a 長文 7.1週 yabi
 「案ずるより産むがやすし」という言葉がある。あれこれ考えているよりも、まずやってみようということだ。行動によって新たに切り開かれていくものも多い。やってみないことには何も始まらないというのは確かに真理である。「めくらへびにおじず」ということわざもある。へびという知識がないために、怖がらこわ  ずに歩いていく。その結果、結局へびは行動の妨げさまた にならなかったということである。
 このように考えると、知識は経験の障害になると言える。むしろ、知識がない方が話は進みやすい。明治維新めいじいしんを担ったのは、地方の下級武士の若者たちだった。中央の権力の伝統という知識から自由であったために、大胆だいたんに日本の未来図を描けえが たのだ。知識が乏しかっとぼ   たことが日本の未来を切り開いたのだと言ってもいい。
 しかし、その明治維新めいじいしんを発展させたのは、欧米おうべいに視察に行った若者たちの新しい知識でもあった。知識のなさは、混迷する事態を打ち破るエネルギーではあったが、新しい見取り図を作るには、そのための知識が必要だった。そう考えると、知識にもまた重要な役割があることがわかる。
 だから、問題は、経験か知識かということではない。経験も、知識も、物事を実現するためのひとつの方法である。目的に到達とうたつするための手段として経験と知識があるのだとしたら、大事なことはその手段ではなく目的の方である。「案ずるより産むがやすし」ということわざで問われているのは、どう産むかということではなく、何を産むかということなのである。


 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 おに退治に行った桃太郎ももたろうに従ったのは、犬とさるきじだった。それぞれが象徴しょうちょうしているものは、犬は忠節、さる知恵ちえきじは勇気だという説がある。だが、肝心かんじんなのは従者ではなく桃太郎ももたろう自身である。その桃太郎ももたろう象徴しょうちょうしているものこそ、おに退治という行動の目的である。確かに、目的だけでは物事は成就しない。それなりの手段や方法が必要である。しかし、目的が明確でありさえすれば、それに応じた手段は必ず現れるのである。
 これを自分たちの人生に当てはめてみると次のようなことが言える。何かを勉強する場合、大事なのは、どういう勉強をするかという方法に対する知識である。そして、実際に勉強をするという行動である。どちらも同じように大切だ。しかし、もっと大切なのは何のために勉強するのかという目的だ。その目的をまず確かなものにすることが最初にすべきことなのである。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 7.2週 yabi
 ただ、ひとつ留意しなくてはならない点がある。母親語ときわめて似ていながら非なるものとして、「赤ちゃんことば」という現象が広く流布るふしているからなのだ。
 赤ちゃんことばというのもまた、英語からの翻訳ほんやくで、原語はベビートークという。最近ではの地で映画のタイトルにもなり日本に紹介しょうかいされたので、母親語よりもはるかに知名度が高いことだろう。例えば日本語文化けんでは、赤ちゃんは食べ物のことを指して「マンマ」と言うことが多い。そして、自動車は「ブーブー」、犬は「ワンワン」となる。もっとも赤ちゃんは外的事物の区別にまだそれほどけていないので、ブーブーは動く人工物全体を、またヒト以外の動物すべてを指してワンワンで総称そうしょうすることもしばしばである。
 ところが、これら一群の単語は、おとなが赤ちゃんに向かって語りかける時にもまったく同じ要領で使用される。おかあさんは子どもに向かって、「ごはん食べる?」と聞くかわりに「マンマ食べる?」と尋ねるたず  あるいは道を走っている車を指さして、「ほら、ブーブーよ!」と教えている。同一の女性がほかの成人に対して「マンマ食べる?」とか「ブーブーよ!」と発言することはまず考えられないし、もし実際に起こったとしたら、相手はとても奇異きいに受け取ることは疑い得ない。それゆえ、おとなの使う赤ちゃんことばは明らかに赤ちゃんとの語りかけに際して特異的に用いられ、赤ちゃんの言語使用の次元におとなが同調することで、双方そうほうの間の交流を促そうなが うとする努力の現われであるとみなすことができるだろう。
 文化人類学者の川田順造氏によるとフランス語文化では、赤ちゃんことばはほとんど聞かれないのだという。わずかに「ねんね」が「ドド」、「おっぱい」が「ロロ」、「おしっこ」が「ピピ」、「うんち」が「カカ」の四語とあといくつかが散見されるだけで、それ以外には赤ちゃんに対しても、おとなに対するのと大差ない言葉の用法を使用する。ただそのフランスにおいてすら、母親語は歴然として存在する。確かにフランス人のおとなは、子どもに赤ちゃんことばを使うことはほとんどないかもしれないけれど、「小さな大人」に向けて、成人に対するのと変わらぬ語りかけを行
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

う場合ですら、やはり口調の音は高くなり、また抑揚よくようは通常以上に誇張こちょうされていくことが、明らかにされている。
 そもそもフランスでは子ども中心の家庭生活を営みがちな日本語文化けんとは、かなり著しい対照をなすことが多いようだ。たとえば日本では、夫婦でも、子どもができるとお互いに たが  「おとうさん」「おかあさん」と呼び、孫が生まれると「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼び方を変えてしまう。自分の妻がなぜ「おばあちゃん」なのか、考えてみれば奇妙きみょうな話であるはずなのに、親族内の一番下の世代からみた人間関係の呼称こしょう形式にみんなが従順につきあう。日本に生活している限り、われわれはこれをごく当たり前のことと受け止めているけれども、実際は決して普遍ふへん的にヒトの社会に見られるということではない。社会の中で子どもをどう位置づけるかという価値判断によって、赤ちゃんことばの発達の度合いは著しい多様性を示すことを、文化人類学の調査は教えてくれている。
 単純に結論づけると、赤ちゃんことばの現象は文化によって左右され、母親語は文化の違いちが を問わず普遍ふへん的である。両者は次元を別にしている。もちろん日本とフランスとの間で子どものしつけ方は大幅おおはばに異なり、それぞれの文化けんで育った子どものパーソナリティに如実にょじつに反映されていくのだろう。赤ちゃんことばを採用した日本式のしつけ方は、当然、日本文化で育つ子どもの性格形成に大きな役割を果たしているに違いちが ない。
 
