Kotobanomori No.676

言葉の森新聞

■2000年8月3週号■

文責:中根 克明(森川 林)

   ■連絡

  9月からファクス受信を廃止(再掲)

   作文の送信は、郵送かインターネットで

 言葉の森新聞8.2週号にも書きましたが、再度のご連絡です。

 ファクスの利用が最近増えていますが、それに伴い、作文が切れて送信されたりほかの通常の電話に送信されたりというトラブルも増えてきました。(しかも自動送信機能を使っているために何十回も誤着信するというケースもあります)。

 現在のファクスの普及スピードを考えると、今後通常の業務に支障が出ることが予想されるようになりました。このため9月からファクスによる作文の受信は廃止いたします。

 作文が先生の手元に届くスピードに関して言えば、インターネット送信(0日)、郵送(1日または2日後)、ファクス送信(1日または2日後)となっています。教室でファクス受信した作文は翌日の午前中、先生あてに郵送されるようになっていますので、生徒から先生に直接郵送したものと時間の差はありません。

 これまでファクス送信を利用されていた方は、9月から郵送またはインターネット送信をご利用くださるようお願い申し上げます。

   ■連絡

  9月からオンライン作文はプリント返却(再掲)

   先生からの手書きの返送はなしに(郵送のものはこれまでどおり先生から返却)

 9月から、インターネットで送信された作文の添削については、先生がオンライン上で添削したものを言葉の森事務局でプリントして生徒に返却するようになります。このため、返却される作文に、これまでのような先生の手書きのひとことは入らなくなりますので、ご了承ください。

 プリント返却をすることによって、現在、事務局>先生間で行われている郵便利用の一部が省略されますので、作品返却のスピードは、現在よりも若干アップするケースが多くなると思います。

   ■連絡

  一部に郵便の未着事故

   送信した作文が届かないケース、返信した作文が届かないケースがありました

 7月に、生徒から送られた作文が先生のもとに届かないという事故と、先生からの返却作文が生徒のもとに届かないという事故がそれぞれ複数件ありました。このうち、1件はかなり遅れて届き解決しましたが、いまだに行方不明のものが何件かあります。

 現在、郵便局に調査を依頼中ですが、人間が配達していることですから、誤配などの事故はあり得ると思います。これまでこういう事故は年に1件あるかないかという程度だったのですが、今回はやや多いようです。

 傑作を郵送する場合は、コピーなどで控えを取っておくといいかもしれません。

   ■ウェブ

  言葉の森のホームページにチョウ

    クリックするとイベントが

 言葉の森のホームページにチョウが飛んでいます。

 このチョウがとまったときにつかまえると(つまりクリックすると)、もっとたくさんチョウが飛んでいる場所を教えてくれます。その場所に行ってたくさんいるチョウのどれでもいいから一匹をつかまえると……。

   ■ウェブ

  アラームとタイマーができました

    作文時間の計測にどうぞ

 言葉の森のホームページに時計のコーナーができました。ここをクリックするとアラームとタイマーが出てきます。

 タイマーは、高学年の生徒が作文を書くときの時間計測に使えます。アラームは、先生が生徒に電話をする際の時刻表示に使えます。

 いずれも自宅のパソコンにも保存できるように、圧縮ファイルでダウンロードできるようにしました。ご自由にお使いください。(圧縮ファイルの中身はHTMLファイルとWAVファイルだけですのでウィルスなどの心配はありません)

   ■教育

  集中して勉強する習慣作り

    学年別、集中力のポイント

 集中力がある子は、密度の濃い勉強をしています。

 集中力を育てるにはどうしたらいいのでしょうか。

   (1)幼児期

 子供はだれでもマイペースです。自分に興味のあることがあればずっとそれに集中しています。幼児期の子供の行動には目的という観念はきわめて希薄で、そのこと自体のおもしろさが行動の基準になっています。例えば、幼稚園ぐらいの子で、お母さんのお茶碗洗いを手伝っているうちに、水道の水の流れを見ているのが面白くなり、最初のお茶碗洗いという目的を忘れて、いつまでも水を流して遊んでしまう、というようなケースです。

