長文集  2月2週  ★(感)大きな災害の直後の  wape2-02-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】大きな災害の直後の映像を思い返し
てみると、被災地にいた人たちの表情は(一
部、茫然自失状態の人を除いて)、いきいき
としていた。彼らの表情は数日のうちに疲弊
して生気のないものに変わっていったけれど
、直後はいきいきとしていた。【2】あのと
きのいきいきとした状態を、私は「生きがい
」や「充実感」と同じものだと考える。とい
うよりもむしろ、「生きがい」や「充実感」
の典型的な状態だと考える。「充実」という
心の状態は、危機に直面したときに最も強く
起こるものなのだ。
 【3】スポーツやゲームで味わう「充実感
」は、危機に直面したときに起こる心の状態
を、不快と感じる手前のところに調整した(
つまり「緩和した」)ものだと私は思う。こ
の、危機に直面したときの心の状態は夢の中
で感じる心の状態と同じものだ。【4】比喩
的な意味で同じだというのではなくて、事実
として同じということだ。私たちは危機に直
面したときも夢の中でも、「結果」なんか考
える余裕もないまま、ひたすら「プロセス」
に没頭する。――リアリティということで言
うなら、二つの場面で同じリアリティを感じ
ている。
 【5】神話が夢と同じように表面的には荒
唐無稽で、しかしその意味する内実を夢と同
じように分析することが可能である理由は、
神話が夢に起源を持つからなのだが、スポー
ツやゲームの起源もまた夢なのだと私は思う
。【6】夢には必ず強い拘束感がある。その
拘束感がスポーツやゲームで「ルール」に変
形した。人間は自由であることばかりが楽し
いわけではなくて、ルールという拘束の中で
何かを達成することの方がずっと「充実」す
ることができる。【7】神話は夢の解消や昇
華ではなくて、もっとずっと生な、夢の反復
だ。スポーツやゲームもまた、覚醒時になさ
れる夢の反復なのだ。
 【8】フロイトは夢(夢で反復される無意
識)を、現実の中で把握しそびれた体験とい
う観点から、体験を正しく定着させること 
で、現実の中に解消しようとしたけれど、人
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
が夢を見るかぎり、夢は現実の中で起こる気
持ちの原型として機能しつづける。∵
 【9】また、分析によって、過去の体験を
把握し直して過去に拘束された夢を見なくな
ったとしても、人は生きているかぎり新しい
体験を重ね、それが夢として反復される、と
いう構造の外に出ることはできない。
 【0】それにしても夢というのは、考えな
ければどうと言うことのないものだけれど、
考えはじめるとキリがなく面白く感じられる
という独特の性質を持っている。「外がない
」と言えばいいのか、現実と夢との「入れ子
構造になっている」と言えばいいのか、「沼
のようだ」と言えばいいのか……。私はさっ
き、「スポーツやゲームで味わう『充実感』
は、危機に直面したときに起こる心の状態 
を、不快と感じる手前のところに調整したも
のだ。この、危機に直面したときの心の状態
は、夢の中で感じる心の状態と同じものだ」
と書いたけれど、ここまできて私は、「危機
に直面したときの心の状態」さえも、「夢の
中で感じる心の状態」に起源を持つものなの
ではないか、と感じはじめている。
 つまり、大人になってもなお真剣になるこ
とができるようなこととは、すべて夢の中で
感じる心の状態が源泉として働いているので
はないか、ということであり、人間にとって
のリアリティの源泉とはすべて夢にあるので
はないか、ということだ。リアリティという
点から考えると、夢こそが「主」であって、
現実はすべてが夢に従属している、というこ
とになるのではないだろうか。

(保坂和志『世界を肯定する哲学』による)