1. 【1】家のつくり方や、着るものと同じように、食べ物についても、日本
料理というものは、だいたい夏を
涼しく過ごすために、さっぱりとして、見た目もすがすがしいようにくふうされたものです。【2】日本ふうのものとして、外国人にもよろこばれるおすしや天ぷら、おそばなども、けっして冬
暖まるものではありません。夏の
料理はいくらでもありますが、冬の
料理としては
鍋ものとか、
汁ものとか、
湯豆腐などがあるくらいで、あまり
種類がないようです。【3】もっともこれらの
料理も、
江戸のころには、あまり上等な
料理ではなかったようです。
すき焼きは、牛肉を食べるならわしが始まった
明治時代
以後のものですが、その
料理のしかたは、
江戸のころに、シカやイノシシの肉を(
特別の
料理店で)
料理するときに行なわれていたものだということです。
2. 【4】
明治時代よりまえには、牛や馬の肉は食べなかったのです。それは、農業のためにだいじな
家畜だったからですが、ひとつには、外国と
違って、日本では
牧畜がほとんど行なわれなかったためです。【5】
仏教の教えでも、これらの動物の肉を食べることを
禁じていたのでした。ですから、
江戸のころには、寒い冬の夜には、あつく
煮たうどんを食べるとか、お酒をあたためてのむぐらいのことで、からだの中をあたためたのです。
3. 【6】今日では、西洋ふうの
料理や中国ふうの
料理がわたしたちの家庭の中にも多く取り入れられてきたので、むかしながらの日本
料理を食べるということが少なくなってきました。【7】ミソとか、
豆腐とか、
納豆、ノリなど、日本ふうの食事にはつきものだった食品も、
若い人たちにはあまりよろこばれなくなっています。しかし、わたしたちは洋食を食べても、ごはんを食べるならわしは
捨てていません。【8】一日に少なくも一度はごはんを食べないと気がすまない。西洋の人のようにパン食にしてしまうことは、なかなかできそうもありません。
4. わたしたち日本人は、二重の生活になれてしまいました。【9】ひと∵つは、日本の土地や気
候に合うように、遠いむかしから、くふうにくふうを重ねてきた生活、家のつくり方や着物、そして食べ物(ことにごはん)、もうひとつは、
明治にはいって西洋から取り入れられた合理
的な、
能率的な生活。
5. 【0】生活の中の二重
性(つまり、一方ではこの日本の土地に住みついているわたしたちにとっていちばんつごうのいいむかしながらの生活を楽しみながら、そして一方に近代社会にふさわしい合理
的な、
能率的な西洋ふうの生活をおくる。)──この二重
性は、生活の中ばかりでなく、日本の文化や
芸術、思想、学問、すべての中にみなぎっています。ちょうど
はしご段のない二階と下みたいに、まったく
別々のものが日本人の心の中に、二重に根をおろしています。
6.「日本人のこころ」(
岡田章雄著 筑摩書房)より