長文集  10月2週  ★最近、よく絵本を(感)  yu2-10-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】最近、よく絵本を買う。自分で読み
たいからだ。生きることや失うこと、喜びや
悲しみ、涙や笑いについて、簡潔な言葉と象
徴的な絵で語りかけてくる絵本の深い味わい
を、数年前にふとしたことから再発見した。
【2】絵本を開くと、都会を離れて山間の林
を散策する時に似て、忘れていた大事な感覚
が甦ってくる。
 そんな日々のなかで、ふと思い出したのは
、もう四半世紀も前に読んだ井上靖氏のエッ
セイ集『わが一期一会』のなかの一文だっ 
た。【3】「詩のノートから」という章のな
かに、「あじさい」という短文がある。幼い
頃に心に刻まれた事象に潜む意味を、人生経
験を経てから咀しゃくしなおし言語化してい
る文章だ。
 井上氏は幼い頃、なぜかあじさいの花に好
きでないものを感じていた。その理由を、今
ではこう表現できる。
 【4】「雨をしっとりと吸って重たげでも
あり、多少憂うつげでもあり、こうした時期
(梅雨期)に咲かねばならぬ花としての諦め
も持っている。」
 大事なことは、幼い者の感覚は、その時は
言語化できなくても、非常に確かだという点
だ。
 【5】井上氏は、こう断じる。
 「幼い者の世界には、大人の世界よりも、
もっと重大な、しかも本質的意味を具えた事
件がたくさん起こっている。」
 【6】確かに、「幼い頃、外界の事象から
心に受けとめているものは、そして心に深く
刻み込まれているものは、その事象の本質に
繋がるなかなか大切なもの」なのに、大人に
なるとその感性は失われてしまうのだ。
 【7】それゆえに大人の目からは些細なこ
とに見えても、幼い者にとっては容易ならぬ
事件であることが少なくない。そういう事件
は心に深く刻みこまれ、情動反応の原型とな
る。
 【8】井上少年は庭の隅を流れる小川で顔
を洗っている時、石けんを流してしまったこ
とを鮮やかに記憶している。それだけのこと
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を生涯忘れられないのは、決して取り戻すこ
とのできない喪失感のはじめての体験だった
からだ。∵
 【9】田んぼでみんなで凧揚げをした時、
自分の凧だけがすぐに墜落してどうしても揚
がらなかったことで受けた打撃。それは人生
で最初に味わった絶望感であり孤独な思いだ
った。井上氏は大人になってどんなに仕事が
うまくゆかなくても、あの時ほどの絶望感は
味わっていないという。
 【0】よくわかる。私もそういう「はじま
りの記憶」がいくつも鮮明に浮かんでくる。
 田舎町では自動車が珍しかった終戦直後の
ことだ。小学校五年だった私は自転車で四ツ
角を突っ切ろうとした時、横から走ってきた
車にはねられた。幸い足に打撲傷を負っただ
けだったが、自転車の前輪はくの字形にひん
曲がっていた。
 私は自転車を家の裏手に隠して、家族には
事故のことを告げずに寝てしまった。親に叱
られるのを恐れたのではない。頭の中が混乱
し収拾がつかなかったのだ。そのことを、今
の私は、「事故の不条理さにたじろいだ最初
の体験」と表現することができる。
 井上氏は、幼い者は鋭い感受性で物事の最
も本質的な部分を感じ取っているので、幼児
期の体験に表現を加えると、みな詩になると
語る。
 そうなのだ。感性豊かな作家や画家による
すぐれた絵本は、詩と同じく物事の本質的で
大切な部分を表現しているのだ。

(柳田邦男「言葉の力、生きる力」より)