http://www.mmjp.or.jp/shine/ 1998年11月2週号 通算第593号 shine@japan.email.ne.jp

言葉の森新聞

文責 中根克明(森川林)

  成績を上げるために

  成績は大事だが

 子供が幼稚園のころまでは、親も「のびのびと素直な子に育ってくれればいい」とのんびり構えていますが、小学校に上がり、高学年になり、テストの点数などで近所の子よりも低い点数を取ってきたりするとだんだん目つきが険しくなってきます。小学校のころの評価は絶対評価が多いのでそれほどでもありませんが、中学生になり相対評価で他の生徒との点数を比較されるようになると、親にとっても子にとっても成績がいちばんの関心事になってきます。

 学校の役割は生徒に学力を身につけさせることですから、その学力の表われである成績に関心を持つのは大事なことです。しかし、成績を上げるためには、成績だけではなく、成績以外の要素も考えていかなければなりません。

  幸福に生きる力を育てる

 まず第一に大切なことは、人生においては、幸福に生きる力を育てることが最優先するということです。お母さんがいつもどなって子供がいつも惨めな思いで勉強をするような状態が多いとすれば、それは勉強と人生の軽重を取り違えていることになります。たかが成績のために幸福を犠牲にしないという確固とした方針を親が持っていることが大切です。幸福に生きる力を育てるためにいちばん大切なことは、家庭の雰囲気を温かいものにすることだと思います。

  基礎となる実力をつける

 成績を上げるために考えなければならない第二のことは、目先の成績を上げることよりも、基礎となる実力をしっかりと育てることが大事だということです。小学校の低学年で学年以上の漢字が書けるとか学校で習うよりも先の算数の計算ができるとかいうことは実は大したことではありません。学年よりも先に進んでいるように見えるほとんどの差異は、みんながその学年になれば自然に解消してしまうものです。勉強の先取りをするよりも大事なことは、表面上成績には関係ないように見える本当の実力を育てておくことです。そのためには、(1)ある程度の難しさをもった読書をする力をつけること(2)いろいろな体験を積むこと(3)家族の中での対話を大事にすること(4)たとえ短い時間で合っても毎日の学習の習慣をつけること(5)正しいことを貫く倫理観を育てること、などが大切です。

 学年よりも上の本を読むという力は、勉強の先取りとは違い、年齢が上がるにつれて更にその差が広がっていくという傾向があります。小学校で習う理科や社会の勉強は、読書力があれば、わざわざドリルや参考書などを使って勉強しなくてもいいものです。しかし逆に、「正しいことをする」「思いやりを持つ」「うそをつかない」などの倫理観は、子供が小さいときでなければなかなか身につきません。

  気長に反復する学習を

 第三は実際的な話ですが、成績を上げるためには、実力に合った問題集を反復して学習することが大切です。家庭での勉強というと、よく問題集を買って、それを毎日やっていくというようなやり方をすることが多いものですが、一冊やり終えたら別の一冊を、と次々に問題集を解いていくやり方は実はきわめて無駄の多い勉強の仕方です。問題集を一冊やり終えたら、必ずその中でできなかった問題だけを反復してやっていくことが大切です。しかもその反復の回数は、だいたい四、五回は必要です。子供ができなかった問題を親が一度か二度の説明でできるようにさせるつもりで教えると必ず無理が生じます。「昨日教えたのに、もうやり方忘れたの!」という叱り方をするお母さんは多いと思いますが、昨日できなかったことは今日もできないのが普通です。そして明日もできない、明後日もできない、と思っていたらいつのまにかその次の日にはできるようになっていた、というように子供の学力は一定の潜伏期間をおきながら段階的に進んでいきます。ところが家庭学習では多くの場合、このように一冊の問題集を四、五回、間隔をおいて反復させるような勉強のシステムになっていません。勉強時間が長いわりに成績が上がらないのは、問題集でも参考書でも一回しかやらないというやり方をしているからです。