(正高信男「〇歳児さいじがことばを獲得かくとくするとき」による)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 7.3週 yabi
 ユージーン(アメリカ、オレゴン州の町)は東京とちがって、街自体がそれほど大きくなく、生活のリズムがゆったりしているせいもあるだろう、見知らぬ人どうしでも、道ですれちがうと、「ハロー」とあいさつし、バス停に車椅子くるまいすの乗客がいれば、乗り込むの こ まであたりまえのように待っている。ユージーンは、街のなかに障害者がいることで、人の流れが変わらない街だった。そして、障害者と自然にむきあう街だった。アパートを借りるとき管理人のバットさんは、家賃も含めふく 契約けいやくを説明したあとで、あなたが一人で住みやすいようにこちらで変えられるところは変えましょうと言った。「障害者に理解を示す」というより、きわめてビジネスライクな対応だった。そこには、車椅子くるまいすの一人暮しは危険という無言のメッセージはなく、アパートを貸す者と借りる者の「大人」と「大人」の関係があった。むろん、日本で私が「大人」扱いあつか されないわけではない。しかし車椅子くるまいす押すお 人が後ろにいるだけで、大人と子どものワンセットになってしまうこともある。
 ところが、おもしろいことに、電動だと後ろに人がついていないから、セットにしようがない。いっしょに行く人がいても、その人は私の後ろではなく横を、並んで歩く。このことは、私と人との関係を対等にする。このままかんたんに、電車やバスに乗れれば、その関係が途切れるとぎ  こともない。それは、送れないからバスで行ってと、相手がさらりと言えることであり、その日の仕事を終えて、また明日、とあいさつして、右と左にわかれることができる、あるいは、明日は何時にどこそこでと約束し、その時間にその場所へ一人で行って帰ってくることができる、ただそれだけのことだったりする。しかし、そのことが、私をどれほど自由にするかを、ユージーンの風は教えた。それはまた、道に迷って途方とほうにくれることでも、人通りの絶えた暗い夜のバス停で、一人バスを待つ心細さを味わうことでも、電動のバッテリーが切れかけて、なんとかもってくれと念じながら、バス停からアパートまでの夜道を、こわごわ帰ることでもあった。
 ついこのあいだ、イギリスの児童文学作家、ローズマリ・サトクリフの自伝、「思い出の青いおか」を読んだ。スティル氏病で歩行の自由を失った子ども時代から細密画家を経て、歴史小説の作家になるまで、つまりは、「ほかの子どもにはできるある種のことが自分にはできないことが、観念的にしか理解されていない」子ども
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

の時期から、障害のもつ社会的な意味、自分とふつうの人々とを隔てるへだ  微妙びみょうかべに気づき、それが人生に与えるあた  影響えいきょう、「孤独こどく」を知るまでが、語られている。
 彼女かのじょの青春時代は第二次大戦の終結を境にしている。ふつうの人々は健常者の男性が障害者の女性に本気でこいをすることなど想像もできないこの時期に、彼女かのじょは一つの恋愛れんあいを経験する。両親はむすめが傷つくことだけを恐れおそ 、本人たちもまた無意識のうちに、こいを「こい」として直視するのを回避かいひする。彼女かのじょ別離べつりに終わった恋愛れんあいをふりかえり、もしそのころにいまのような、障害者も「ほかのだれかれと同じ感情的欲求」をもち、「それを実現する」こともできるという新しい見方に変化していれば、二人の関係は、変わっていただろうかと考える。そして、たとえ結果は同じだったにしても、たがいに自分の感情を外にだして、「自分たちの苦境に直面し、それを分かち合うことができていたらよかった」と記す。
 傷つこうが、自分の責任で「苦境に直面する」、それを彼女かのじょは「傷つけられる権利」と呼んだ。このサトクリフの言葉に、訳者は「目からうろこが落ちる」思いをしたという。しかし私は逆に、障害者はずっと同じ一つのことを主張してきたのだと思った。障害を一つの属性としてもつ人間を、人間としてまっすぐに見ると。彼女かのじょの言う権利を私なら、「経験を積み重ねてゆく自由を持つ権利」と呼ぶ。障害がこの自由をどれだけ阻むはば かは、その時代のその社会が、障害者をどう位置づけ、そのなかで人と人との関係をどうつくっているかで決まる。ユージーンの風は、そのことも私に教えた。

