長文集  7月1週  ○私は、自分自身の体験を  ti2-07-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/05/23 11:01:22
 【1】私は、自分自身の体験を紹介しなが
ら丸暗記についてだいぶ否定的なことを述べ
てきました。しかし、それは丸暗記でやって
いくことの限界について指摘するのが目的で
、暗記による知識の獲得そのものが「意味が
ない」と考えているわけではありません。【
2】それどころか、いろいろなことが「わか
る」ようになるベースを頭の中につくるとき
には、むしろ暗記は必要不可欠だと考えてい
ます。
 そもそも、何もない、まったくのゼロの状
態から何かを生み出すことはできません。【
3】物事を理解することも同じで、自分の中
に理解するための必要な要素となるものを最
低限持っていなけれ ば、これを使ってテン
プレートをつくっていくこともできません。
【4】つまり、わからないものをわかるよう
にするにも、最低限必要となる知識を準備し
ておく必要があるということです。
 そのためには基礎的な知識は暗記によって
頭の中に入れてしまうのです。【5】たとえ
ば算数でいえば誰もが通る「九九」などはそ
の代表でしょう。漢字や英単語だってマニア
ックなもの以外はともかく覚えておいたほう
がいいに決まっています。
 【6】また、なかには子どものころ、「百
人一首」や「いろはがるた」などを遊びを通
じて覚えた人もいるでしょう。こうした昔の
人が残した短い言葉の中には、生きていくう
えでの知恵が凝縮されて残されています。【
7】こういうものを持っているのが先人たち
が積み重ねてきた文化の強みで、これを有効
利用しない手はないのです。たとえ丸暗記を
したその時点ではきちんと意味が理解できな
かったとしても、さまざまな経験を積む中で
、理解は深まっていくでしょう。【8】そし
て、いずれはそこからさらに別の知見を導き
出すというような、生きた知識として使える
という可能性があるのです。
 【9】これはまさに人間の営みそのもので
す。言語が誕生したといわれる約七万五〇〇
〇年前の人といまの人を比べると、人類の知
的∵能力という点では同じだという説があり
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ます。【0】しかし、持っている知識の量や
深さに関しては、二〇〇〇年前の人に比べて
もいまのほうが圧倒的に優れているといえま
す。これは得られた知見を後世に伝えるとい
うことを人間が昔から愚直に行ってきた成果
で、こうした財産として私たちが持っている
ものを理解のための道具として使わない手は
ないのです。
 もちろん、こうした知識も誰かに言われる
ままの受け身の状態で覚えているうちは、そ
れが伝えている知見を理解することはできな
いでしょう。でもとりあえず、最初はそれで
構わないと思います。ここで重要なのは、「
とりあえず自分の頭の中に備える」ことなの
です。これをきちんとやっておけば、さまざ
まな経験をする中でいずれそのことがわかる
ようになるし、必要な状況が訪れたときには
その知見を使うことができるようになるとい
うわけです。

(畑村洋太郎「畑村式「わかる」技術」(講
談社現代新書)より)