  勉強の目標をはっきりさせる

 第四に、成績を上げるためのもうひとつの実際的な話は、大目標や小目標をはっきりさせるということです。勉強における小目標は摸擬テストや定期テストなどの成績を上げることになります。次のテストでは、こういう点数までがんばろう、という目標が立つと勉強にも意欲がわいてきます。そういう点で、小中学校では、その生徒の得点やクラスの平均点だけでなく、点数の分布状態がわかる偏差値をもっと科学的に活用してほしいと思います。日本では、偏差値は生徒を輪切りにして受験競争を激化させる元凶のような感情的なとらえ方がされていますが、GM(ゼネラル・エレクトリックス)のシックスシグマという生産改革などは標準偏差を科学的に活用したものです。

 勉強における大目標は、受験になります。さらには、将来どういう仕事をしたいのかというところまでを考えた目標になると思います。将来の職業については、親自身が自分の勤めている会社や業界以外の事情をくわしく知らないので、「公務員がいい」とか「先生がいい」とか「お医者さんがいい」とか「スポーツ選手がいい」というような漠然としたことしかアドバイスできないことが多いようです。歴史の大きな流れを見ると、これからは労働そのものの中で人間が生きがいを感じられるような仕組みを作ることが社会的に求められてくるようになると思います。そういう社会では、子供の職業の方向は自分の特性に合った企業に勤めることではなく、自分の特性を生かしたベンチャー企業を作るということになるでしょう。今の日本の社会ではまだ自分で企業を作るとなると、いろいろな困難や犠牲を覚悟しなければなりません。しかし、今後は社会の仕組み自体が、ベンチャーを起こすためのリスクやハードルをずっと小さいものにしていくようになるでしょう。子供たちの将来の職業を考えるとき、親はもっと大胆に夢を描けるようなアドバイスをする必要があると思います。

 

  11.2週のヒント(再掲)

  小3・4年生 11.2週 旅行に出かけたこと

 秋のさわやかな風が吹いてくると、旅行に出かけたくなりますね。夏休みと違って長い休みはとれませんが、それでも日曜日にはどこかへ出かける計画を立てる家庭も多いでしょう。旅行にでかけたという話が見つからない人は、お父さんやお母さんと遊んだことを書いてみましょう。それもないという人は、しょうがないから自由な題名でね。

  小5・6年生 11.2週 花の絵を描き始める時(長文4)

 人間でも花でもいろいろな面を持っています。それは日によっても場面によっても違います。それなのに、「あの人はああいう人だ」と決め付けてものごとを見ていることが私たちには多い、という話です。先入観という言葉をキーワードにして書いていくと主題がはっきりすると思います。しかし、キーワードを入れると逆に話に広がりがなくなることもあります。似た話はいろいろ見つかりそうです。

 データ実例は、「10、四季を代表する旬の果物などで、春はタケノコ、夏はスイカ、秋はサンマ、冬は大根」などを引用して、人間は同じ考えを持ちがちだというようなところで書いてもいいでしょう。

 データやことわざを入れるときは、自分の書きたいことが先にあって、それに合うデータやことわざを探すというやり方は普通しません。意見が先にあってそれに合うものを探すとなると、探すのに時間がかかります。今すでに手元にあることわざやデータを、自分の意見に合わせて結び付けるというやり方をします。もちろん、探す場所や探したいものがわかっている場合は、意見に合わせて探して入れてみましょう。

 ことわざは、固い考えは柔軟性を欠くという意味で「85、大木は風に折られる」「134、柳に雪折れなし」。先入観で決めつけずにその場に合った対処をしようという意味で「49、郷に入っては郷に従え」あとは、「井の中の蛙」でも「例外のない規則は」でもなんでも使えそうですね。

  中学生 11.2週 新聞というものを(長文4)

 著者の意見が前面に書いてある文章ではないので、主題を何にするか決めにくい長文です。新聞が正面から論じようとしているところよりも、行間や余白の部分におもしろさがある、ということなので、著者流の新聞の読み方を、人間関係や社会や勉強などに当てはめて考えるとおもしろいと思います。授業中でも、先生の話していることを聞くよりも「この先生は、今日も同じネクタイだなあ」とか「隣の席のA君はノートをとるふりをして寝ているなあ」と行間や余白を見ていたほうが楽しいでしょう。教科書でも、書いてあることをまともに読むより、挿絵の人間の顔にひげをつけたりふきだしをつけたりして落書きをしている方がおもしろいものね。