(青海恵子けいこの文章による)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 7.4週 yabi
 杉野すぎの君は、洋反物株式会社かじ万商店の反物を、遠く地方の呉服ごふく店に卸しおろ 歩く出張員になったばかりの青年である。初めての出張は出足からうまくゆかず、さんざんな売り上げであった。そして、きょうの目的地はG町――。この旅の最後の日程である。
 G町に着いたころはもう一尺先も見えぬ吹雪ふぶきであった。すずをつけた馬、がたがたの箱馬車、雪止めの新しいむしろ、そんなものが雑然と並んでいる駅前で、杉野すぎの君はぼう然と立ちつくしてしまった。土地の人々は自然に柔順じゅうじゅんな人たちのみの持つ敬虔けいけんさで、ただ黙々ともくもく 動いていた。
 杉野すぎの君はまるで吹雪ふぶき吹きふ こまれた人間のように、近江おうみ呉服ごふく店へ転がりこんだ。店にはだれもいず、黒々と古風にくすんだ店構えがしんと静まりかえっていた。囲炉裡いろりに火が赤々と燃え、鉄瓶てつびんからは白い湯気が暖かそうに立っていた。杉野すぎの君は雪を払いはら ながら、何かほっと安堵あんどした気持ちになっていった。ふと顔を上げると、おくの帳場に一人の少女が手に雑誌を持ったままこちらを向いてほほえんでいた。えくぼが白い花のように美しかった。
「あの、東京のかじ万でございますが。」
 杉野すぎの君ははっとしてお辞儀 じぎをした。少女も学校でするように丁寧ていねいに頭を下げると、そのままばたばたおくの方へ走って行った。すその短い着物の下にすっくりと伸びの た白いあし、そうしておさげに結んだ赤いりぼんが、蝶々ちょうちょうのようにおくへ飛んで行った後を、杉野すぎの君は夢のようにじっと見送っていた。
「ほうほう。それははあ。」
 そこへ主人がそう言いながら、煙草たばこぼんを提げて出てきた。
「ひどい雪ではあ。さあ寒い時は火のそばがいちばんす。」と、炉辺ろばたにすわりながら、煙管きせる煙草たばこを吸うのだった。杉野すぎの君も挨拶あいさつをしてすわった。
「こうぞ、こうぞ。」
 主人は突然とつぜん大声で小僧こぞうを呼び、
「座布団こさ持ってこ。」と命じるのだった。杉野すぎの君は囲炉裡いろりにこ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

ころもち手をさしだしながら、まぶたのなぜか熱くなるのを覚えた。
「ここへは初めてだべ。この雪こはあ驚きおどろ なすっただべのう。」
「何もかも初めてでして。」
 杉野すぎの君は訴えるうった  ように、種々の思いをこめてそう言った。
「ほうほう。よく来なすった。」
 そこへ先刻の少女がにこにこ笑いながら、お茶を持ってきた。
「これがむすめっ子ではあ、道ちゃ、お辞儀 じぎはあしなすったべのう。」
 少女はくくっと笑ったまま、またぱたぱたとおくへ走って行ってしまった。白い額、黒々としたつぶらなひとみ、そうしてまた白い花のようなえくぼだった。杉野すぎの君は自分までが何かにこにこと今は心楽しかった。
「ひとつうんとやってください。」と元気よく言い、例のようにまずモスの見本を開いた。
「ほう。このしゅははあよくできたっす。」
 主人は見本を手にすると、いきなりさも感じ入ったように呟いつぶや た。

外村とのむらしげるの物語」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 8.1週 yabi
 「食べられる」か「食べれる」か。「見られる」か「見れる」か。後者の用法は許されるか否か。あるいは、そんなことを公に議論すること自体、有益かどうか。
 いわゆる「ら抜きぬ 言葉」に関心が集まっている。
 「どうして『ら抜きぬ 言葉』ばかり騒がさわ れるのか」。中間報告をまとめた第二十期国語審議しんぎ会の多くの委員は、不満げに語る。この二年間、多方面にわたる議論をしてきたのに、世間の受け止め方は、まるで「ら抜きぬ 言葉」しか取り上げてこなかったようだ、という不満である。
 確かに報告は、敬語、方言問題から情報化をめぐるさまざまな問題、国際社会への対応など多岐たきにわたっている。ワープロと字体の関係なども焦眉しょうびの課題の一つだ。しかし、「ら抜きぬ 言葉」だけが際立って注目されてしまった。
 こうした関心の偏りかたよ 含めふく て「ら抜きぬ 言葉」をめぐる落差と断絶自体が、国語問題の現状を反映していると見ることもできる。その意味で、これを国語審議しんぎ会の役割を考えるきっかけにできるし、再考する契機けいきにもできよう。
 まず世代間の断絶が背景にある。若者の造語に旧世代はついていけない。同世代にしか通用しない隠語いんごがまかり通っている。最近その断絶は深まるばかりだ。
 「ぱんぴー」は普通ふつうの人。つまり、一般いっぱんピープルの略。「アンビリ」は英単語の略で「信じられない」と、若者言葉は日本語の境界さえ飛び越えと こ ていく。従来の尺度を超えこ た変容が進む。この現状をどう考えたらいいのか。
 もともと地域による違いちが もある。「ら抜きぬ 言葉」が普通ふつうに使われている地域もある。方言の豊かさを尊重すると一方でいいながら、他方で、共通語の基準をたてに「認知しかねる」と断じられることに対する反発もあろう。
 官民の意識の落差もある。世間で使われる言葉に「お上」が口を出すのはおかしい。そもそも政治家、官僚かんりょうがまず美しく正確な日本語を学び、つかうべきだ。そうした発想からの反発もある。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 根本には、言語観の違いちが も横たわっている。そもそも言葉は変化していくもの、流れにまかせれば、自然に淘汰とうたされるだろう、という考え方に対して、美しい言語が文化の基礎きそであり、何らかの規範きはんでもって維持いじしていく必要がある、との考え方もある。
 それはそれで結構なことだ。今回の国語審議しんぎ会の報告は、あくまで議論の材料と考えたらいい。報告にもあるように、言葉遣いことばづか について審議しんぎ会は「ゆるやかな目安、よりどころ」を示すにとどまるべきだ、という立場をとっている。
 審議しんぎ会の役割も変わってきた。当用漢字や常用漢字を決めるなど国語政策の中核ちゅうかく占めし ていた時代からは様変さまがわりしている。そうした規制を緩めるゆる  方向に向いているというだけでなく、影響えいきょう力自体も弱める方向に向かっている。当然のことだろう。
 それは、逆にいえば、教育、マスコミその他それぞれの現場で、自分たちの言葉を考えていかなければならない、ということだ。時代の変わり目で、私たちの言葉をどうしていくか、各自が考えていく必要があるということだ。
 その原点に戻っもど 幅広いはばひろ 分野で論議を重ねることにしよう。