 こういう行動を見ていると、目的の世界で生きている大人はつい、「何やってるの。早くしなさい」と言ってしまいます。これが大人の欠点です(笑)。幼児期は、子供の興味のままに生きることを優先させる時期です。ですから、例えば子供が何かに夢中になって遊んでいるときは、たとえ食事の時間が来ても、「ごはんですよ」などという言葉かけでその遊びを中断させないで、子供が自然におなかがすいたことに気がついて「ごはんは?」と言うまで黙ってじっと待っているというような配慮も必要です。しかし、なかなかいつもこういうわけにはいきませんから、せめて、子供が夢中で遊んでいるときは、そっと「ごはんができているから、その遊びが一段落したら食べにいらっしゃいい」と子供が自分で遊びを切り上げるまで待っていてあげるというような配慮をしていく必要があります。

 大人は忙しくなると、大人の生活時間のペースにあてはめて子供の生活を切り貼りしてしまいがちですが、子供の生活のペースをできるだけ尊重していくというのが、集中力を育てる第一歩です。

 ただし、こういう育て方をしていると、子供が小学校にあがってしばらくは学校のみんなのペースに合わないという状態になることもあります。しかし、これは高学年になるころには自然に自分で調整できるようになってくるようです。

   (2)小学生時代

 小学1〜4年生のころは、子供が親の言うことをよく聞く時期です。5年生のころになると、自分の意見を主張して、親の言いなりになることを拒否する力も出てきますが、それまでは親の意見にはほぼ素直に従います。

 ですから逆にこの時期は、親が子供の立場を考えて接する必要があります。

 よく多くのお母さんがやってしまうことですが、例えば、子供に算数の勉強をさせるとします。「2ページやろうね」と言って始めたところ、問題がやさしかったのかすぐに終わってしまった。まだ予定の時間の3分の1しかたっていない。こういうとき、ぐっとこらえて「あらあ、ずいぶん早く終わったのね。えらい、えらい。じゃあ、あとは自由に遊びなさい」と言える親は多くありません。たいていのお母さんは「早く終わりすぎたから、じゃ、あと1ページ追加ね」というような対応をしてしまいます。子供が小学校低学年のときは、気軽にこういうことが言えるのです。これが高学年になると、理不尽な話に対しては子供から必ず反発が返ってきます。

 しかし、このように子供がまだ反発する力を持っていないときに親の権威で言うことを聞かせてしまうと、子供はさぼるとか手を抜くというかたちでその状況に自分を適応させていきます。これが集中力をなくすいちばん大きな原因になっています。

 小学校低中学年での勉強の中身は、たかが知れています。この時期にわずかの時間の無駄を惜しんで、子供の集中力や自発性を阻害してしまわないように注意したいものです。

   (3)中学生高校生時代

 小学生時代が時間よりも密度で考える時代だとしたら、中学生高校生のころは逆に密度よりも時間が相対的に重要になってくる時期です。もちろん密度の濃い勉強をすることは依然として重要ですが、中学生になればだれでも勉強するときには集中して取り組むものです。何が差になるかというと、やはりかけた時間が大きな差になってきます。言い方を換えれば、かけた時間に比例して密度が濃くなっていくと言えるでしょう。

 この時期に「予定のページ数の勉強が終わったから、あとは遊ぼう」などと言っている人は集中して勉強しているとは言えません。自分で自分にノルマを決めて、更にそのノルマから5分でも10分でもよけいに進もうという姿勢が集中力を育てていきます。

 よくスポーツを熱心にしている子は、受験時などに集中力を発揮すると言われています。これも、自分の限界までがんばるというがんばり方を知っているので、勉強をするときも同じような姿勢になることができるからです。

