長文集  2月4週  ○考えて見れば、発達成長の  wape2-02-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/25 10:20:59
 【1】考えてみれば、発達成長の段階にあ
る子供が大人より遙かに活動的であることは
当然である。子供が遊ぶ時には体や衣服が汚
れるのは自然なのだから、汚されても困らな
い服を着せ、遊びにはつきものの多少の品物
の損害やカスリ傷などは、【2】子供の生育
に必然的に伴う当然の代償として一々小言を
言わず、社会的な場面や本質的に矯正を必要
とする事柄に限って断乎と叱るようにすれ 
ば、家の子は言うことをきかなくて困ります
というような結果に は、まずならないもの
である。【3】それをビラビラした飾りのつ
いた活動に不便な高価な服を着せ、ちょっと
汚したと言っては叱 り、跳ね回ると危ない
からよせと言い、物を毀せば、もう買ってあ
げませんよと威すといた具合に、禁止と規制
の範囲をやたらと拡げてしまう結果、【4】
子供としては叱られることなど気にしていた
ら生きて行かれなくなる状態に置かれるから
、親の小言はひとまず無視する癖がつくこと
になる。つまり、禁止の範囲が不条理を含 
み、本質的に山かけ的であるため、制止され
た場合はひとまずそれを無視して行動を続け
るのが得策というパターンが身につくのであ
る。
 【5】このようにことばを使う方が、言っ
たことを本当に守らせるだけの見通しも裏付
けもなく使うことの結果として、言語とその
背後にある意志の間に大きなズレが生じ、こ
とばに対する信頼が失われ、ことばが無力化
するのである。
 【6】私の見るところでは日本人の日常の
ことばに対するこのような態度が法律や規制
の面で一番よく表れているのが、道路交通法
に基づく禁止条項に対する一般人の反応であ
る。数限りなくある禁止の形骸化の実例から
唯一つだけ駐車禁止の問題を取り上げて見よ
う。
 【7】例えば現在の東京では、環状七号線
の内側は特定する場所を除いて、一般道路は
全面駐車禁止の対策がとられている。ところ
が誰もが知っているように、交番や警察署の
目の前ですら、見渡す限り違反駐車の列であ
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る。【8】文字通り法律の規定通りに違反駐
車をしている車を、本当に違反駐車として判
断し、処置するまでに∵は、いわく言い難き
いく段階かのプロセスがあるのは誰でも知っ
ている事実である。【9】つまり駐車禁止の
標識とは母親が単に「いけませんよ」と言っ
ている段階に相当するのであって、それは直
ちに実力の裏付けと組み合わされているもの
ではないのである。しかしだからと言ってい
つでも無視してよいものではないことも誰で
も知っている。【0】本当に叱られた子供と
同じく、罰金をとられる運転者も、不条理性
とか運が悪いといった気持で自己の違反を受
けとめるのであって、悪いことをしたのだか
ら止むを得ないという割り切った気持にはな
れないしくみになっているのだ。
 法のカバーする範囲を極端に広くしておい
て、懲罰と反則行為との直接的対応を弱めて
しまうことは、法の威信の低下、禁止など無
数の標識に対する無感覚の助長など無数のマ
イナスが指摘出来よ う。標識関係の経費が
全国では莫大な金額にのぼっていることも忘
れてはなるまい。むしろ絶対にゆずれない局
限された場所と時間に禁止を限り、取締りの
能力と連動した規制を行うという発想の転換
が必要ではないだろうか。そのためには、私
たち日本人がもっと、投入するコストと実効
との関係、山かけ発想の危険性に今より敏感
になり、明示的一義的に解釈可能な領域に於
ては行為の意図よりも結果で物ごとを決定す
るような態度を育成する必要があるように思
う。ニューヨーク州でマリファナ使用を合法
と認めるかの議論があった時、強力な賛成意
見の一つに現在の警察力では取締り切れない
からというのがあったが、これなど違反行為
と懲罰の直結性を重く見る考え方の一例とし
て参考になるのではないだろうか。

(鈴木孝夫『ひとにはどれだけの物が必要か
』による)