(朝日新聞社説による。表記等を改めたところがある)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 8.2週 yabi
 子供のころに、道に迷わなかったのは、どうしてでしょうか。逆説のようになりますが、むしろそれは地図を使わなかったからではないでしょうか。子供にとって道というのは、親や友だちに連れられて覚えるもので、何回か歩いているうちに自然と身につくものです。そうして覚えた道では、迷うなどということがなく、自分の体の一部になっていたような気さえします。
 最近の散歩コースで、その裏返しのような体験をしました。それは、ほとんど毎日のように散歩するコースの一つで、決して迷うような道ではありません。ところが、ある日、ほんの短い時間でしたが、ふと、自分が今どこにいるのかわからなくなったことがあったのです。間もなく、「ああ、ここか。」と、理解できましたが、この本を既にすで 書き始めていた時だったものですから、いい材料だと思い、本気になって原因を探してみました。
 考えごとをしていて、上の空だったこともあるのでしょう。道を曲がった正面に、そういえば工事中の家があったことを思い出しました。しばらく、その辺りには来なかったため、その家が完成して見違えるみちが  ようになっていたことに気づかなかったのです。私は、散歩をしながら、そのコースの風景や道筋といった情報を、無意識のうちに頭の中にしまいこんでいたのでしょう。風景がちょっと変わってしまったことで、持っていた情報に混乱が生じ、定位できなくなってしまったのだと思います。
 そのとき私は、「ああ、動物の風景による定位はこれだな。」と思ったのです。動物は地図を持たない代わりに、習慣によって獲得かくとくした目的地までの道筋や情報を、無意識のうちに蓄積ちくせきしており、その情報に忠実に行動する限り、動物は迷いにくいということです。
 目的地へ向かう際の先の見通しは、日常的な無意識の習慣のおく埋もれうず  、取り立てて問題にすることがなければ、意識に上ってきません。このようなレベルの行動や意識は、動物も人間もそうは変わりがないのではないでしょうか。そして、それが動物を迷いにくくしているシステムなら、どうも私には、人間は、地図という文化をもったことによって、かえって迷う可能性が高くなったと思えてくるのです。
 外から入ってくる情報は、どんなものでも言えることだと思いますが、正しく使いこなしてこそ、その真価を発揮します。逆に、自らの経験によって手に入れた情報は、文字通り身についたもので、無意識のうちにも行動につながっていくものです。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 人間は動物と違いちが 、他人の行動の結果である地理的な情報を地図として受け取り、いくらでも利用できます。動物なら、無意識のうちにせよ、時間をかけて身につけていく地理的な情報を、数百円と引き換えひ か に手に入れることができるのです。それだけで、どこへでも移動が可能になるわけですが、しかしまた、行動の可能性が増えるということは、それだけ道に迷う可能性にもつながってくるとも言えるでしょう。
 それは、地図だけの話には限りません。目的地に至る標識があれば、初めての道でも迷わないで着くことができます。目的地まで次々と現れるバス停や住居表示などの手掛かりてが  もまた、動物には利用できない、人間の地図文化だといえるでしょう。そしてそれは、道順マップ的に存在している、現実空間そのものに描きえが 記された一分の一の地図だとも言えます。
 こうした、人間の作り出した情報は、行動の助けになるものであると同時に、反面、使い方がきちんと身についていない限り、逆の結果につながる危険すらあるのです。

