長文集  11月3週  ★情報という言葉が(感)  yu2-11-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】情報という言葉が、時代の幟のよう
につかわれるようになってずいぶんになりま
す。情報について語られる言葉には特徴があ
って、それは、ほとんど未来形によって語ら
れるということです。これからの時代になに
より求められるのは開かれた情報である、と
いうふうに。【2】「これから」を語るため
に語られ、論じられてきたのが、情報です。
 反対に、読書をめぐる言葉は、どうかする
と過去形によって語られ、「これまで」を語
る言葉にとどまっています。【3】今はもう
読書の時代ではない、というふうに。けれど
も、そんなふうに、読書と情報を「これまで
」から「これから」へという文脈で語ろうと
すれば、誤ります。
 質されなければならないのは、情報のかた
ちや読書のかたちは、これからどうなってゆ
くか、ではありません。【4】そうではなく
て、いま、ここに、あらためて質されるべき
ことは、そもそも情報とは、読書とは何だろ
うかということです。
 いつだったか新聞の家庭欄に載った、とて
もきょうみある投書を読んだことがあります

 【5】結婚している女性の投書でしたが、
夫はたいへん本が好きである。何かというと
、すぐに本を買ってくる。ただ、全然読まな
い。積んで置いておくだけなので、家中いま
や本だらけだ。【6】夫の買いもとめてきた
本を、女性は読んだことがない。自分はたく
さん本を読むと思うが、読むときは図書館か
ら借りてきて読む。つまり、こういうことで
す。夫は本を買うが、読まない、自分は本を
買わないが、読む。
 【7】夫の仕事の都合で転勤がつづき、引
っ越しが繰りかえされるのですが、引っ越し
でいちばん厄介な家具は、じつは本。ものす
ごくかさばって、ものすごく重いのです。ど
んな頑丈な家具より、本そのもののほうがず
っと重い。【8】それでその女性は、引っ越
しのたびに考え込むそうです。読まない本も
、どうして引っ越しと一緒にもってゆかない
といけないか、と。
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 読書についてのおもしろい問いかけが、こ
の投書には隠れています。【9】この女性の
夫のように、本を買ってきて読まないという
のは、何のための本なのか。
 かつて「積ン読」という言いまわしがあり
ました。読まずに本を積んだままにしておく
うちに、なんとなく読んだような気分になる
∵のが「積ン読」。【0】本を買ってくるの
は、気になって買ってくるのです。気になっ
て本を買うのは、そこにあるだろう情報を手
に入れたいから、情報としてその本を求める
。しかし、情報の価値は情報を手に入れるこ
とにあるので、手に入れれば、とりあえず気
持ちは落ち着く。というわけで、本を買って
くる。しかし、読まない。
 この投書の女性のほうは、あくまで読書の
ための読書を、本に求めている。ですから、
べつに本を所有しなくともかまわないので 
す。
 読んで頭に、あるいは心にしまうという読
み方ですから、場所はとらない。荷物になら
ない。二人で暮らしていて、一人は、本はあ
るが読まない。もう一人は、本はないが読ん
でいる。あたかも、一人が情報の文化を代表
し、もう一人が読書の文化を代表しているか
のようです。
 比喩で言うと、読書は、蜜柑の木のような
もの。情報は、その蜜柑の木になる実のよう
なものです。実は木からもぎとって、別の場
所へもってゆくことができる。あるいは、読
書が種蒔きだとした ら、情報はその収穫物
です。収穫物は、別の場所へ動かすことがで
きる。しかし、動かずにそこにあるのは、木
であり、畑です。そのように、ひとの心の風
景のなかにある、実のなる木であり、種子を
蒔く畑であるのが、読書です。
 今日の暮らしをささえている仕組みという
のは、大雑把に言え ば、モノを生産し、製
造する。そして生産され、製造されたモノが
物流し、流通していって、日々の土台という
べきものをつくっている、その伝で言うと、
読書というのは生産・製造に似ています。そ
して、情報というのは物流・流通に似ていま
す。
 生産・製造に似ているというのは、たとえ
ば種を蒔くこと、蜜柑の木を育てることとい
ったことには、どうしても必要なものがあ 
る。必要なものは、努力です。育てるという
ことに十分に努力しなければ、穫り入れは期
待できない。
 ところが、ひとがモノを手に入れるのは、
それを享受するため、ということです。です
から、どれだけ自由に楽しむことができる 
か、享受することができるか、という人びと
の要求に、どんなふうにこたえられるかが、
物流・流通の基本です。
 その対比を用いれば、読書の核をなすのは
、努力です。情報の核∵をなすのは、享受で
す。読書は、個別的な時間をつくりだし、情
報は、平等な時間を分け合える平等の機会を
つくりだします。つまり、読書と情報は、一
見とてもよく似ている。似ているけれども、
おたがい似て非なるものです。読書は情報の
道具ではないし、情報によって読書に代える
というわけにはゆかないからです。
 簡単に言ってしまえば、読書というのは「
育てる」文化なので す。対して、情報とい
うのは本質的に「分ける」文化です。

(長田 弘「読書からはじまる」より)*一
部表記を改めたところがある。