長文集  1月4週  ○旅に出て  yube-01-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 12:52:58
 旅に出て未知の風景に接し、感動する前に
、「ああ、絵はがきとそっくり。」というセ
リフを口にする人をよく見かける。また、最
近のように飛行機利用のたびが盛んになると
、若い女性が下界を見ながら、「まあ、地図
とそっくりね。」という歓声をあげる。しか
し人間は、飛行機を発明してから百年とは経
過していないのに、今や、驚異的な速さのジ
ェット機を考え出し、それが人間を苦しめよ
うと疲労させようとおかまいなしに、ますま
すスピードを速めようとつとめている。一昔
前は船でインド洋を横断して、はるばると欧
州を目指したのに、それが、現在はどうだ。
あっという間に目的地に着いてしまう。 
 思うに、人々は旅というものへの導入部を
持つことが少ない。この導入部が実は旅だっ
たのだが、今では目的の地へ着くことだけが
旅のように思われてしまった。そして、それ
が旅だと思いこんでしまう現代人は気の毒だ
。乗り物は極めて速くなり、時間の節約とい
ちはやく目的地へ着くことは実現されたが、
旅情はそれに比例するとはいえないからだ。
 
 そのうち、人々はもうわかってしまってい
るから、旅に出る必要はないなどといいかね
ない。旅とは未知のものを知るだけの行為で
はないのである。旅をして、「絵はがきそっ
くりの風景」という感想を口にするような人
にとっては、いっそ旅などしない方がいいの
だ。 
 旅は心の中でもできる。病床に臥している
人でも、現実にそこを旅した人よりも旅情を
味わっている場合がある。それは想像力が豊
かだからだ。逆に、小説の中に描かれた風景
や土地にあこがれてそこへ行き、現実には失
望したといって帰ってくるような人もいる。
それは、小説家がうそをついたのではない。
現実が先行して実景を変えたのでもない。 
 旅情というものは、意外に、その人の心の
中にあるものだということである。ある土地
へ旅をして、何が心に残ったか、胸に手をあ
ててそれを思い返してみるとわかる。旅先で
の、絵はがきや小説では体験できなかった未
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知の人との出会い、その人のおしゃべりやア
クセント、そして、そのとき自分が味わった
何ともいえない感情、そうしたものが旅の忘
れ得ぬ一こまではなかったか。そういうイメ
ージは常に自分の心の側にある。心が風景を
みるのである。 

(岡田喜秋(きしゅう)「旅に出る日」)