 データ実例は、「女性のストレス解消法」の第3位長電話などを使って、意味のある話よりも意味のない話に味があるというようなところで。

 名言は、自分で探しましょう。

  高校生・大学生・社会人 11.2週貧困な層の定義として(長文4)

 お金に換算した豊かさが必ずしも豊かさの実感と結びつくものではないという例を見つけてみましょう。江戸時代などはGNPなどから見れば現代よりもはるかに貧しいはずなのに、それにもかかわらず豊かな文化が花開いたところを見ると、今流のお金に換算できない部分で豊かな社会というものが存在していたのでしょう。

 データ実例は、「9、一ヶ月の小遣いの平均」「16、収入増と労働時間短縮」などが使えそうです。

  11.3週のヒント(予告)

  小3・4年生 11.3週 かれはすぐ(長文5)

 えらい人でも親しみやすい人がいるという例。外見よりも中身が大事だ、なんていうお父さんもいそう。身近な人で身なりにかまわない人の例などをさがしてみよう。

  小5・6年生 11.3週 国際人とはいったい(長文5)

 今回は、この長文を分割して短文集にしているので、短文を全部暗唱した生徒は、この長文を暗唱したことになります。

 日本の学校は知識を覚えるような勉強が多いが、大切なのは自分の頭(言葉)で考えたり行動したりすることだ、という話です。5・6年生の人は、塾などで「どうしてこんな小さなことまでおぼえなきゃいけないの」と疑問に思ったことなどもあるでしょう。大化の改新が何年に起こったとか鎌倉幕府が何年にできたとかいうことは、覚えていても悪いことではないけれど、ほかにもっと大事なことがりそうなのにね。こういう知識の勉強は苦手だけど、体験学習の時間や体育の時間や給食の時間になるとがぜん活躍する人というのがいます。そういう実際の場面で活躍できるということが将来は大事になりそうですね。

 データ実例は、21、大学・短大進学率が46.2%になっている日本の高学歴社会などが使えそう。ほかには、2.一ヶ月に読んだ本の少なさなどをもとに、勉強に追われているために読書などの主体的な勉強ができなくなっている現状なども書けそうです。国際化が進んでいるというところで、26、海外旅行者数なども引用できる。

 ことわざは、「144、論語読みの論語知らず」「16、井の中の蛙大海を知らず」など。

  中学生 11.3週 科学は記述から(長文5)

 実体があるからコトバが生まれるのではなく、コトバがつけられるからその実体があるかのように見えてくる、という話です。

 京都大学の霊長類研究所がサルの調査をしているとき、それぞれのサルに名前をつけました。その結果個体識別が容易になり、サル社会の研究が大いに進みました。海外ではサルに名前をつけるというような発想がなく、個体を識別して研究するという方法が確立していませんでした。そのために、海外の研究者の中には、「日本人はサルを個体識別する特殊能力がある(サルに近いから)」と考えた人もいたようです。

 虹を七色に見る言語と二色に見る言語とがある、というような例は、ほかにもいろいろありそうです。(いい例があったら、掲示板に書いておいてね)

 コトバがあることによって世界の認識が豊かになる反面、コトバによってそのコトバで表わされたもの以外は見えなくなってしまうこともあります。雑草でも名前を知ると親しみがわき、道端で見かけると「やあ、チカラシバ君、元気そうだね」と話しかけたい気になります。しかし、逆に、コトバに慣れてしまうと、「なんだ、チカラシバか」とコトバでかたづけてそのもののありのままの姿を見なくなってしまうようにもなります。

 データ実例は、「2、一ヶ月に読んだ本」などを使って、読書によってコトバを豊かにしよう、などと書けるかな。世界の言語の数などのデータがあればそういうのも使えそう。

  高校生・大学生・社会人 11.3週 もう一つの体験は(長文5)

 法的な平等という建前にもかかわらず、飢餓や紛争や貧困や経済格差は、異なる集団の間の差異として社会的・文化的に現れる、という話です。

 男女の平等でも、法的な建前よりも文化的なもので差異が生まれるところがあります。現代の日本社会の問題に結びつけて考えていきましょう。

  光る表現コーナー  98年10月29日〜98年11月4日

ニルスさん(あそな/小2)の作文より(もとばと先生/月日1025)