 スポーツに打ち込む利点は、何かを身につけるためには過負荷をかけることも必要だということを理解できるようになる点にあります。

 もし塾の先生が「倒れて立てなくなるまで勉強しろ。そういう猛勉強で力がつくんだ」と言って朝から晩まで子供に勉強をさせたとしたら、親は「まあ、ひどい。やりすぎよ」と思うでしょう。「そんなに勉強させたら、子供がゆがんでしまうのでは」とも思うでしょう。しかし、スポーツのコーチが「倒れて立てなくなるまで練習しろ。そういう猛練習で力がつくんだ」と言って朝から晩まで練習をさせたとしても、あまり違和感はありません。

 中学生高校生時代に集中力を育てるためには、楽をしてうまくやろうと思わないことです。自分の決めた目標で、ある程度の無理をすることが必要です。

 

  ■光る表現(小1−小4) 2000年8月3週号

●わかさん(あにほ/小3)の作文より(けいこ先生/8.1週)

 私の母は、手が小さいです。だからいつもおにぎりをうまく作れません。……たまに手で、『オッケー』をした時、手でオーを作った大きさぐらいの丸いおにぎりも、作ります。 評:とても小さなおにぎりだね。一口サイズだから、たくさん食べられそう。大きさのせつめいが、とても分かりやすい。

●ブラッキさん(あはな/小3)の作文より(はるな先生/7.3週)

 きょう朝、6時55分におきました。なぜかというと、今日、西永福公園にサマーパーテイのまちあわせをしているからです。(中略)「さあ、行こう。」元気な声でぼくがいいました。・・・・・けっこう楽しかったです。ぼくは、何回もやりました。くたくたになってかえりました。夜、せんとうに行きました。つかれて、「はあー」というぐあいにぐったりしました。(講評);その日はずいぶん朝早くにおきたものですね。サマーパーテイの楽しい行事参加のために、すごく、はりきっているようすが、短い会話の中に、たいへんじょうずにこめられました。 おもいっきり体を動かし、快い汗をかいて、疲れ切った有様がむすびに、歯切れよくあらわせました。

●一休さんさん(わら/小3)の作文より(けいこ先生/8.1週)

 今日の実はやわらかったらしいです。これだけ固かったのに、まだやわらかったなんて信じられませんでした。僕にはまだかまぼこ鉄人はまだむりだなあと思いました。(中略)最後に手をかんでみると魚のにおいがしました。この時だけ魚に負けました。いつもたべてかつのに!! 評:かまぼことちくわ作りの話し。自分で作ってみて初めてわかることもたくさんあるね。その経験を、ユーモアたっぷりに表現できたね。

●ニルスさん(あそな/小4)の作文より(さかな先生/7.3週)

 ぼくは、この長文をよんでみのさんはむかしながらの人だと思います。それにぼくがみのさんだったら、みんなについていきたいからランプのしごとをやめて、電灯のしごとを始めます。ぼくは、この長文をよんで「らくあればくあり」と思いました。★評:自分のやり方にこだわる生き方もあれば、時代の流れについて行く生き方もある。いろんな生き方を認める俊太郎君のやさしい気持ちが表れているね。

●直人さん(あゆる/小4)の作文より(はるな先生/7.4週)

 ・・・・・どうしてかというと、まちがっていたということは、そのとき巳の助さんは、れいせいにかんがえていたとなので、そうだと思いました。(中略)ぼくが巳の助さんだったら、むりにでも火をつけて、けいさつにつかまり、死刑にされていると思います。けれども、巳の助さんは、自分のまちがいにきづいて、やめたところがりっぱだと思いました。 (講評);あなたが、主人公の気持ちになって、いろいろ、考えをめぐらしながら、感想をのべたところが、たいへんよかったです。母屋に火をつけることを、思いとどまった巳の助さんの潔さ(いさぎよさ)には、読んでいて本当に、尊敬の念を抱きますよね。

●RAZORさん(あると/小4)の作文より(けいこ先生/8.1週)

