1. 【1】
私は、自分自身の
体験を
紹介しながら丸暗記についてだいぶ
否定的なことを
述べてきました。しかし、それは丸暗記でやっていくことの
限界について
指摘するのが
目的で、暗記による
知識の
獲得そのものが「意味がない」と考えているわけではありません。【2】それどころか、いろいろなことが「わかる」ようになるベースを頭の中につくるときには、むしろ暗記は
必要不可欠だと考えています。
2. そもそも、何もない、まったくのゼロの
状態から何かを生み出すことはできません。【3】物事を
理解することも同じで、自分の中に
理解するための
必要な
要素となるものを
最低限持っていなければ、これを使ってテンプレートをつくっていくこともできません。【4】つまり、わからないものをわかるようにするにも、
最低限必要となる
知識を
準備しておく
必要があるということです。
3. そのためには
基礎的な
知識は暗記によって頭の中に入れてしまうのです。【5】たとえば算数でいえば
誰もが通る「九九」などはその代表でしょう。漢字や
英単語だってマニアックなもの
以外はともかく
覚えておいたほうがいいに決まっています。
4. 【6】また、なかには子どものころ、「百人一首」や「いろはがるた」などを遊びを通じて
覚えた人もいるでしょう。こうした昔の人が
残した短い言葉の中には、生きていくうえでの
知恵が
凝縮されて
残されています。【7】こういうものを持っているのが先人たちが
積み重ねてきた文化の強みで、これを
有効利用しない手はないのです。たとえ丸暗記をしたその時点ではきちんと意味が
理解できなかったとしても、さまざまな
経験を
積む中で、
理解は深まっていくでしょう。【8】そして、いずれはそこからさらに
別の知見を
導き出すというような、生きた
知識として使えるという
可能性があるのです。
5. 【9】これはまさに人間の
営みそのものです。言語が
誕生したといわれる
約七万五〇〇〇年前の人といまの人を
比べると、
人類の
知的∵
能力という点では同じだという
説があります。【0】しかし、持っている
知識の
量や深さ
に関しては、二〇〇〇年前の人に
比べてもいまのほうが
圧倒的に
優れているといえます。これは
得られた知見を後世に
伝えるということを人間が昔から
愚直に行ってきた
成果で、こうした
財産として
私たちが持っているものを
理解のための道具として使わない手はないのです。
6. もちろん、こうした
知識も
誰かに言われるままの受け身の
状態で
覚えているうちは、それが
伝えている知見を
理解することはできないでしょう。でもとりあえず、
最初はそれで
構わないと思います。ここで
重要なのは、「とりあえず自分の頭の中に
備える」ことなのです。これをきちんとやっておけば、さまざまな
経験をする中でいずれそのことがわかるようになるし、
必要な
状況が
訪れたときにはその知見を使うことができるようになるというわけです。
7.(畑村
洋太郎「畑村式「わかる」
技術」(
講談社現代新書)より)