KotobanomoriNo.704

言葉の森新聞

2001年3月3週号

文責 中根克明(森川林)

  3月20日(火)3.3週は休み宿題

 3月20日(火)の3.3週の課題は、休み宿題となります。

 担当の先生からの電話はありません。教室もありません。課題集・解説集・ホームページのほかの人の作文などを見て、自宅で宿題として書いておいてください。

 先生の説明を聞いてから書きたいという人は、別の日の午後4時〜午後8時の間に教室にお電話をして聞いてください。

  読書の進め方

 幼稚園のころの読書は、絵本やマンガも入ります。また、実際に活字を読む以外に読み聞かせをしてもらったり、大人と対話をしたりすることも読書と同じ効果を持ちます。幼稚園時代には、どの子もお母さんやお父さんに本を読んでもらうことが好きです。これは本そのものの楽しさ以外に、親子のスキンシップの楽しさというものもあるからです。しかし、同時に、このころは、父親も母親も仕事や家事が忙しくなる時期ですから、毎日の読み聞かせを続けるのは親にとってはかなり苦痛です。どんな困難があっても、子供に対しては笑顔で読み聞かせを続けるというのは、ほとんど自分自身との戦いとも言えるほどです。この時期の育て方が、その後かなり長期にわたってその子の成長に影響していきます。子供の親に対する要求は通常かなり高いものです。親は、「もう15分も読んだから、たくさん読んだだろう」と解釈しますが、子供は「まだ15分しか読んでいない。もっと飽きるほどたっぷりと読んでほしい」と思っているものです。子供の要求に付き合うのは大変ですが、その大変さを支えるものは、父親と母親の仲のよさです。その意味で、父親が単身赴任の間に母親がひとりで子供を育てるということは、想像以上の忍耐力を必要とすることだと思います。

 小学生のころになると、子供は次第に自分で本を読めるようになってきますが、ここで「もう小学生だから、親の読み聞かせはしない」と決めてしまうと、子供の読書に対する関心は低下していきます。どの子も小学校中学年までは、親とのスキンシップを求めています。親が、子供に読んでほしい本を選びながら読み聞かせをしていくと、子供の読書の幅もそれにつれて広がっていきます。子供の好きな本を自分で読むだけにまかせてしまうと、いつまでも絵本やマンガなみの易しい本の世界から抜け出せないという状況が生まれてきます。小学校中学年は、読書力が伸びる時期ですので、この時期に毎日本を読むという習慣をつけて速読力を養っておくと、その語の読書生活の基盤ができます。

 小学校中学年のころまでの読書環境は、日本ではとても恵まれています。書店でも図書館でも、子供が興味や関心を持ちやすい良書が多数置かれています。ですから、この時期は「どの本がよいか」というよりも、何しろ何でもいいから「毎日本を読む時間を作る」ということが読書指導の中心になります。どの本を選んでよいかわからないときは、書店で「フォア文庫」や「青い鳥文庫」の棚に行き、本の奥付けを見て発行年数が古く発行回数も多いものを選べばまず例外なく子供が喜んで読む本が見つけられます。子供自身に選ばせると、表紙の絵やタイトルで選びますから、親が本の奥付けや中身を見て選んであげることが必要です。

 また、読書力のある子に共通する体験として、小学校低中学年のある時期に、あるひとつの本をなめるほど繰り返し読んだことがあるということがあります。そういうなめるほど読む一冊の本を持っている子は、新品の本を何十冊読む子よりも読む力がつきます。今は、本がたくさん手に入る時期ですが、子供が興味を持って読んでいる本があったら、親は、「その本、もう一度読んでみたら」と声をかけてみるといいと思います。場合によっては、3回も4回も繰り返し読むことをすすめてもいいと思います。子供によっては、本は一度読んだらもう読まないものだと思っている子もいるようです。