(山口裕一「人はなぜ道に迷うか」による)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 8.3週 yabi
 数年前、私は西アフリカのナイジェリアの東北部べエヌ河の河畔かはんを一人の土地の盲人もうじんと二人で神話・昔話を採取して歩いていた。四十すぎの私と殆どほとん 同じ年と考えられる人であった。この盲人もうじんには実に色々な事を教わった。そのうちの一つが次のようなことである。
 る時、かれの手を引いて山道を歩いている時に、かれは「目あきのおごり」というのがあるのですよ、と語り始めた。
 目あきは、何でも見えるために、何でも解ると思っている。ところが目あきが見ているのは眼の前に見えるものばかりでしょう。でも目あきが見ているものの中で目あきが記憶きおくにとどめるのは、その百万分の一にすぎないはずですよ。そうでしょう、草の一本、一本、石ころのすべてを目あきは記憶きおくしますか。しないでしょう。
 私たち盲人もうじんは、一日単位では、目あきと較べるくら  とたしかに何も見てないに等しい。しかし、明日・明後日と先に行くにつれて、私たちの方がよく見えるということに目あきは余り気がついていませんね。私たちはたしかに眼は見えません。しかしその代償だいしょうとして、心の眼を与えあた られています。心の眼は耳・身体・足・鼻・その他諸々の器官を「見る」ために動員するのです。それに、これらすべてを融合ゆうごうして、「遠く」をみるために、周りのものに対する「優しさ」が加わらなければなりません。暗闇くらやみは私達盲人もうじんにとって絶望的な試練を与えあた ますが、それはまた無限の優しさを曳きひ 出して来ることの出来る源泉です。目あきの人にはこうした暗闇くらやみ凝視ぎょうしすることは出来ません。私たちは、「心の眼」を通して暗闇くらやみ彼方かなたから立ち現われる物を見ているのです。
 この盲人もうじんは、昔話の絶妙ぜつみょうな語り手であった。かれの語る昔話は、人々のたましいをゆさぶる響きひび を帯びていた。かれが語る時、昔話は、他の人間が語るのと同じ言葉で語られていても、それらの言葉は、周りの光景と融けと 合い、そうした事物の根に達し、世界を全く見なれない新しいものに変える力を持っていた。
 森も原野も、動物達も樹々も、すべて、かれの言葉に吸い寄せら
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

れて、かれが語る間の時間に融けと 込むこ かのようであった。かれが得意とした昔話は、気ままに生きることを信条としたために王様の座からずり落ちた滑稽こっけいな者の話であった。この男は、その気ままな境遇きょうぐうを利用して、天にも、水中にも、地上至るところ旅をして歩くというのがこのシリーズ連作の昔話の骨子である。
 かれと生活を共にしているうちに、私にも何か見えて来るような気がして来た。神話というのは、これだなという実感が湧いわ て来た。それは神話学概論がいろんをいく冊読んでも書かれていない事柄ことがらであった。私達の生活の中で私達が、人間中心に、損得づくで使っている言葉も一見、荒唐無稽こうとうむけいな筋の中に投げ込まな こ れると、効用性を失ってしまう。損得づくで使っている言葉や、話の筋は、私達を他人や、私達をとりまく他の事物と表面的には結びつけるけれども、深い層でのつながりを断ち切ってしまう。(中略)
 いうまでもなく、生態系には、荒唐無稽こうとうむけいなこと、ばかばかしいこと、無駄むだなことが満ち満ちている。それは神話・昔話と同じことである。しかしながら、ここ十数年の間に生態学者や、動物行動学者は、そうした一見無秩序むちつじょな関係の中には、調和して生きるために、自分の持っている原則を大胆だいたんに変える生物の叡知えいちが働いていることを見つけ出した。それは、人間が自らの文化の中に秘めかくして維持いじしつづけて来た、神話的「優しさ」とも言うべきものに見合うはずの生き方である。
 自然との調和こそ、我々人類が生存し続けるために避けるさ  ことの出来ない原則になった。

