長文集  8月2週  ○中国の人々は(感)  ti2-08-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/14 16:50:24
 【1】中国の人々は、日本人のことを、人
まねはじょうずだけれど自分では何もつくり
出す力のない国民だ、と言っているそうで 
す。江戸時代よりまえの文化は、みんな中国
の文化を手本にして、まねたものにすぎない
。【2】また、明治時代から今日までに築き
あげた新しい文化は、これもヨーロッパやア
メリカの高い文化をじょうずにまねたものだ
、と言うのです。【3】なるほどそう言われ
てみると、そうかもしれないな、と思います
が、ほんとうに日本人は、そんなつまらない
、力のない国民なのでしょうか。わたしはそ
うは思いません。
 【4】なるほど日本の文化のもととなるも
のは、ほとんど中国から、また西洋からとり
いれたものです。しかし日本人はけっしてそ
れをそのままの形でまねしてきたわけではあ
りません。【5】それを日本の土地に、日本
人の生活に、そして日本人の気持にぴったり
合うように、手を加え、改良して、りっぱな
ものに仕上げていったのです。そのいちばん
よい例は、漢字です。【6】漢字がはじめて
中国から伝わったころには、漢文体で文章を
書いたのですが、それでは日本のことばをそ
のまま表わすことができません。そこで、必
要なときには漢字をつかって、日本語の音を
一字一字書くことも行なわれるようになりま
した。【7】奈良朝のころにできた『万葉集
』をみると、日本の歌がすべて漢字で表わし
てあります。
 たとえば、有名な山上憶良の「貧窮問答歌
」のはじめの部分は、つぎのように書いてあ
ります。
 【8】風雑 雨布流欲乃 雨雑雪布流欲波
 為部母奈久 寒之安礼婆(かぜまじりあめ
ふるよるのあめまじりゆきふるよるはすべも
なくさむくしあれば)
 まるで、お坊さんの持っているお経(きょ
う)の本みたいです が、これで、
 風まじり 雨ふる夜の 雨まじり雪ふる夜
は すべもなく 寒くしあれば
と読むのです。【9】なるほど、こんなふう
に漢字をつかえば、ちょうどローマ字をつか
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うようなものですから、どんなことばでも表
わすことができます。
 於奈加我須以多(おなかがすいた)
 なんと読むかわかりますか。「おなかがす
いた」です。【0】こんなぐあいにあなたの
名まえを一字一字書いてごらんなさい。なか
なか∵めんどくさいでしょう。まったく日本
のことばを表わすの に、こんなふうに一字
一字漢字をあてていくのでは、書くだけでも
たいへんです。そこで平安朝のはじめごろに
なると、もっと楽に、かんたんに日本のこと
ばを書き表わすことができるようにいろいろ
くふうが重ねられ、できあがったのが平仮名
と片仮名です。たとえば、「阿(あ)」とい
う漢字のヘンだけとって、「ア」ができ、「
安」という字、これも「あ」の音を表わすの
につかった字ですが、それを草書で書いたも
のから「あ」という平仮名が生まれました。
同じように「於」から「オ」「お」、「加」
から「カ」「か」ができたのです。これなら
書くのも楽で、覚えるにもかんたんです。ど
ちらも漢字がもとになっていますが、日本人
でなければ読めない し、またつかうことの
できない新しい文字です。この新しい文字が
さかんに使われるようになると、日本の文化
は一段とさかえることとなりました。世界に
誇る『源氏物語』や『枕草子』のようなりっ
ぱな小説や随筆も、このような仮名(かな)
をつかって自分の気持や考えを自由に、楽に
表わすことができるようになった結果生まれ
たのです。また、筆でりっぱな文字を書く書
道にしても、漢字を書くのでは中国人にはと
うていかないませんが、まるで絵のように美
しく書いた仮名(かな)文字は日本の書道と
して、自慢してもよいものでしょう。
 人まねがじょうずだということは、ただそ
れだけで終わってしまうのならばつまらない
ことです。しかし、はじめはまねをしても、
自分でくふうを重ね、改良を加えて、もっと
りっぱなものに仕上げていくことができるな
らば、けっして恥ずかしいことではないので
す。日本人には、むかしから、そうしたすぐ
れた才能がそなわっているのです。

「日本人のこころ」(岡田章雄著 筑摩書房
)より