1997年10−12月 第11週号 通算第550号

言葉の森新聞

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  読書力が大きな差になる時代

   勉強が忙しくて本が読めない

以前、朝日新聞の投稿欄に中学生の次のような投書が載りました。「大人たちは私たちに本を読めというが、勉強をして成績を上げるためには本など読んでいる時間がない」。言葉の森に来ている高校生の中にも、勉強に追われて本などを読んでいる時間がないという人が大勢います。

今は確かに、本を読んでいるよりも、1点でも試験の成績を上げた方が得をするような気がすると思いますが、点数を上げるような勉強は、実は長い目で見るとあまり役に立ちません。今の社会の情勢から見て確実に得だと思えるようなことは、その得が失われることもまた早いのです。

   現実は大きく変化している

小学生の子供たちの「わたしの夢」という作文を見て、多くの子供がそれぞれにいろいろな夢を持っているのに感心しましたが、少し気になったことは「医者になりたい」という夢の人がかなり多かったことです。医者になりたいという理由はさまざまですが、いちばんの理由は、「安定していて高所得で社会的にも高く評価されているから」という現代の大人の社会の価値観を反映していることです。

しかし、医者という職業がそう見えるのは、実は、現代の日本という歴史的にも社会的にも特殊な状況での話です。すでに、病院は構造不況産業になりつつあります。かつての石炭産業がそうであったように、また最近ではバブルがそうであったように、だれもが確実だと思っているとき、すでにそのピークは終わっているのです。逆に新しい芽はだれもが予想していない分野から生まれてきます。

   勉強の理想とは自分を向上させること

理想よりも現実を考えるということは、一見説得力があるように見えますが、社会が大きく変わりつつあるときは、理想という羅針盤を持つことこそが社会の流れに対応できる現実的な道なのです。

勉強の理想とは、自分自身を向上させることです。成績を上げたり受験に合格したりすることはそこから付随してくるものです。テスト前なのにすごくいい本にめぐりあったというときは、それが長い目で見て自分を向上させることにつながるのだと思えば、その本を読めばいいのです

職業の理想もまた、自分自身を向上させることにあると思います。安定しているからとか高収入だからということは、今後、その前提そのものが大きく変化していくはずですから、今の時代の基準を当てはめて考えることはできません。

学校と家庭の往復だけをしていると、まるで、今の自分の周りの価値観が世界全体に通用しているかのように考えてしまいがちです。A高校よりもB高校の方が優秀だとか、C大学よりもD大学の方が偏差値が高いとかいうことが、自分に一生ついてまわるもののように考えがちです。そこでつい、自分を向上させるというような悠長なことを言っているよりも、いい学校に入るために1点でも多く、と思ってしまうのでしょう。

   読書力の有無が実力の差になる時代

しかし、一生ついてまわるものは、学校ではなくその人の実力です。実力ということを考えた場合、読書をしていろいろなことを自分なりに考えることができる力というのは、その人の実力の大きな部分を占めるはずです。

中学生や高校生のみなさんは、「勉強が忙しくて読書などしていられない」という視野の狭い割り切り方をせずに、ぜひ大きな展望を持って、自分を向上させるための読書を生活の中に取り入れていってください。

私は、現代の中学生や高校生が社会人になって活躍するころには、読書力の有無が大きな差になっていると思います。そのときその時代の子供たちから「お父さんやお母さんの世代は、勉強ばかりして本を読まなかったから、考えが浅いんだよなあ」とからかわれないような大人になってほしいと思います。

  入試の改善

   一点刻みのテストを見直す方向に

文部省は4日、高校入試について、ペーパーテストで一定以上の点数に達すれば調査書や小論文・面接などによって合否を決めるといった改善策を入試に取り入れるように各都道府県に通知しました。すぐ大きな変化があるわけではありませんが、入試は次第にこれからこういうまともな方向に変わっていくと思います。

もちろん、入試の主流はこれからもペーパーテストでしょう。試験の点数で上から順に合否を決めていくというやり方は、多くの人が納得できる客観的な方法で、しかも能率のよい方法だからです。

しかし、手間をかけてもいいから本当にいい生徒を採りたいと思えば、テストの成績はおおまかに合格ラインだけを決めておいて、あとは、小論文・面接・これまでの学校での勉強と活動の様子などで総合的に評価するというかたちになるでしょう。

ペーパーテストで70点を80点にするのはまともな努力でできますが、99点を100点にするというのはまともな努力でできることではありません。こういう1点差を争うような努力はオリンピックやゲームのような趣味の分野で行われるべきで、受験のようなだれもが通過するところで行われるべきではありません。

言葉の森では、例年、推薦入試で大学を受験する人がいますが、中には一般入試のペーパーテストではたぶん合格できないようなところに小論文と面接だけで合格している人がいるのを見ると、大学入試も昔のような単線型ではなくいろいろなバイパスができているのだと実感します。