 トンボの名前は、イトトンボでした。青くてとてもきれいで、糸のようにほそく、羽が細長いトンボです。虫かごにいれておいても、すぐに出てしまいます。(ホントの話) 評:湯河原で見た、トンボの羽化の話し。イトトンボの特ちょうを、ていねいに説明できた。「虫かごに……」で、その細さがよく分かるね。

●穂香さん(すよ/小4)の作文より(きょうこ先生/8.2週)

 「泊りに行った事は、何回もあるけどそのほとんどが0歳からの友達の綿貫ま衣子ちゃん家です。すごく気が合って、毎日のように遊んでいました。だから、泊る事も多いのです。」なるほど☆ まい子ちゃんのお家にたくさん泊りにいっているという理由がバッチリ分かるね。0歳からのお友達って、すごいなぁ☆

 

  ■光る表現(小5−小6) 2000年8月3週号

●まささん(あうこ/小5)の作文より(ゆり先生/7.3週)

 (略)こうして、みんなできょう力して、それぞれのはんのいかだができあがった。そしていよいよいかだで海にのりだした。(評)初めての体験でちょっとむつかしかったいかだ作り。やっとできあがってそのいかだに乗って「海にのりだす」ワクワクした気持ちがよく表れています。

●ザッカルさん(あおぬ/小5)の作文より(きょうこ先生/8.1週)

 「そして、次の日またプールにはいったら、みぎあしのこゆびをきってしまった。だから、そのプールの名前は、呪いのプールとつけた。」あららら、痛〜い思い出に、怖〜い思い出がかさなってこんな名前が浮かんできてしまったのね..。思わず、「うまいネーミングだ!」とさけんでしまったけれど、次回行った時にはぜひ「恵みのプール」とかに変わるような楽しい思い出ができるといいね。

●テリーさん(あたや/小5)の作文より(けいこ先生/8.1週)

 全神経が「ぷつん」ときれた感じがしました。 評:指をドアにはさんだ時のこと。その瞬間が「ぷつん」という表現に凝縮されているね。

●むむらさん(あめお/小5)の作文より(けいこ先生/8.1週)

 痛かった事といっても色々あると思う。殴られて痛かったり、ひどい事を言われて心がズキッときたり、ゲームでミスをして痛かった事もあったと思う。 評:「痛み」のいろいろな考察。「痛み」というテーマを、このように広げて考えて組み立てていくことが、内容の深い作文を書くために必要なんだね。 

●Wさん(あゆな/小5)の作文より(ももんが先生/7.3週)

 次は、マイナス200℃の世界だ。手を入れると何か不思議な感じがして、気持ちいいところだ。それに息をふきかけると、ボワッと白いけむりのような冷たいものがふきでてくる。物を凍らせるときにゴムボールをつけたら、たまたまくぼんでしまってそのまま凍ってしまった。と、こういうところだ。【評:マイナス200℃という、不思議な世界を体験したWさん。自分の五感を思いっきり使って、どんな世界なのかしっかり観察できたね。手を入れたときや息を吹きかけたときに、見たことや感じたことも、たとえを使って上手に表現できています。】

●ヒトミンさん(あよは/小5)の作文より(さかな先生/7.2週)

 「だから、人によってその部分(日本の絵画の余白)をどうとるか。どう考えるかは自由なのだ。つまり、自分の心の中で絵を作り上げられるのであって、ただ絵を見るより面白いと思う。」★評:なるほど。日本画が面白さを上手く言い表したね。

●くすおさん(ありみ/小5)の作文より(スピカ先生/7.3週)

 (「夏の予定」という作文で、たくさんの夏休みの計画を書いた後)でも夏休みはいっぱいいっぱいあるのでそんなにあわてなくてもいいと思います。 評:はやる気持ちを自分でおさえるような感じ(^o^)。ユーモアも感じます。長い夏休み、いろんなことを体験するチャンスです。元気で楽しく過ごしてね。

●丈史さん(すふ/小5)の作文より(あかね先生/8.1週)

