http://www.mori7.com/ 1999年4月2週号 通算第613号 shine@japan.email.ne.jp

言葉の森新聞

文責 中根克明(森川林)

  小4の短文集の新版を

 小学4年生の短文集で、昨年度の短文集と重複している部分がありました。

 現在、教材を全面的に編集中で、7月からは、学年別学期別に約50種類の教材に分けていく予定です。現在は、この編集作業の過渡的な状態であるために、今回のように重複する部分が出てしまったようです。

 4年生の人については、近く新しい短文集をお送りします。お待ちください。

  クラウン数が新しくなりました

 「山のたより」の右上に、これまでの賞状のクラウン数の累計が載っています。賞品交換をした人は、このクラウン数が少なくなっています。また、4.1週の賞状のクラウンはこの累計に追加されています。賞品との交換については、別にご連絡します。

  4.2週から投票あり

 4.2週から、生徒のみなさんの清書を順に掲載します。自習用紙に投票をしておいてください。

  ホームページのアドレス変更が遅れています

 言葉の森のホームページは、4月からhttp://www.mori7.com/に変わる予定でしたが、インターニックの登録作業が遅れているようで、もうしばらく、現在のhttp://www.mmjp.or.jp/shine/で運営しています。

  4.2週のヒント

 小学1、2年生 自由な題名

 自由な題名で書きましょう。先生からの電話の前に、何を書くか決めておいてね。

 小学3、4年生 私の先生

 新年度になって、学校でも塾でも担当の先生が新しくなった人が多いことでしょう。その先生の特徴や印象などを思い出して書いてみましょう。たとえなども、たくさん使えそうですね。

 小学5、6年生 私は小さい頃(感想文)

 要約

(1)川で溺れそうになった。

(2)そのとき元のところに無理に戻らず下流に流されるままにして助かった。

(3)怪我をして手足が動かなくなったときに、そのことをふと思い出した。

(4)「神は試練とともに脱出の道も備えている」という聖書の一節が心に響いた。

 似た例 失敗をしたときに、「あのとき、ああすればよかったのになあ」とくよくよ考えるより、むしろその失敗を受け入れて、今自分にできることにベストを尽くすという考え方が大事。スポーツなどでは、よくそういう場面があるでしょ。失敗しても「ドンマイ、ドンマイ」と言って明るくやり直す方がいい結果になるものね。

 感想 「失敗とは、人間にとって……」と考えてみよう。

 ことわざ 「122、覆水盆に返らず」「72、捨てる神あれば拾う神あり」などが使えそう。

 中学生 ふだん私たちは(感想文)

 要約

(1)コインは丸いとみなしているが、いろいろな見方ができる。

(2)ものごとはいろいろな視点から見ることが必要だ。

(3)価値の多様化のためにレトリックは役に立つ。

 意見 いろいろな見方の必要性。反対理解は、ひとつの視点でないと行動できない。

 名言 「89、悪いことそのものが……」など。

 高校生・大学生・社会人 ふつう死は(感想文)

 脳死の問題は、技術的な問題ではなくむしろ倫理的な問題です。それも、人類がこれまで遭遇したことのない新しい倫理の問題を提起していると言ってよいでしょう。よい悪いをすっきりと割り切ることのできない問題にどう対処していくか、一人ひとりの人間観が問われているとも言えそうです。

 

 

  4.3週のヒント

 小学1、2年生 自由な題名

 小学3、4年生 たびをする草や木のみ(感想文)

 タンポポのわた毛が飛ぶ季節は、まだちょっと先ですね。自分では動けない植物の種が、人にくっついたり、鳥に食べられたり、風の力を借りたりして旅行するようすを思い浮かべて、似た話を考えてみましょう。

 小学5、6年生 私は小さい頃(感想文)

 要約

(1)くずかごは重んじられていない

(2)私たちは、暮らしというものを「手に入れること」を中心に考えている

(3)しかし、暮らしの姿勢を作るのは「何を手に入れないか」ということだ

(4)大きなくずかごを置けば、生活の姿勢が変わってくる

 似た例

 ぐっと身近に、「ぼくの机の中もガラクタでいっぱいだ」「もう読まないけど捨てるにはもったいない漫画の山がある」などと考えてみましょう。「何を持っているか」ということより「何を持たないか」ということがその人の生き方を表しているような気がしますね。

 ことわざと感想

 「71、過ぎたるは及ばざるがごとし」「136、山高きがゆえに貴からず」などが使えそうです。

 感想

 何をどれだけ持っているかということよりもその中身が問題。本当に大切なものだけを大事にして、余分なものはどんどん捨てていくシンプルな生活が必要なのかもしれませんね。