社会に出ればバイパスは更に多くなります。基礎学力さえ在学中にしっかりつけておけば、あとはやる気次第で何でもできるのが今の社会です。

今日の教育の問題は、一方で1点差を争うような過酷な受験競争がある中で、他方では基礎学力の不十分な生徒が大量に生み出されているというところにあります。ペーパーテストを、合否を決める最終的な基準にするのではなく、資格試験のように使うならば、勉強の仕方ももっとだれもが納得できるような方向に変わっていくと思います。

  第11週の課題のヒント

   小学1・2年生 「自由な題名」

 小学1・2年生の人は、電話のあるときまでに、書くことをいつも決めておきましょう。

   小学3・4年生 「日本の大地に(感)」

 長文の内容:お米がたくさんとれると、人口も増えました。人口が増えると力を合わせることができ、ますますお米がとれるようになりました。文明が発達し、力の大きい国が力の小さい国を従え、日本がひとつに統一されるようになりました。

 似た例:みんなで協力すると能率がよくなる話などを書くとよいでしょう。重いものなどを運ぶとき、ひとりでは運べないときも力を合わせると楽に動かすことができます。似た話が書きにくいときは、「もし、お米がとれなかったら、日本はいまごろ……」と想像した話を考えて書いていってもよいでしょう。

   小学5・6年生 「世界じゅう(感)」

 内容:日本人は海外を旅行するときでも日本の文化的カプセルを強く持っている。ハワイで日本人の観光客のためにホノルル市民の家庭訪問を企画したが参加した日本人はきわめて少なかった。もしこれがアメリカ人に日本の家庭訪問を企画したとすれば結果は逆になっただろう。

 似た例:日本人は恥ずかしがりやのせいか、新しい世界にひとりで飛び込んでいくことを苦手とする人が多いようです。クラス替えなどのときでも、よく知っている友達がいると安心します。小さい子供の場合、どこかよそに行くときでも、自分が普段愛用している毛布やお人形を持っていかないと落ち着かないという人も多いと思います。日本人が海外旅行をするとき、現地の食事ばかり食べていると、無性(むしょう)にご飯や味噌汁や納豆を食べたくなると言います。また、日本人は外国に滞在するときも、現地の人と溶け込むより、日本人どうしでまとまることが多いということもよく聞きます。

 感想:「日本人は……」または、「文化的カプセルというものは……」と考えてみましょう。

 ことわざ:逆の意味で「49、郷に入(い)っては……」。何でも体験してみることだという意味で「119、百聞は……」などが使えそうです。

   中学生 「一人一人の話が(感)」

 内容:宇宙飛行士は、宇宙で共通の体験をしているように思われる。ラッセル・シュワイカートは、宇宙空間で仕事をしているとき、機械の故障のために数分間何もしない時間を持った。そのときに地球を見て、シュワイカートは「自分は『私』ではなく、地球の全生命の過去と未来を含めた『我々』なのだ」という意識を持った。この個体意識から地球意識への脱皮は、今すべての人々に求められている。

 意見:意見は、個体意識から地球意識への脱皮ということで考えてみましょう。具体的には、自分のことだけでなく相手のことも、自分の国のことだけでなくよその国のことも、人間のことだけでなくほかの生命のことも考えていく意識が必要だということです。中学2年生の総合化は、「自分の利益を考えることも必要だ」「しかし、全体の利益を考えることも必要だ」「だから、大事なことは……」と考えてみるとよいでしょう。

 名言:名言は、「87、私たちの幸福が……」などが使えそうです。

   高校生・受験生 「芸術スポーツ」

内容:スポーツは軍事教練や国民の体力向上として始まった。社会が生産第一主義から消費第一主義へ移行するにつれて、スポーツも芸術的な要素が重視されるようになった。新体操やシンクロナイズドスイミングなどのコーチの指導はほとんど舞台の演出に近い。

意見:勉強にも、こういう要素がだんだん出てきそうですね。今日の社会の問題としてスポーツに限らず幅広く考えてみましょう。学校の体育などを見ていると、まだ古い軍事教練時代の考え方が残っているようです。マスゲームなどは、見ている方はおもしろくても、やっている方は全然おもしろくもなんともありません。

   大学生・社会人 「情報処理能力」

内容:病気というのはひとつの情報である。情報処理能力を高くすれば病気を解決することができる。情報処理能力を高めることが、病気に限らず人生のさまざまな問題を解決することにつながる。

意見:「病気を情報処理する」ということは具体的にはわかりにくいと思います。仕事などでも、上手な人はどんどんさばいていきますが、下手な人はどんどんためていきます。(私も^^;)。病気ということに限定せず広く人生の問題として考えていきましょう。

  ミスプリント訂正

言葉の森新聞第9週号で、「キャノンという会社の会長の賀来(かこ)氏は……」と書いていましたが、正しくは、「賀来(かく)氏」の誤りです。小野君のお母様からご指摘がありました。どうもありがとうございました。

賀来龍三郎氏は、私企業の枠を超えた長期的なビジョンを持って行動されている方で、現在キャノンが環境先進企業として評価されているのもうなずけるところです。私(中根)は、昔、日経新聞の「私の履歴書」欄で賀来龍三郎氏の自伝を読んでから、キャノンのファンになりました。(名前を間違えたおわびにちょっと宣伝を)