1997年10-12月 第4週号 通算第543号

言葉の森新聞

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  第4週は清書です

第4週は清書です。これまでに書いた作文のうち、9月中旬から10月上旬にかけて書いた作文が返却されていると思います。先生のアドバイスを参考に、その中からいちばんよく書けた作文を清書していきましょう。

書き方は、「学習の手引」をよく見てください。

清書用紙(水色の罫線の原稿用紙)の左上に生徒コードを書くことと、1枚目の裏側に学校・学年・名前・住所・電話・投稿の希望などを書くことを忘れないようにしましょう

この清書は、12月発行の広場に掲載します。原稿用紙の空いているところには、絵をかいておきましょう。

  第4週は自習テストも提出しましょう

第4週は、自習テストを行ないます。漢字と短文の問題は、漢字集・短文集を見ないでやっていきましょう。長文の問題は、長文集を読みながらやっていきましょう。解答は、後日、「山のたより」に掲載されます。

  第3週の表示の一部訂正

「山のたより」をできるだけ親しみのあるものにするために、表示の仕方に変化を持たせるようにしました。そのため、一部、表示が正しく出ていないところがありましたのでお知らせします。

   通信水曜クラス、第3週の字数ランキング訂正

第3週の「山のたより」で、通信水曜クラスの「字数ランキング」が正しく表示されていませんでした。

   通信木曜クラス、第3週の自習テストの平均の未表示

第3週の「山のたより」で、通信木曜クラスの「自習テストの合計と平均」が表示されていませんでした。

   中学2年生、第3週の漢字小テストの未表示

第3週の「山のたより」で、中学2年生の漢字小テストが表示されていませんでした。

  進度(級)の進み方を改定します

言葉の森では、小学1年生のA1級から始まって、三ヶ月ごとに進級する仕組みをとっています。これまで、A1→A2→A3→B1→……→K3→L1→L2→L3という36段階に分けて、L3級で卒業ということにしていましたが、低学年のころから勉強を始めた生徒の場合、小学4・5年生のころに進度が進み、難しくなりすぎるという問題が出ていました。そこで、今学期から、A1→A2→A3→A4→B1→……→K4→L1→L2→L3→K4という48段階で進度を進めるようにします

  進度ランキングを表示しています

第4週の「山のたより」では、進度ランキングを表示しています。今学期の評価がまだ入力されていない生徒の場合は、級の欄が空欄になっている場合があります。

  作文教室の目指すもの

   労働と消費から創造へ

言葉の森には、現在、小学生から社会人まで約250人の生徒が勉強をしています。

作文の勉強は何のためにするのでしょうか。わかりやすい目標としては、国語の成績を上げることや小論文の入試に合格することです。しかし、作文の勉強の本当の目的は、もっと別のところにあると私たちは考えています。

作文を書くことは、ひとつの創造的な営みです。

それは、表現の上でのみ創造的なのではありません。まだこの世界にない新しい関係を発見したり、新しい理念を創造したりできるという意味で創造的なのです。

文章を書いていて、いちばんうれしいのは、書く前にはわからなかった新しい何かが、書くことによってかたちになってわかってくるということです。こういう喜びは、絵画や音楽のような芸術活動にも共通するものです。

これまでの社会では、人間は、会社では歯車のような勤労者であり、家庭では受け身の消費者でした。生きる喜びの多くは、「やっと仕事が終わった」と「今度は何を買おうか」の二つで占められていました。

しかし、本当の喜びは、主体的な創造の中で得られるものです。文化祭でも地域のお祭りでも、いちばん楽しんでいるのは「売る」人や「見せる」人であって、「買う」人や「見にくる人」ではありません。

   インターネットは壮大なクチコミの世界

今後、会社での仕事の時間は次第に減少するとしても、仕事の内容そのものが創造的になる部署は限られています。小さな創造はどの仕事でも必要ですが、大部分の時間は決まったことを繰り返す作業として要求され続けるでしょう。そして一方、家庭はもともと休息と消費の場です。しかし、人は労働者と消費者の二つの役割で満足することはできないものです。学生でも、授業と家庭の間に部活や友達との語らいがなければ、学校生活はひどく味気ないものになってしまいます。自分が創造的に参加できる小さな集団が、会社と家庭の間に築かれてはじめて人間は人間らしい自分を回復することができるのです。