 中学生 いつから世の中が(感想文)

 要約

(1)矛盾にはよいものと悪いものがある。

(2)互いに相殺しあう矛盾は悪い矛盾である。

(3)しかし論理的な一貫性がありすぎると自家撞着におちいる。

(4)芸術は、平面論理を嫌う。

 意見 ありきたりの表現がよくないというところで。

 名言 「54、何事もしないものだけが……」「58、人間は求めているかぎり……」など。

 高校生・大学生・社会人 何はともあれ(感想文)

 上の段右から10行目「企秦の文化戦略にとって」は「企業の文化戦略にとって」の誤りです。

 15秒のコマーシャル音楽と全体がひとつの大きな作品となっているクラッシック音楽の違いを文化の問題として考えてみましょう。

 

  運動と読書

 高校生以上の人で「書くことがない」「何を書いても前に書いたのと同じような話になってしまう」という場合、読書の不足が原因になっていることが多いものです。実は私も3月に入ってからサーバーの移転の作業が増えて、買ってきた本がほとんど読めない状態になってしまいました。そうすると、触発されるものがないので、次第に考えたいことや書きたいことがなくなってきました。朝から晩まで、作業の上では忙しいのですが、それに比例するかたちで考えはどんどん浅くなっていきました。^^;

 似たような話で、スポーツや肉体労働が激しくなると、読書をしたり考え事をしたりという気分になれなくなるようです。学生時代のアルバイトで、夜中に穴を掘ったり埋めたり(何をやってたんじゃ)という仕事をして帰ってくると、手に取る本は軽いものばかりになっていました。当時読んでいた本のひとつがシモーヌ・ヴェイユの「工場日記」で、肉体労働を続けながら知的な作業を自らに課すという彼女の試みの困難さに共感したのを覚えています。

 日本のサッカーチームがワールドカップで試合をしている間、岡田監督は選手に本を読むことを禁じたそうですが、この話もわかるような気がします。読書をしたり考え事をしたりというメンタリティは、スポーツのしなやかな動きの感覚と微妙に両立しないところがあるのでしょう。

 人間らしい生活を送るためには、適度な運動と適度な静けさが必要です。明るく楽しく忙しいだけの生活は、人間の生活というよりも、動物の生活に近いと言えるかもしれません。

 

 

  先生の愛称(先生コード)を変えた理由

 4月から先生のコードが変わりました。名前から連想できるような2文字を先生コードにして、先生の名前の欄には、このコード(愛称)を書けばよいということにしました。

 この理由は三つあります。ひとつは、小学校低学年の生徒には書くのがむずかしかった先生の名前をひらがなで書けるようにしたということです。もうひとつは、ホームページから作品を送信する際などに、先生コードをいちいち探したり聞いたりしなくてもすむようにしたということです。そしてもうひとつは、コードというちょっと非人間的なものをできるだけ親しみの持てるものにしたということです。

 コードがなぜ必要かというと、コンピュータでデータを処理する必要があるからです。郵便番号のない時代は、人間が手紙や葉書の住所を見ながら手で地域別に郵便物を分けていました。しかし、人間がこういう作業から解放されるようになるというのが、歴史の進歩の方向です。ところが、コンピュータは機械ですから一対一の対応でなければ処理ができません。人間でしたら、例えば同じ名前の先生が二人以上いても、その場の状況を勘案して、「これは大きい方の山田先生、こっちは小さい方の山田先生」などとふりわけることができますが、コンピュータはすぐにエラーを表示してしまいます。

 人間の脳も、実は大量の情報をコードとして処理しています。人間の名前自体もひとつのコードですから(4000字の漢字を組み合わせて名前を作るというのは、4000進法の数字を組み合わせてコードを作るということと同じです)、人間は最初は名前だけでコード分類をします。同姓同名の人が二人いた場合、コンピュータはエラー表示をしますが、人間は、次のコードを探します。それが住所であったり、性別であったり、その場の雰囲気であったりと自由に発想できるところが、人間の脳の優れているところです。だから、「あれ、やっといて」「はい」という会話が成り立つのです。

 人間どうしのやりとりであれば、同じ名前になる確率がある程度少なければ十分実用に役立ちます。しかし、コンピュータは、同じ名前になる確率がたとえ0.0000000000001であっても、本質的にエラーを表示します。ニュートン力学の世界で作られた機械は、確率が0の世界で初めて正しく動作するのです。