 僕は、二,三歳のときエレベータに指がはさまたことです。そのとき、消防車が3だいもきてくれました。ぼくのためにきたのです。(評)どんなに「すごい事件」であったか言葉であらわすより、「消防車が3だい」というほうが、すごくせっとくりょくがあるね。

●SIGNALさん(あつえ/小6)の作文より(かつみ先生/7.3週)

 ナイスな机君はほめられる。「机きれいにかたづいているね。」ナイスな机君はえへへと照れるが、いつもこうならいいのになあとも思っている。   評:詩的なリズムの中に会話文あり、ポイントありで、うまく表現しているね。

●ティディーカさん(あみせ/小6)の作文より(洋子先生/7.3週)

 「怠け者の節供働き」ということわざがあるように、ひとがくるときだけかたづけるのはなく、ひとが来ないときにも整理整頓をすることが大切だ。評:よくわかっているのですが、「言うは易く行うは難し」の諺のごとくなかなか実行が難しいのですよね。

●朝美さん(あやめ/小6)の作文より(さかな先生/8.1週)

 「かぞくというのはにんげんにとってかけがい(かけがえ)のない者であると思う、南北戦争で離れ離れになった人の事を思うと胸がいたんでしまう。早く、家族と会えることを願っているしかない。かぞくがいることをとてもよろこばなくてはいけないとおもった。」★評:家族の大切さを思う気持ちを感動的に表現したね。不幸にして家族と離れ離れになっている国の人を思いやるムーミンさん。やさしい気持ちがあふれていたね。

●キティさん(さあ/小6)の作文より(ゆり先生/7.3週)

 部屋の片づけは人間にとって苦痛ではあるが、人生のしれんである。(評)少し大げさなことを”●一般化の主題”の言い方で、スパッと言い切ったところがとってもおもしろい! キティさんのユーモアも感じますよ。

●ルパンさん(つろ/小6)の作文より(けいこ先生/7.3週)

 (家庭訪問を前にして、母があわてて部屋の荷物を机の中に入れたようだ。)そうとうあせっていたみたいだ。それでも母は、おちつきはらってコーヒーなど飲んでいる。よほど自信があったのだろう。私は、「そのままにしといてもいいのに。」と思いながら、おかしくなってしまった。 評:家庭訪問を前にしての話し。コーヒーを飲んでいるお母さんの描写がおもしろい。「ん、これで完璧!」というつぶやきが聞こえてきそう。お母さんも弟が引き出しを開けるなんて思ってもいなかったんだろうなぁ。結局、学校の先生にはばれてしまったんだね。

●たぬきさん(のと/小6)の作文より(ゆり先生/8.1週)

 けんかがあると家の中がうるさくカラオケBOXになる。一番の迷惑は、近所迷惑だ。(評)前に家族でカラオケBOXに行ったときの話を受けて、こういうたとえを使ったところがおもしろいね。

 

  ■光る表現(中1−中2) 2000年8月3週号

●SAPPHIREさん(ああす/中1)の作文より(ミルクティ先生/7.3週)

 私は、落差があっても、お互いに理解しあって暮らすのが親子関係としてよいと思う。(略)第二の理由は、現代社会が私たちの時代だからだ。例えば、CDプレーヤーは、昔はレコードであった。どこかで読んでおもしろかった話があった。それは、ある中学生の子のお父さんは、サザンのCDを聴き、そのCDを裏返しにして聴こうとしたそうだ。昔はB面もあったらしく、その人はうっかりして裏にしたそうだ。私はそれを読んで時代には逆らえないなと思った。<評>親子の間に存在する世代の違いは、避けられないものだね。でも、だからと言って、お互いを否定するのではなく理解し合おうという態度が大切だね。CDの話も、うまい実例。(^◇^)

●スライムさん(あめひ/中1)の作文より(メグ先生/8.1週)

  命のない物から作ったものなんかにはあたたかみはあるはずはない。しかし、自然的な物は命のある物から作ったから、あたたかみがある。評:人が自然とふれ合っていたいと思うのは、こんなあたたかみを求めるからかもしれませんね。

