長文集  9月3週  ★文化ということを(感)  yabi-09-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】文化ということを、ここでは日常の
生活にあらわれている面から考えていって、
ヨーロッパと日本のそれを比べてみると、最
初に思いうかぶのは、次のことである。【2
】私が一年余ドイツに滞在して受けた印象か
らいうと、先方の長所も短所も、一般の人々
における市民意識の堅固さに関係するのであ
った。【3】今世紀にいたって崩壊したとい
われる市民生活、ないし市民意識は、むかし
にくらべればすき間風だらけなのであろうが
、外来者の私たちにとっては、それが今なお
あらゆる人の生活の強い背骨をなしているこ
とにおどろかされるのである。【4】職業、
地位、階級等の別なしに、人間は市民として
たがいに対等の存在である。で、各人はそう
いうものとして自己を把握しているから、個
人としてのそのありかたが独立的で、強くた
のもしい。そして社会はこういう人たちの寄
り合い、約束の場である。
 【5】日本の生活意識においては、このこ
とは、一部の人たちに概念的にうけとられて
いるほかは、いまなお全く欠けているのであ
る。それは敗戦後十年間のデモクラシーの談
義だけで、樹立されうるようなやさしいもの
ではない。【6】で、これをどういう方向へ
もっていくようにしたらいいかということに
なれば、方法や手順においては、種々の考え
方があろうが、到達点としては、すべてが強
い対等の人格となることが目標だと、私はい
まなお考えるのであ る。【7】このことを
ないがしろにしては、社会は外観的に整備さ
れても、内実は浮動をくりかえすだけだと思
う。この目標は、人間生活がいかに集団的に
なっても、不動でなければなるまい。【8】
このことが、こんにち、また将来の日本の文
化を考えるときの筆者の第一のたてまえであ
る。
 前述のヨーロッパの長所は、同時に短所を
ともなっている。つよい市民意識は、非常に
しばしば、せまくるしい、自己満足的な、そ
して利己的なにおいを発散させる。【9】ひ
との生活に無用に干渉しないかわりに、自分
さえよければいいという態度が、ほのみえ 
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る。社会において一個の存在として通るとい
うことだけに最終の目的があるかのように、
外的な立派さのかげに、空虚がのぞいてい 
る。【0】少し飛躍的に言えば、それは愛に
とぼしい生活である。近代、現代の詩人や思
想家の多くは、この点につまずきを感じて、
痛烈な反抗の声をあげたのである。このこと
は、私がとくにドイツに多く滞在∵したから
、感じたのかもしれない。中央集権的国家形
態を十九世紀の後年にいたるまで欠いて、そ
の後も、地方主義、割拠主義を特徴としてき
たこの国のありかたが、各人に、せまい殻の
なかの安穏着実な生活を立てることを第一義
とさせ、これが、ドイツは市民的なヨーロッ
パのなかでも、もっとも市民的な国だと、よ
くいわれる主な原因になったのかもしれない
。だが、私の感じたところでは、程度の差こ
そあれ、また殻の大小の違いはあれ、今もヨ
ーロッパはおしなべてどこも市民的なのであ
って、したがって、一般に、何ほどか、せま
くるしくて、自己満足的で、愛にとぼしいの
である。
 現代の日本人が、やがて自立的な個人のあ
りかたという彼らの文化の長所を身につける
ときがあるにせよ、この短所までもいっしょ
に取り入れるのではつまらない。それでは創
造の活力は湧きあがってこない。しかし長所
と短所を分離して取り入れるということは、
おそらく不可能ではないか。それについて私
の予感するところはこうである。ヨーロッパ
的市民性を模型として、個人の強力な自己把
握をめざすなら、おそらく前述した長所・短
所の分離的摂取は不可能である。しかしそれ
ではいけない。人格の確立ということは、他
人の模型を追うのでなく、現代日本人が、現
在における自分自身の生活の基盤から、自力
をもって追求していかねばならない。とすれ
ば、これは、たいへんな仕事である。統制的
な押売的な手段は、いかなるものでも、事柄
を根本的にこわす。すべては、日本人自身の
内部からの力が湧いて、なされねばならぬの
である。