長文集  8月4週  ○人間は、だいたい思春期から  ti2-08-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/15 11:19:27
 【1】人間は、だいたい思春期から不機嫌
というものを覚えていきます。いろいろ本を
読んで考える、恋をして悩む、周囲の大人を
煙たく感じる、自分は何かもっと違ったもの
になりたいと思う、そんな青春時代から不機
嫌モードに入る。
【2】「うつむいて うつむくことで 君は
生へと一歩踏み出す」
 これは、谷川俊太郎さんの『うつむく青年
』という詩の一節で す。うつむいて内省し
、世の中に迎合しないで自分自身の世界を作
り上げようとするのは、青年の特徴です。
 【3】また、尾崎豊に、『十五の夜』とい
う歌があります。「盗んだバイクで走り出す
」という歌詞は、十五歳という自立前の年齢
のどうしようもない鬱屈を描いているから人
の共感を呼ぶのです。【4】しかし、二十歳
をすぎてもこれをやっていたら、社会からは
受け入れられません。「二十五の夜」に「盗
んだバイクで走り出」したら、それは単なる
社会からの逸脱、犯罪にすぎません。
 【5】石川啄木は、「不来方(こずかた)
の お城の草に寝ころびて 空に吸はれし 
十五の心」と詠みました。このような哀愁 
も、青年期には似合います。
 今の時代、人に気遣いのできる上機嫌な子
どもを期待する向きは少ないと言えましょう
。【6】成長期の精神的安定は求められてい
ない。たとえば、中学生は親しい友だち同士
だと仲がよくてご機嫌ですが、大人や、仲間
以外の人に対しては不機嫌で、それもまた仕
方ないという空気があります。反抗期だから
です。【7】これは人間の成長に必要欠くべ
からざるもので、最近反抗期らしい反抗期が
ないのが心配されるという論を唱える方もい
らっしゃいます。
 私自身は、反抗期というものは必ずしも必
要ないと考えていま す。【8】基本的に人
に気を遣うという能力は、「技」であり、こ
こ∵ろの習慣の問題です。そのこころの習慣
を、ある時期全くなくしていいというのは、
社会としておかしいと思うのです。
 【9】十代の精神的に葛藤の多い時期だか
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
らといって、人に対する気遣いをしなくてい
いということはありません。この習慣を忘れ
てなくしてしまっていいと許容してしまいま
すと、身についた「当たり散らし癖」や「む
っとしたまま癖」はその人の中で続いてしま
い、当たり前のものとなってしまうことが多
いのです。【0】ここから脱却しようとすれ
ば、もう一度「人に気を遣う」という技を、
自分の中で作り直さないとなりません。
 現在は、子どもが不機嫌であっても無愛想
であっても、積極的に直す努力をしない。た
とえば、会話をしない状態も放置している。
親が話しかけても何も答えない。「別に」「
ふつう」がせいぜいです。「別に」「ふつう
」というのは、会話を拒否した状態であり、
拒否の意思表示です。それはいけないことだ
と、はっきりと指摘しなければならない。相
手と関係を結びたくないという意思表示、会
話に対してきちんと答えないという拒否状態
が、成長にとって必要なことであるとは私は
思わないのです。

(齋藤孝『上機嫌の作法』(角川書店))