そういう小さな集団は、地域の中にだけあるのではありません。今、インターネットの世界では、多くの人が自分が主人公となる情報発信をしています。もちろん、まだ人気のあるサイトの多くは、単に多くの情報を整理して紹介するパイプのような役割しかしていません。しかし、インターネットの本当のおもしろさは、こういうマスコミ的なところにあるのではなく、壮大なクチコミが一挙に登場したというところにあります。

今後、地域やインターネットで、ますます多くの人が、労働者や消費者としてではなく人間として行動する時間を持つようになってきます。そのときに必要なものは、仕事ができるとか、勉強ができるとか、財産を持っているとかいうことではなく、その人が創造的であるかどうかということです。しかも、創造とはお金を出して買ったり保存したりできるものではなく、その人の生きる姿勢が日々生み出していくものです。

   創造性を尊ぶ文化的風土を

創造的に生きることが価値あることだとみなされている社会の中で創造的な人は育ちます。

もし、250人の作文があって、そこに250個の新しい創造があるとすれば、世界はどんなに豊かでにぎやかになるでしょう。しかも、この創造が、互いの対話で支えられていれば、その豊かさは倍加するでしょう。

私たちが目指しているのは、そういう社会であり、そういう教室です。

岩波新書から「人間にとって科学とは何か」という題名で、梅棹忠夫氏と湯川秀樹氏の対談集が出ています。この対談は、ただ二人が話し合っただけとは思えないほど、どの対話も創造的な知的刺激にあふれています。京都大学には、このように、異分野の人が自由に話し合うことのできる雰囲気が昔からあり、それが京都大学の一つの魅力にもなっているようです。

私たちは、こういう、創造的な対話の雰囲気を言葉の森の教室の中に作っていきたいと思います。

今、このような対話が求められているのは、単なる知的なサロンが求められているからではなく、世の中自体が大きな変革を迫られているからです。既に、地球温暖化にしても、大気汚染にしても、子供たちの教育にしても、世界の農産物の生産状況についても、国家財政の赤字についても、時間的な猶予なく解決を迫られている問題は数多くあります。

これらの問題に、私たち一人ひとりが理性的で創造的な対話の中で参加できるとすれば、その解決は政治家や少数の当事者だけに任せるよりもはるかに速やかで、かつ徹底したものになるでしょう。

   対話の前提として必要な読解力・表現力

言葉の森では、昔、小学生だった生徒が今、大学生になり社会人になっています。インターネットを利用すれば、メーリングリストという簡単な方法で、いつでもどこでも自宅でいながらにして自由にディスカッションできる条件が整っています。パソコンとインターネットはこれから更に普及するでしょうが、大事なのはハードではなくソフトです。。いざディスカッションをしようというときに、オリジナルな意見を出す創造性が各人にあるかどうかということです。

言葉の森では、普段の勉強を、表現や構成や主題を決めて書く練習をしています。これは、この項目どおり書くことを通して、自分の意見をどういうかたちでも整理できる力をつけるための練習です。この項目どおり書くことに最終的な目的があるのではありません。どういうコースからのボールでも自由に打ち返せるだけの技術を身につけてはじめてゲームを楽しむ前提ができます。項目どおり書くことは、その基礎技術を身につけることです。

作文の目的は、書くことを通して、そこに新しい発見や創造を生み出すことです。ただ決められた時間内に決められた字数で合格する作文を書ければいいというのではありません。

今はまだ、そういう創造性のある作文は多くありません。しかし、次第に増えてきているように思います。この創造性は、やはり読書と思考と実践の蓄積で培われてきます。より多くの人がより豊かな創造性のある作文を書く力を身につけていきましょう。