●はるるさん(くあ/中1)の作文より(みち先生/7.1週)

 やはり普通の人は、テストがあると良い点を取りたいと思うだろう。そうすればいくら勉強をやるのが嫌でも、しょうがないから、仕方が無いからと嫌嫌ながらもやるからだ。そこを現代の大人達は狙っているのだろうか。(中略)しかし、果たして点数だけで人の価値を決めて良いのだろうか。評:書くことで段々考えが深まり独自の考えを書いています。「自ら考える」を感じられる表現です。

●太一さん(あうけ/中2)の作文より(ミルクティ先生/7.3週)

 しかし、そういうことをして、「体のバリアフリー」を実現させたとしても、そのまま必然的に「こころのバリアフリー」につながるかといえば、そんなことはないと思う。前のように、障害者の邪魔になるものをとことんなくしては、体はバリアフリーになるかもしれないが、逆に、みんなから離されている、という印象を持ってしまう障害者だって多いはずだ。障害者だって、体は健常者と同じではないかもしれないが、心は同じなのだ。だから、障害者だって安全ばかりの生活を営むより、面白さのある生活を営みたいと思う。そして自分から自分の意思で苦境に直面して何とかそれを達成した充実感だって味わって見たいはずだ。だから、僕たちは障害者をみてもすぐに助けてばかりいないで、障害者から助けて欲しいという合図を受け取るまでは普通の人として受けとめてあげればいいとおもう。<評>障害者に対する思いやりのつもりが、かえって、特別扱いになり障害者の気持ちを汲んでいないということは、確かにありそうだね。「体のバリアフリー」「こころのバリアフリー」という言葉が印象的でした。

●サイコロさん(あつと/中2)の作文より(洋子先生/7.4週)

 「五体不満足」の作者乙竹さんは、「障害者は不便であるが、不幸ではない」とこの本に書いている。「短所をなくすいちばんよい方法は、今ある長所を伸ばすことである」とも言うように、障害者が自分の障害を「不幸だ、不幸だ」と嘆くより、自分の今できることを精一杯やったほうが自分のためにもなるのだ。障害者をいたわることは必要だ。だが時には、厳しくして障害者を「かわいそう」とみる健常者の「心の壁」を取り去り自分の力でやり遂げさせることも大事だ。評:本当にそうだね。環境を整えてもらいたいと同時に、「こころのバリアフリ−」こそが彼らのいちばん願っていることなのだよね。そのことに私たちは、鈍感だったということを反省したいものだね。君の文を読んで、なにかのインタビュ−に彼が、「これからは、障害を離れて障害者にはできないとされてきたことをやっていきたい。逆に言えば、障害にふたをしたら自分になにが残るか。それをつくっていくことになる。」と答えていたのがおもいだされたよ。

●金剛くんさん(あゆわ/中2)の作文より(メグ先生/8.2週)

  他人つまり人間の作り出した情報は完全には自分のものにならないのである。時間をかけて自分で答えを出したときはそのほとんどが身につくのである。評:苦労しながらも自力で答えを導き出した問題は、解き方を忘れないものですよね。

●青ちゃんさん(ひえ/中2)の作文より(ふじのみや先生/7.3週)

 自分一人では不自由なことを一人でやることはとてもつらい。それをだれかに手伝ってもらうことはとても嬉しいものだ。しかし、自分だけ特別で、自分だけみんなと違う、ということがまわりの人が世話をやけばやくほど思い知らされる。 評:障害のある人の心情をじっくり想像して書いていますね。「(障害があるから)こうすれば楽だろう」と、単純に決め込まれることは結構辛いことなのかもしれない。

 

  ■光る表現(中3−社) 2000年8月3週号

●幸子さん(あさも/中3)の作文より(スピカ先生/8.1週)