(山ロ昌男まさお仕掛けしか としての文化」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 8.4週 yabi
 この文章の著者は、幼いころ、父の言いつけを破って、ひどくしかられたことが三度あったという。一度目は、外国人をもの珍し  めずら そうにじろじろ見るなという言いつけを破った時、二度目は、家の人にことわりもなしによその家に行ってはいけないという言いつけを破ったとき、そして、三度目が次の文章である。
 もう一度は、大腸カタルを病んだ病み上がりに、「こりゃあみっちゃん、とってもわるいんだ。おいしそうに見えるけどね、これを食べるとせっかくよくなったのにさ、またおなか痛くなるよ。みっちゃんは痛くて苦しむし、パパとママは心配してられないし。だから食べるんじゃないよ。」
と、かたく言われたその梅の木の実の青いのを、これまた色彩しきさいのつややかな美しさにほだされて、つい取って食べたときだ。運わるく、梅の木は、かれ執筆しっぴつする書斎しょさいの真正面に植えられていた。
「パパがかいていらっしゃるときは邪魔じゃまするんじゃなくってよ。パパは一生けんめいだからね。」
と母はつねづね言っていたし、実際、一生けんめいに書くときの父がどんなに他のことに対してうわのそらになるかを、私自身、たしかめて知っていたから、梅の実を取るのも見られまいと、たかをくくったのである。
 ところが、かれはちゃんと見ていた。今にして思えば、私の計算不足というもので、まっ赤なメリンスがちらちら動けば、いくら一生けんめい書いていても、視界にはそれが入るはずであった。
 青い小さな球が口の中で、酸っぱいほろにがさをキュッと押し出しお だ たそのとたん、ガラリと開いたガラス戸の向こうから、
 「ばか! 何をする!」
 かみなりがおちたかと思われる音声に、私はだらしなく尻餅しりもちをついた。かれはなかなかのスポーツマンで、水泳は教師免許めんきょを持っていたし、学生時代は「早稲田わせだを負かした」ピッチャーだった。だから走るのもたいへん速かった。あっと言うまに、逃げるに  間もあらばこそ、かれははだしで飛んで来て、私の口に乱暴に手を突っ込むつ こ と青梅の実をひきずり出した。それから茶の間の方をむいて、「ママ! ママ!」と叫んさけ だ。
「ひまし油!」
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 ひまし油が、拒もこば うとする歯と歯の間に流し込まなが こ れて、そのくささに吐きは そうになっている私は、容赦ようしゃなくひきずられて、納戸の戸だなに押しこめお   られた。
「あれだけ言ってわからんやつは――座ってろ。」
 いつもならひまし油の「お口なおし」のドロップが与えあた られるはずだった。しかしその日はドロップはいくら待っても来なかった。ぬるぬると、いくらつばをのんでも舌にまつわってはなれない油に辟易へきえきしながら、私は何となくカビ臭いくさ 戸だなの中に座っていた。ネズミ、出て来やしないかしら、お化け、いないかしら……
 三度とも、考えてみれば約束違反いはんであった。
「わかったね。」
「うん。」
「どう、わかった? 言ってごらん。」
 そんなやりとりのあとで、約束違反いはんしたのだから、まあしかたないと、私はらちもなく悔いく ながら、しかし不思議にも何かせいせいしたさっぱりとした感じを心のどこかで味わいながら、ばつを受けた。
 あのせいせいした感じは、いま、分析ぶんせきしてみれば、「罪」への正当な「つぐない」の機会を与えあた られた者の味わう一種の安堵あんど感でもあったろうか。その三度のばつのとき、かれが意外に見せつけた権威けんいはまた、私の幼くばくとした世界に、ひとつのはっきりした線を引いて見せたとも言える。
「ここまで。ここから先はまだ。」
 その線は、子供心に信頼しんらい感を植えつけた。安心感をも植えつけた。
広がりすぎる自由は不安なものである。びょうとはてしない、わくなき世界は自由の世界とは異なる。
「よし、立ってろ。」
 その言葉とばつとが私に、自由というもののほんとうの意味を教えたのではなかったかしらと、今になって思うときがある。
(犬養道子「白樺しらかば派文士としての犬養健」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 9.1週 yabi
 視覚系は、光を介しかい て物の形を認知する。形は触っさわ てもわかるから、視覚だけが形の担い手ではない。さらに、聴覚ちょうかくも形の認識にまったく無関係とはいえない。コウモリは、自分の出すちょう音波を利用してえさの虫を捕らえと  、障害物を避けるさ  そのためには相手の位置や大きさ、広がりを「耳で見ている」はずである。
 ところで形はどこにあるのだろうか。形は物の方にある。すなわち形は物の属性だという。もちろんそうに違いちが ない。「無いもの」は、どうやっても「見えない」。見なくても、触っさわ てみれば、あるていど形がわかる。それは、ものが本来、形を持つからである。
 もう一つの見方では、形は頭の中にある。目がなかったら、物は見えない。その目は脳に連絡れんらくしている。たしかに、触っさわ てみれば物の形もあるていどわかるが、大きな物体を撫でな てもとても「一目」ではわからない。形を知るには、触覚しょっかく刺激しげきがいったん脳に入り、それを使って脳があらためて形を構成する。目だって同じである。物が好んで形を作っているわけではない。われわれの頭が、形と称するしょう  ものを、相手に押し付けお つ ている。
 さて、この二つのどちらが正しいか。それは、考えてもムダらしい。どちらが正しいかというのは、じつは質問が悪い。答えが出ないように、問題が立ててある。形については、右の二つの面、つまり自分と相手とをともに考慮こうりょする必要があるから、話が面倒めんどうになるのである。
 目はたいへん有効な感覚器だが、あまりに有効なので、有効でない点に、あんがい気づかないことがある。たとえば、物の大きさがわからない。
 そんなことはない。大きい小さいは見ればわかる。そう言うかもしれないが、それは相対的な大小である。顕微鏡けんびきょうで見たものの大きさは、倍率を知らないかぎりわからない。見たこともないものが、宇宙空間にポッカリ浮いう ていたら、だれでも寸法がわからない。月と太陽が、同じような大きさだと昔の人は思っていたであろうが、実際の寸法はとんでもなく違うちが 
 大きさを知るという、はなはだ単純なことができないので、人の世ではモノサシを売っているのである。あんな簡単な器具はな
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