 さて、この先生コード(愛称)を変えるのにかかった時間が約10時間。(^^ゞ 朝5時から始めて、パソコンに向かいっぱなしであちこちのマクロを書き直して、途中で休むとどこまでやったかわからなくなるので、朝ご飯はパソコンの前でパンをかじりながら、昼ご飯はこれもパソコンの前でラーメンをすすりながら、やっと終わったのが午後3時でした。しかし、もちろんそれからも、あちこちバグが続出。名前を変えるというのは、予想していた以上に大仕事でした。

  先生の新しい愛称

名前

愛称

三井

あこ

ako

小田

おだ

oda

片桐

かき

kaki

森山

かつ

katu

鴨澤

かも

kamo

河端

きこ

kiko

松山

けい

kei

滝澤

たき

taki

常山

つね

tune

田畑

とも

tomo

吉村

なこ

nako

中根

なね

nane

藤田

ふじ

huzi

大平

まや

maya

三岡

みき

miki

松本

みち

miti

田中

もと

moto

山崎

ゆか

yuka

安藤

ゆり

yuri

幾代

よこ

yoko

 

 

  光る表現コーナー 1999年4月2週号

秦さん(あつて/小2)の作文より(あかね先生/3.3週)

 がっそうをはじめました。「ぴーちゃんちゃんドカドカづごづごバキバキ」まるでけんかをしているみたいでした。(評)たしかに、がっそうすると、こんな音がきこえてきそうだね。(^^;

小池さん(あとふ/小2)の作文より(ミルクティ先生/3.3週)

 「ドラえもんのえいが」どうしてちがうくにでおともだちがいるのかなとおもいました。わたしは、とてもおもしろいともだちがいていいなとおもいました。<評>「●むすびの思ったこと」を「おもしろかった」「たのしかった」と書くのではなく、「どうして?」とふしぎに思ったことを書いたところがいいね。瞳子ちゃんらしい感想(かんそう)になったよ。

田家さん(あなあ/小2)の作文より(ミルクティ先生/3.2週)

 「チューリップのめ」わたしは、もし花がさくならきいろがいいです。でも、ママは、ピンクがいいなぁといっています。<評>色のなまえが書いてあると、とてもカラフルでたのしい作文になるね。春をかんじさせる作文だね。

ピッチーさん(あねあ/小2)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 ピュッとかぜが出て、うしろにさがっちゃったよ。 評:うしろにさがっちゃった、というところがいいね。

山田さん(ふれ/小2)の作文より(ゆり先生/3.3週)

 たいいくのじかんがちかづくにつれて、からだがひきしまるような気がしました。とうとうさいごのたいいくのじかんがはじまりました。評:まちにまった「一年生さいごのたいいくのじかん」。わくわくする気もちがよくあらわれていますね。(人形を作っていて)「バカン。」と音がしたので、見てみると、くびが、とれていました。わたしたちは、大わらいをしてしまいました。でも気もちは、だいじょうぶかな、という気もちでした。評:くびがとれたようすがおかしくってわらってしまったけど、わらってていいのかな? としんぱいする気もちもあったんだね

ニルスさん(あそな/小3)の作文より(スズラン先生/3.2週)

 (お友達とサッカーをしていたとき)今の三年生がいました。・・略・・きょうすけくんが一回おこりました。でも、また、わざわざやってきました。きょうすけくんはなきそうでした。・・略・・ぼくは、おこって三年生のボールをおもいっきりけりました。評:三年生に負けずにボールをけった気持ちがでていました。

えりさん(あなふ/小3)の作文より(とこのん先生/3.3週)

 (魚を)とろうとして、あみですくうと、近くにいるようでいない見たいです。 評:水独特の遠近感について、すなおな感性でじょうずに表現しています。

ペンギンさん(しろ/小3)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 まだ先っぽがペンぐらい小さいのに、力強く自分の力で立っていました。 評:ペンぐらい、そして力強く自分の力で、という表現がいいね。

キティさん(とあ/小3)の作文より(みち先生/3.2週)

 お母さんはいつも「ピピかわいそうだね」となきなきいっています。わたしもお母さんによんであげるときも声がないたような声になってしまいます。

まほうつかいさん(とみ/小3)の作文より(洋子先生/3.1週)

 あまいこな薬をのんで、かぜをなおそうとおもいました。こな薬は、一円だまぐらいでした(評:一円だまぐらいのりょうのこな薬をのんだことがよくわかりましたよ)。

まささん(あうこ/小4)の作文より(みち先生/3.2週)

 よだれをたらしそうになりながら言います。ぼくは、給食を早くたべたくて、たまりませんでした。−(中略)—。ぼくは、まるでほかの国でたべてるような気がしました。ほかの県の学校の子も、ぼくの学校の給食を、味わってほしいなあと思います。

