長文 11.4週
1. 【1】過去かこの集落を成り立たな た せていたパラダイムのことを、わたしは「依存いぞんがた共生きょうせい」と名づけました。「依存いぞんがた」というのは、技術ぎじゅつ依存いぞんがただということです。
2. 【2】住宅じゅうたく単体たんたいでは成立せいりつないような依存いぞんがた技術ぎじゅつしかなかった時代には、それを補うおぎな ために必然ひつぜんとして「共生きょうせい関係かんけい」が生まれます。台風対策たいさくとして防風ぼうふう林を必要ひつようとする、備瀬びせ木造もくぞう住宅じゅうたくなどは、その典型てんけいです。
3. 【3】現代げんだいは、技術ぎじゅつの進化によって、高度成長せいちょう期時代をさかいにパラダイムが一気に変わりか  ました。依存いぞんがた技術ぎじゅつが自立がた技術ぎじゅつにガラッと変わるか  瞬間しゅんかんがあったのです。一気に自立がた技術ぎじゅつ変わっか  ていって、その自立がた技術ぎじゅつをどんどん進化させてきたのが、現在げんざい我々われわれ暮らしく  です。
4. 【4】自立がた技術ぎじゅつを手に入れてしまうと、もはや我々われわれは、環境かんきょう隣人りんじん共生きょうせいする必要ひつようがなくなり、自分だけでよくなります。その結果けっかとして、家も人も孤立こりつしていきます。ですから現代げんだいのパラダイムを「自立がた孤独こどく」と名づけました。
5.(中略ちゅうりゃく
6. 【5】昔は、外とつながっていなければ、個人こじん単位たんいでは生きていけませんでした。まち全体の関係かんけいせいの中で暮らしく  ていたので、人間関係かんけい濃厚のうこうでした。ところが、それが一気に変容へんようして、個人こじん単位たんいで自由を謳歌おうかできるライフスタイルができあがりました。【6】便利べんりで、個人こじんが自立した生活は、非常ひじょう価値かちのあるものだと我々われわれ思い込んおも こ できました。しかし一方で、人間関係かんけい失わうしな れ、地域ちいきのコミュニティも希薄きはくになりました。【7】便利べんり個人こじん主義しゅぎてき価値かちを手に入れることは、関係かんけいという価値かち失ううしな ことでもあったのです。その結果けっかとして浮き彫りう ぼ になってきたのが、子どもや老人ろうじんなど、社会てきに弱い立場の人たちの問題です。∵
7.(中略ちゅうりゃく
8. 【8】昔の住宅じゅうたく不便ふべんでした。その不便ふべんさを補うおぎな ためには、外に対して働きかけるはたら    ことが重要じゅうようでした。その外への働きかけはたら   が、豊かゆた な外の環境かんきょうを作り上げていました。つまり、不便ふべんさが豊かゆた さを作っていたのです。【9】ところが、現在げんざい住宅じゅうたくのように便利べんりになると、不便ふべんさを補うおぎな 必要ひつようがなくなります。この結果けっか、外との関係かんけいせい絶つた わけです。外に対しての働きかけはたら   がゼロになると、外に豊かゆた さは生まれません。
9. 【0】つまり、便利べんりさを手に入れてしまうと、もはや我々われわれ豊かゆた さを手に入れられない。そういう状況じょうきょうになっているということが、パラダイムを整理してわかることです。
10. そう考えると便利べんりさと豊かゆた さのどちらをとるか、都市としての豊かゆた さはどうしたら手に入れられるか、という議論ぎろんになります。
11. この場合によく出るのが、「進みすぎた技術ぎじゅつによって豊かゆた さを失っうしな ているのであれば、もっと伝統でんとうてきな、ローテクを使っていた昔の暮らしく  戻れもど ばいい」という、伝統でんとう回帰てきな意見です。しかし、パラダイムの特質とくしつを考えると、それは、不可能ふかのうです。便利べんりさを知ってしまった今、もう一度みんなで不便ふべんな生活に戻りもど ましょうといっても、現実げんじつてきな話です。
12. そうなると、少し暗い気持ちにもなりますね。便利べんりさを手に入れられても、もう永遠えいえん豊かゆた さは手に入らないのか、と。でも、実はそうではありません。パラダイムろん特質とくしつ従うしたが と、もっと楽観らっかんてきになれるのです。
13. パラダイムというのは、同じパラダイムがずっと固定こていすることは絶対ぜったいにありません。今のパラダイムは、どこかの段階だんかいで、また次なるパラダイムに移行いこうします。移行いこうする先がどう変わるか  のかを議論ぎろんすることが重要じゅうようなのです。
14. 今の都市環境かんきょうのいろいろな問題の根源こんげんは「孤立こりつしている」とい∵う状況じょうきょうです。恐らくおそ  新しいパラダイムは、自立がた技術ぎじゅつがさらに追求ついきゅうされていく一方で、同時に、孤立こりつし合っている状況じょうきょうをいかに「共生きょうせい」という方向に持っていけるか、ということが重要じゅうようになってくると思います。要するによう   「自立がた」の技術ぎじゅつと「共生きょうせいがた」の工夫くふうとを両方成立せいりつさせていくというのが、次に来るであろう新しいパラダイムだとわたしは思っています。

15.(甲斐かい徹郎てつお『自立のためのエコロジー』(ちくまプリマー新書)より 一部改変かいへんした)