 どんぐりぼうしをみつけてたら、2つのぼうしのどんぐりぼうしがでてきました。まるで小さなけん玉のようでした。絵り子ちゃんに3つのぼうしのどんんぐりぼうしをもらいました。評:3つのぼうしがくっついているなんてすごいどんぐりぼうしですね。

宇佐美さん(とあ/小2)の作文より(みち先生/月日1021)

 わたしはいつもおともだちとあそぶときおでかけごっこをしてわたしはバラのイヤリングをします。そしたらみんなも「はなちゃんばっかずるい」といいます。だからわたしは、しょうがなくやってあげました。そしたらみんなが、「はなちゃんてやさしいね」といってくれます。おともだちがくるときは、きまってそうします。おともだちがくる日はとってもうれしいです。:評:みんなでなかよくあそんでいるあたたかいふんいきがつたわってきて、よむ人をしあわせにしてくれるようです。

島邑さん(ねあ/小2)の作文より(めもま先生/月日1019)

 「四人でやってたのにいっぱいでやっているように見えました。」(すばしっこく元気におにごっこをしている様子が、とてもうまく表現できましたね!)

アルルさん(てよ/小3)の作文より(もとばと先生/月日1031)

 (転校してから)最初は友だちはやさしかったけど一週間もしないうちに友だちはいじわるになったからです。ついでにいたずら手紙を出した人がいたのです。深い深い海につきおとされたような気持ちでいっぱいでした。・・・わたしもうちこむものがあります。・・・うた、ピアノ、音感の勉強をしています。大きな声でお友だちと歌うのがなによりの楽しみです。評:転校して大変ですが、うちこむものがあってほんとうによかったですね。そのうち学校みんなもだんだんともとにもどってくれるでしょう。

チビ太郎さん(ああは/小4)の作文より(洋子先生/月日1021)

 ヨッシがどんぐりの木を蹴りながら「けったら、落ちてくんねんで。うちのお父さんがけったら十個もおちてきてん」といっていました。(どんぐり拾いのことをかいた作文より。一生懸命どんぐりを落としている様子が目に浮かんできますよ。)

ミッキーさん(けく/小4)の作文より(かつみ先生/月日1026)

 まるでそれは、バーゲンの時に、服の争いをしているようでした。 評;なかなかすごそうだね。

たば星人さん(あころ/小5)の作文より(はるな先生/月日1030)

 ぼくは木登りをして、すかっとして、ねむけが覚めたような気分でした。ぼくは、木の上でねたいとおもいました。(講評)たとえが、とても実感があって、おもしろい! やってみた人でなければ、かきあらわせない言葉です

ドガースさん(つら/小6)の作文より(ミルクティ先生/月日1026)

 人間はいろんな種類の食べ物があるけどそれがあだになって、食べ物をそまつにしてしまい、長所は短所になってしまうけど虫は葉っぱしか食べないかわりに食べ物をそまつにしない。それは、ぼくが思うには、虫は葉っぱしか食べられなくて背水之陣だけど人間は酒池肉林でなんでもあるから食べ物をそまつにするんだと思う。<評>むずかしい四字熟語をうまく使ったね。(^o^)

  作文の返却だけが遅れる場合もあります

  次学期からはすべての作文をそのつど返却に

 10月から、生徒の作文を直接先生の自宅に送っていただくようにしました。生徒のみなさんには新たに80円切手を貼って投函していただくというご負担をかけることになりましたが、直送のシステムにしたため、これまで2週間かかっていた評価が翌週には生徒の手元に郵送で届くようになりました。また作文も翌週の授業には間に合うように先生から直接生徒の自宅に返却されていると思います。

 しかし、この作文の返却については、先生によっては自宅から郵便局までの距離が遠いなど負担が大きい場合もあるため、今後郵便局からの配達の際に返却作文を郵便局の人に持っていってもらうようなかたちも取っていきたいと思います。この結果、作文の返却に関してだけは、翌週の授業の日に間に合わない場合も出てくると思います。よろしくご了解くださるようお願い申し上げます。ただし、「山のたより」の評価に関しては、これまでどおり翌週の授業に間に合うようにお送りします。

 また、次学期から、教室に料金受取人払いでお送りいただいた作文もすべて、翌週に返却するようにしていく予定です。返却された作文は清書のときまでなくさないように保管しておいてください。

 以上、よろしくお願い申し上げます。