パフィーさん(あおけ/小4)の作文より(ゆり先生/3.2週)

 (家族で串あげを作っていて)「お父さん、もうちょっと上の方がいいんじゃない?」「あっ。そうか。じゃこうか?」と、キッチンでの会話がはずんでいました。ー中略ー「なんか、リレーみたい!!」「ほんとだね。串あげ工場みたい。」評:家族みんなで串あげを作っている様子が会話をたくさんつかって、本当に楽しそうに書けています。

吉田さん(あこて/小4)の作文より(みち先生/3.3週)

 (いもうとのそつえん式)お母さんがきょうきていくふくをきて「いいじゃん」とかがみをみながらいっていました。わたしがようちえんのそつぎょうしきのときでは、いっかいめだから、お母さんがないたといっていました。評:おかあさんといきがぴったりあったようすですね。

けろっぴさん(あちえ/小4)の作文より(ゆり先生/3.3週)

 ぼくが、この長文で一番おもしろかった言葉は、「のろまのあんぽんたん」という言葉です。ぼくはたまにまちがえて、「あんぽんたん」を「アンパンマン」と読んでしまいます。評:「あんぽんたん」と「アンパンマン」、言葉のひびきがよくにているものね。こんな読みまちがいならおもしろいね。

一木さん(あなに/小4)の作文より(もとばと先生/3.3週)

 (感想文の男の子と女の子の対立について)だから、女の子は、もんくの言われないところにいればいいし、男の子たちは、やさしく言ってやればへんなことにならずにすんだのにね。評:やっぱりかっとならずにやさしくへいわなはなしあいがいちばんですね。

アルルさん(てよ/小4)の作文より(もとばと先生/3.2週)

 (餃子を作っていて)ぎょうざのかわにおいてつつみました。まるでおふとんをかぶっているみたいでした。・・・そしていっぱいお水をいれてむしました。まるでぎょうざがおふろに入っているみたいでした。評:餃子を人間にたとえるとおもしろいですね。おふとんにはいったあと、おふろにはいるのは人間と順番が違うけど(歌の指揮の)先生は、おこるとおにのようにとてもきびしいです。でもみんながきれいに歌うと、いい気分で指揮をします。そんなときは、目をつぶって、左右にやわらかく、かろやかに手を振ります。みんな先生の指揮を見てじょうずに歌おうとしんけんです。先生が指揮をとめると歌もピアノもとまってしまいます。先生がまた指揮をするとみんなも歌いだします。まるでまほうにかかったみたいです。評:先生のようすがとてもよく観察できていますね。

島邑さん(ねさ/小4)の作文より(ゆり先生/3.2週)

 ぼくが考えたたまごやきは、ちりめんじゃこたまごやきです。それは、たまごをまぜている時にちりめんじゃこを入れてから、あとはたまごやきの作り方といっしょです。評:いいことを思いついたんだね。おいしそう! たまごやきもじょうずに作れるなんてすごいなあ。

飯田さん(あいい/小5)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 しぼんでいた心の花が咲いた。 評:先生もちかちゃんとの電話をとても楽しみにしています。先生の心の花は、大輪になっているよ。

小澤さん(あえな/小5)の作文より(みち先生/3.2週)

 「シュボッバサバサカポ」とおとうさんがりょうりを作りはじめました。評:音をよくとらえていますね。

信長さん(あえほ/小5)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 真実を空想に想像を事実にすることはできないことなのです。 評:面白い表現だね。きっと、後10年くらいたったら、この表現に対して疑問を感じるようになるかもね!?

龍さん(あきの/小5)の作文より(かつみ先生/3.2週)

 僕がもし、友達とあわせて三人で三百人の給食を作ってあげるのだったら、きっと何時間も何時間もつくっているかもしれません。  評:自分に置き換えて考えてみることは大切だね。僕が一番ぞっく!ときた…   評:ぞくっではなくて、ぞっく、がいいね。

岡根さん(あその/小5)の作文より(もとばと先生/3.2週)

 (給食で人気のメニューがでたときは)クラスのがきだいしょうたちが、「ちょうだい、ちょうだい。」とあるきまわります。とりあいになったりするのでまるで戦場のようです。評:だいすきなおかずをまもるのもひとくろうですね。クラブの最後の方に3年生のクラブ見学があってぼくは去年何にも絵がもらえなくてさみしかったので、ことしは全員にいんさつしてあげました。3年生はよろこんで、「おもしろそうだから、ぜったいこれに入っぺ。」といっていました。評:とても優しい心づかいですね。

バカボンさん(あつう/小5)の作文より(洋子先生/3.3週)