い。それでも、たいへん便利なものである。なぜそれほど便利かといえば、視覚系だけにまかせておくと、大きさの絶対値がわからないからである。
 それを幾何きか学に持ち込むも こ と、比例あるいは相似になる。相似というのは、形は同じだが、絶対的な大きさはどうでもいい。それはまさしく、視覚系の性質である。幾何きか学のように形を扱うあつか 数学が、視覚系の性質を持つというのは、たとえばこういうことである。
 では、なぜ形が同じなら、大きさはどうでもいいのか。それは目の構造を考えればわかる。目はカメラと同じようにできている。レンズを通った光は網膜もうまくに像を結ぶ。その後の大きさは、見ている物体の距離きょりが遠ければ小さくなり、近ければ大きくなる。生物は年中動きまわるから、そういうことは絶えず起こる。だからといって、それをいちいち「違うちが もの」と考えては具合が悪い。
 ライオンがネズミの大きさに見えたところで、ライオンはライオンである。ネズミだと考えていれば、目の前に来たときに、はじめてライオンではないかと気づく。それではライオンに食われてしまう。だから、そういう生物はできたとしても、いまはいない。つまり、視覚系は、その中に絶対座標を持ち込むも こ ようには、進化してこなかった。あえてそれをすれば、ずいぶん正確な目ができたかもしれないが、いちいち座標を定めるために計算量が膨大ぼうだいになり、いきなり大きな脳を作らなければならなかったかもしれない。
 逆に、われわれが「比例」とか「相似」を考えることができるのは、本来、視覚系にそういう性質が存在するからであろう。目の網膜もうまくは、発生的、構造的には、じつは脳の延長であり、相似とは、脳の一部がやっていることを、脳のどこかの部分がよく知っている、ということかもしれないのである。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 9.2週 yabi
 自分で判断し決断し行動する。簡単なようにみえて、じつはとてもむずかしい。われわれでも、ときとして判断に困り、大勢の意見に依存いぞんしてしまうことも少なくない。しかも、そうしたほうが楽であることも、また事実である。その判断が、かりにまちがっていても、自分自身に責任があるわけではない。まして、その責任を追求されることはない。その意味でも、自分自身で判断するより、はるかに気楽である。
 したがって、主体的に判断して、行動したいという欲求をのぞけば、ともすれば他人や集団に依存いぞんして行動してしまいがちになる。おとなでもこんなことがよくあるとすれば、いまだ判断力に欠ける子どもたちの場合、どうしても他人依存いぞんになってしまう。しかし、われわれが社会生活を送っていく以上、自分で考え、自分自身で判断しなければならないことは当然のことであり、ときには厳しい決断を迫らせま れることも少なくない。
 それなくして、一般いっぱん的な社会生活を送ることすら困難といっても過言ではない。ところが、先ほども述べたように、こんな当然のことがなかなかできない。したがって、よほど意識的に教育していかなければ、他人依存いぞんになってしまう。ところが、子どもたちを取りまく最近の教育状況じょうきょうは、これに逆行していることが少なくない。そのせいか、自分で判断できない、自己決定できない、したがって自分自身の指針をもたないまま行動してしまう子どもが多いという。
 つまり、他人依存いぞんであり、集団依存いぞんであり、状況じょうきょうに支配されやすいといった傾向けいこうである。いや、他人依存いぞんや集団依存いぞんならまだしも、自分がどう行動すればよいのか「指示」されるのをひたすら求め、その「指示」どおりにしか行動できない。しかも、求めている「指示」は漠然とばくぜん したものではない。ことこまかな行動指針でないと、かえって混乱してしまう。まさに、「指示まち」であり、「マニュアル願望」である。その意味では、もはや自分で判断できない、決断できないといった問題ではない。優柔不断ゆうじゅうふだんといったレヴェルではなく、自分自身の判断や決断を、最初から放棄ほうきしているといってもよい。
 こんな状態であっても、子どもの場合であれば、まだ可能性はあ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

る。しかし、このことは、大学生にもそのまま当てはまる。あるいは、新卒の社会人も同じかもしれない。「指示」しなければ、「マニュアル」を与えあた なければ、なにもできない。最近、よく耳にする言葉である。うちの学生をみていても、このことはよく感じる。たとえば、「レポートのテーマは自由」というと、明らかに困惑こんわくしている。
 このことを研究室の学生にきいてみても、テーマは自由というのはかえって困る。なにかテーマがあったほうが書きやすいという。たしかにそうかもしれないが、それより自分でテーマをみつけるということが苦手らしい。事実、なんらかの課題を与えれあた  ば、かれらはそれなりの仕事をする。ひょっとしたら、「テーマが自由」の場合、レポートを書いている時間より、テーマを探している時間のほうが長いのかもしれない。
 むろん、こうしたことはレポートのテーマだけではない。一事が万事こうした状態である。そして、いまの学生はたんなる「指示」を求めているのではなく、「テーマ化された指示」を求めていることもまちがいない。つまり、かれらは自分で考え、判断し、決断するといった作業に慣れていないといってよい。

((はた政春の文章による )
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 9.3週 yabi
 文化ということを、ここでは日常の生活にあらわれている面から考えていって、ヨーロッパと日本のそれを比べてみると、最初に思いうかぶのは、次のことである。私が一年余ドイツに滞在たいざいして受けた印象からいうと、先方の長所も短所も、一般いっぱんの人々における市民意識の堅固けんごさに関係するのであった。今世紀にいたって崩壊ほうかいしたといわれる市民生活、ないし市民意識は、むかしにくらべればすき間風だらけなのであろうが、外来者の私たちにとっては、それが今なおあらゆる人の生活の強い背骨をなしていることにおどろかされるのである。職業、地位、階級等の別なしに、人間は市民としてたがいに対等の存在である。で、各人はそういうものとして自己を把握はあくしているから、個人としてのそのありかたが独立的で、強くたのもしい。そして社会はこういう人たちの寄り合い、約束の場である。
 日本の生活意識においては、このことは、一部の人たちに概念的がいねんてきにうけとられているほかは、いまなお全く欠けているのである。それは敗戦後十年間のデモクラシーの談義だけで、樹立されうるようなやさしいものではない。で、これをどういう方向へもっていくようにしたらいいかということになれば、方法や手順においては、種々の考え方があろうが、到達とうたつ点としては、すべてが強い対等の人格となることが目標だと、私はいまなお考えるのである。このことをないがしろにしては、社会は外観的に整備されても、内実は浮動ふどうをくりかえすだけだと思う。この目標は、人間生活がいかに集団的になっても、不動でなければなるまい。このことが、こんにち、また将来の日本の文化を考えるときの筆者の第一のたてまえである。
 前述のヨーロッパの長所は、同時に短所をともなっている。つよい市民意識は、非常にしばしば、せまくるしい、自己満足的な、そして利己的なにおいを発散させる。ひとの生活に無用に干渉かんしょうしないかわりに、自分さえよければいいという態度が、ほのみえる。社会において一個の存在として通るということだけに最終の目的があるかのように、外的な立派さのかげに、空虚くうきょがのぞいている。少し飛躍ひやく的に言えば、それは愛にとぼしい生活である。近代、現代の詩人や思想家の多くは、この点につまずきを感じて、痛烈つうれつ反抗はんこうの声をあげたのである。このことは、私がとくにドイツに多く滞在たいざい
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