 確かに自然を手なずけることも制御する事も大切だが、自然の恐さを考えて生きていくことも大切だ。「寒さに震えたものほど、太陽の暖かさを感じる」というが、自然の恐さを知っているものほど、自然の利用の仕方も分かるのであり、自然の恩恵も分かるのである。 評:作文の結びとして、名言をうまく使って、無理なく美しくまとめられました。

●たこ星人さん(こむ/中3)の作文より(きょうこ先生/8.2週)

 「何か美術的な作品を作る時に、初心者達は「どんな物を作ろうかな〜。」と考え、「よし!これにしよう!」と決めた後、材料集めに出る。しかし、プロの人は、そとをブラブラして、適当に材料となりそうな面白いものを拾ってきた後にそれを使った作品を考える。」長文と似たお話としてぴったりの例だね☆ 「技術からの発想」と「資源からの発想」の様子がそれぞれ目に浮かんでくるようで、その違いがばっちりよく分かるね「何か美術的な作品を作る時に、初心者達は「どんな物を作ろうかな〜。」と考え、「よし!これにしよう!」と決めた後、材料集めに出る。しかし、プロの人は、そとをブラブラして、適当に材料となりそうな面白いものを拾ってきた後にそれを使った作品を考える。」長文と似たお話としてぴったりの例だね☆ 「技術からの発想」と「資源からの発想」の様子がそれぞれ目に浮かんでくるようで、その違いがばっちりよく分かるね「何か美術的な作品を作る時に、初心者達は「どんな物を作ろうかな〜。」と考え、「よし!これにしよう!」と決めた後、材料集めに出る。しかし、プロの人は、そとをブラブラして、適当に材料となりそうな面白いものを拾ってきた後にそれを使った作品を考える。」長文と似たお話としてぴったりの例だね☆ 「技術からの発想」と「資源からの発想」の様子がそれぞれ目に浮かんでくるようで、その違いがばっちりよく分かるね

●Lisaさん(あいす/高1)の作文より(スピカ先生/8.1週)

 確かに、相手を否定する事により、自分が活気だつ。先ほどの球技大会の例にしろ、やじをとばすことにより一体感を味わえたり、皆の気持ちが一つになることによって、満足感が味わえたりする。また、他国の欠点を並べる事により、自国を活気だたせている政治家もいるはずだ。しかし、これはフェアではない。スポーツにしろ、政治にしろ基本原則は平等であるということだ。平等という大きな柱の下に、スポーツがあり、政治があり、国があり、そして国民がいる。本来の目的を失ってまで活気だたせるということは、傍目からみれば醜いことだ。平等という基本原則を忘れなければ、相手をけなすことにより、自分を肯定するという考えはなくなっていくだろう。 評:よくまとまった結び。フェアで平等な精神を謳いあげています。

●Folderさん(あすの/高1)の作文より(森川林先生/7.3週)

 アニメは、「悪いことはいけない、いじめてはいけない。」というような単純なメッセージを子どもに伝えられれば、その役目は果たせていると私は思う。「親の心子知らず」ということわざがあるが私に言わせれば「子の心親知らず」である。評:ことわざをうまく加工したね。

●太公望さん(うの/高1)の作文より(けいこ先生/8.2週)

 お互いの国が交流を積極的に図ることが大切であると思う。実際に現地に行ってみないと現実というものが分からないし現地の人の考えも聞けない。大事なのは、相手の考えを理解し尊重することだと思う。 評:個々の人間においても、国においても、自分の価値観だけで判断すると、誤った方向に進みかねないね。(それが善意からのものであっても)相互理解の大切さをストレートに主張できた。

●武照さん(あよ/高3)の作文より(森川林先生/8.1週)

 無償社会の芽が、社会主義と同じ道を辿るか、資本主義原理に摘み取られるか、或いは大きく開花するか、それは我々の育て方次第であると言える。評:結びのひとことも切れ味がいいね。無償社会の芽が、社会主義と同じ道を辿るか、資本主義原理に摘み取られるか、或いは大きく開花するか、それは我々の育て方次第であると言える。評:結びのひとことも切れ味がいいね。

 

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