 としえちゃんは、「どの子が?ああわかった。けんちゃんでしょ。おかあさ−ん、けんちゃんがね。キミちゃんをぶったんだって」といったけれど、ぼくは、ちゃんとききとらなくちゃだめじゃないかなっとおもいました。(評:人の話は、早とちりしない様しっかりと終わりまできくことが大切だものね。)

邱さん(あてゆ/小5)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 僕はドッキとして、まるでたましいをぬかれたみたいに動かなくなりました。  評:暴走族の人をなめたらいかんぜよ…というところでしょうか。この表現、実に見事に気持ちを合わせました。◎

ミッキーさん(けく/小5)の作文より(かつみ先生/3.3週)

 デブちゃんは、えんぎのとくいな金魚だったのです。   評:おもしろいおもしろい。うちには、演技の得意な子どもがいます。寝たふり、知らんふり、聞こえないふり、何でもござれですよ。(笑)

こずっちさん(さへ/小5)の作文より(ゆり先生/3.3週)

 わたしは、はっきり言ったり、どっちへいけばいいかわからないときしつもんしたりできるけど、それは、みんなと同じ地方にいるからです。いなかからきた子になってみないと、その子の気持ちというのは、わからないものです。評:「自分だったらこうする」と思うだけでなく、なぜキミちゃんはできなかったのかをしっかり考えられたね。

トカゲさん(せふ/小5)の作文より(とこのん先生/3.2週)

 「グーグーハッ!何時だ〜?」 評:寝坊して飛び起きたものの、まだ半分ねぼけてるんだね。かぎかっこを効果的に使っています。

柳沢さん(なお/小5)の作文より(スズラン先生/3.2週)

 給食が大好きな佐野君と山本君が、「オレ、給食がないといきていけない」と、がっかりして言いました。評:給食を楽しみにしているお友達のようすがわかりますね。

たかどんさん(ふさ/小5)の作文より(洋子先生/3.3週)

 正しいことをやっていれば、うそは、つかないとおもいます。もしも嘘をついて、それをずっと黙っていたらぼくのこころのなかは、気持ちわるくなると思います。(評:ほんとだね。本当のことをいってあやまって、すっきりした気持ちのほうがずっといいものね!君の正直な気持ちがよくでていたよ。)

マサさん(あうて/小6)の作文より(とこのん先生/3.3週)

 今日こそはと思ってのぞみました。 評:前の試合の調子の悪さを挽回しようというやる気が伝わってきます

サイコロさん(あつと/中1)の作文より(まや先生/3.3週)

 昔、アメリカではトマトは生で食べると死ぬと言われていたので、みんなはトマトをにたり、焼いたりして食べていた。しかし、ある人が、トマトを生で食べられることに気づいて…(略)…仕方なく、食べるように進めた人が大勢の前で生のトマトを食べて、生のトマトが安全であることを証明して始めて、生のトマトを普通に食べるようになったのだ。(評:『月が出来た原因』の感想文で、古い考えにとらわれないことの例です。物知りですね〜!)

飯野さん(てる/中1)の作文より(みち先生/3.2週)

 ぼくもいままで生きてきた人生の中でたった一度だけみんなに認められた「創作体験」があるのだ。評:感動したことが自分を新たにつくりかえていくんだね。

マイメロさん(ああろ/中3)の作文より(ミルクティ先生/3.3週)

 私は、私的な理由や、自分勝手なことで、ペットの心を傷つけてほしくないと思います。ペットといっしょに喜んだり、笑ったり、泣いたりしてほしいです。<評>ブームが過ぎて飽きると犬や猫を捨てる輩(やから)に聞かせてやりたいね。

片山さん(あうわ/高1)の作文より(まや先生/3.1週)

 動物達はどんどん知恵をつけていたずらをしているが、事の源は人が動物の生活圏を無くしてしまった事にある。日光の猿達は日光を観光地として改善する事で住家をこわされ、人里に下りて悪さをしながら生活している。(略)大切なのは相手を理解する事と、自分だけの視野でいるのでなく、違った視点で考えてみることである。(評:広いアンテナを張り巡らせてキャッチした情報が生きています。意見に深みがあるね。)

さやかさん(あおべ/高1)の作文より(みち先生/3.3週)

 「終わり良ければすべて良し」というように、中身の人間的なものなどは誰からも問われないかもしれない。また、「人間というものは、結果から事のよしあしを判断する」と言う言葉もある。しかし、私達が結果をだすには、「かん」「ひらめき」などが必要である。評:名言に対する意見が書けたのは、本文を良く理解できたことがわかります。これからの科学は、人間味を持たなければならないということですね。