミにたいして意外とおおく、
批判的な
意識をもっていることがわかります。これはだいじにしなければならない
意識だとおもいます。
12. 近年、テレビの社会
的影響力についての
専門的な研究の分野でも、テレビの
影響が「強力」であるということがほぼ
定説となってきています。わたしたちは、やはり、ひとりひとりがまず「テレビをみる目」をつくり、やしなうことが
必要なのです。
13.(
佐藤毅「テレビとわたしたち」)