したから、感じたのかもしれない。中央集権的国家形態を十九世紀の後年にいたるまで欠いて、その後も、地方主義、割拠かっきょ主義を特徴とくちょうとしてきたこの国のありかたが、各人に、せまいからのなかの安穏あんのん着実な生活を立てることを第一義とさせ、これが、ドイツは市民的なヨーロッパのなかでも、もっとも市民的な国だと、よくいわれる主な原因になったのかもしれない。だが、私の感じたところでは、程度の差こそあれ、またからの大小の違いちが はあれ、今もヨーロッパはおしなべてどこも市民的なのであって、したがって、一般いっぱんに、何ほどか、せまくるしくて、自己満足的で、愛にとぼしいのである。
 現代の日本人が、やがて自立的な個人のありかたという彼らかれ の文化の長所を身につけるときがあるにせよ、この短所までもいっしょに取り入れるのではつまらない。それでは創造の活力は湧きわ あがってこない。しかし長所と短所を分離ぶんりして取り入れるということは、おそらく不可能ではないか。それについて私の予感するところはこうである。ヨーロッパ的市民性を模型として、個人の強力な自己把握はあくをめざすなら、おそらく前述した長所・短所の分離ぶんり摂取せっしゅは不可能である。しかしそれではいけない。人格の確立ということは、他人の模型を追うのでなく、現代日本人が、現在における自分自身の生活の基盤きばんから、自力をもって追求していかねばならない。とすれば、これは、たいへんな仕事である。統制的な押売おしうり的な手段は、いかなるものでも、事柄ことがらを根本的にこわす。すべては、日本人自身の内部からの力が湧いわ て、なされねばならぬのである。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 9.4週 yabi
 テレビやラジオにいわゆる教養番組が多くなった。また、日本や諸外国の文物風土を紹介しょうかいし、現状を分析ぶんせき批判するような現地報告の番組も多くなった。それらはそれぞれにおもしろい。おもしろい以上に、ときにわれわれに疑問をなげかけてくる。ところで残念ながら電波ジャーナリズムというものは、疑問を自分で考えてみたいから、一寸ちょっと待ってくれ、といっても待ってくれない。電波の機械的なテンポをもってさっさと歩み去ってしまう。われわれは考えることはやめて、眼や耳でついてゆかなければ前後の脈絡みゃくらくを失ってしまう。
 十五分か三十分の番組が終わると、とっさにとんでもないコマーシャルが聞こえてきたり、何の関係もない音楽になったりさては白菜、トマトの百グラム当たりの今日の値段になったり、美容体操になったりする。見るともなく、聞くともなくそれらを見、聞きしているうちに、さきに疑問に思い、考えてみたいと思ったことも、どこかに消えて、あとかたもなくなってしまう。
 このことの人間に及ぼすおよ  影響えいきょうはかなり大きい。現代において、人間の生活、生涯しょうがいが断片化し、瞬間しゅんかん化し、昨日と今日、今年と来年との間の精神のつながりが稀薄きはくになったことが言われている。これにはいろいろな原因があろう。たとえば仕事が分業化し、専門化し、機械化して、人間の経験、過去の蓄積ちくせきを不用にするという傾向けいこうが強まってきているということもその原因のひとつであろう。さらにいえば、その人の個性を必要としないのみか、かえって個性を邪魔じゃま者とするような職場、仕事が多くなってきた。機械の番人、また追随ついずい者になることが要求せられる、ということもある。経験も個性もいらないということは、人間から誰々だれだれでなければならぬということを奪いうば 、アノニムな存在、即ちすなわ だれでもかまわない誰かだれ ですむということである。そういうことを長年にわたってやっておれば、人間の断片化は当然に起こってくるだろう。
 精巧せいこうな機械や自動機械が多くなれば、人間の労働時間を少なくしても、生産を増加することができるだろう。生産の合理化は、今日ではそういう方向ですすめられている。一日の労働時間が六時間になり、週五日制になるということも起こってくるだろう。当然に休暇きゅうかが多くなる。さてそのできたな時間をラジオやテレビを
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

聞き、見ることにあてるとすれば、それらは既にすで いったような性格のものだから、前後の持続しない断片化に拍車はくしゃをかけるという結果になる。
 右のことは、現代という時代の必然的な傾向けいこうだから、ある意味ではやむをえないことであるが、さてそれでいいのかと考えてみればそれでは困るのである。やむをえないとしても、いいとはいえないのである。ここに問題がある。
 人間が断片化し、瞬間しゅんかん瞬間しゅんかんに生存する存在に化するということは、自己自身に対して責任を負わなくなるということである。また自分自身の一生、生涯しょうがいというものをもたず、年毎としごとに深まる年輪をもたないということである。夫婦、親子、師弟、友人の間柄あいだがらが、そのときどきの都合による結びつきとなって、持続する愛情も尊敬もなくなるということである。これは人間にして人間らしくない生き方、非行人間だと私は思う。過去を負いながら未来を思い、現在において現在を超えこ たもの、即ちすなわ 人生や自分の存在の意味を思い、その意味を認知することによろこびを感じ、また現在の自己に不満を感じるということが、人間を他の動物から区別している特質である。

唐木からき順三「詩とデカダンス」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534