 書店で人気のある本には、物語文の本が多いものですが、考える力を育てるためには説明文の読書も必要です。「世界ふしぎめぐり2年生」などの本は、短い文章の中に、理由、原因、方法などの科学的な考え方のエッセンスがつまっています。「川は生きている」という本は文字もかなり大きく一見すると小学校低学年向きの本のように思いますが、書かれている内容は実はかなり高度なものです。ここにも、理由、原因、背景、対策などものごとを科学的に考えるエッセンスがぎっしりつまっています。この本の内容は、確か東大などの大学入試問題に出されたことがあると思います。説明文の良書は、書店にはあまり置いてないので、小学校低中学年向きの説明文の良書をさがすためには、図書館に行かなければなりません。図書館にあるノンフィクションのコーナーには、書店には絶対にと言っていいほど置いていない(あまり売れないから)優れた説明文の本が多数あります。小学校中高学年になると、電車や車や牛乳ビンのふた(笑)など特別のものに強い興味を持つようになります。この時期にその子の興味に合った説明文の図書を見つけることができると、読書の力がぐんとつきます。

 読書選びと関連しますが、勉強の習慣づけは家庭で行なうことが基本です。学校も塾も、家庭での教育力を上回るものではありません。小学校低中学年のころの、学校に任せていても何とかみんなと一緒にやっていけるという時期のうちから、家庭で独自に勉強の習慣をつけるようにしていくことが大切です。

 家庭学習ための本ということで、言葉の森新聞でも前に少し紹介しましたが、「見える学力、見えない学力」(岸本裕史・大月国民文庫)は、おすすめです。かなり前に出版された本でとてもいい本でしたが、しばらく品切れになっていました。先日たまたま書店の棚にあるのを見かけましたから、また出版されたのだと思います。

 小学校時代の勉強の中心は読書です。逆に言うと、読書を勉強の中に位置づけて家庭学習を進めていくことが小学校時代は重要です。

 中学受験をする時期に勉強が忙しくなり読書から遠ざかるということはありがちです。学区の公立中学が荒れていて子供を通わせるのがためらわれ、しかも学区選択の自由がないとなると、どうしても私立中学を受験せざるとえなくなります。これは公立中学の問題というよりも、教育システムの問題です。学区選択や学校選択が自由化され、公立中学に競争原理が導入されないかぎりこの傾向は止まりません。

 問題は、中学生になると、どの子もますます本から遠ざかるようになる傾向があるということです。この時期に読書をさせるには、読書というものに対する大人のしっかりした位置づけが必要です。「本でも読んだら」という程度のアドバイスでは決して読書をするようにはなりません。「この本を宿題として読みなさい」と言わなければほとんどの中学生はややこしい読書をみずからしようとはしないでしょう。

 また、この時期は、その年代の子供が喜んで読みしかも力がつくような本がきわめて少ない時期にもあたります。図書館を利用するか、または親自身が読んで興味を持った本をすすめるというような読み方が必要になってきます。1日50ページ以上は必ず本を読み、1週間で必ず1冊は読み終えるというような目標を勉強全体のスケジュールの中に入れて本を読んでいくとよいと思います。

 中学生時代に本を読まなかった子が高校生以降に自然に本を読むようになるということはありません。高校生の時期もやはり読書は独自の課題として進めていかなければなりません。高校生になると、大人と同じレベルの本を読めますから、この時期から古典と言われる本を意識的に優先して読むようにするといいと思います。これは大学生でも同様ですが、だれでも、読みやすそうな入門書やおもしろそうな流行の本を優先して読む傾向があります。しかし、読書をする時間は限られていますから、何よりもまず初めに本物の本を読むということを考えておくといいと思います。

 社会人になると、日々の仕事に追われるようになりますから、古典と言われるような本を読み直す時間はますます限られてきます。中学生も高校生も大学生も社会人もそれぞれそれなりに忙しい事情がありますが、やはりじっくり本を読むことができるのは学生時代です。

 大学入試で小論文を課す大学が引き続き増えていますが、小論文の問題意識として問われているものは現代の社会の問題です。その点で、高校生になれば、書店のビジネス書のコーナーなどにある本もどんどん読めるようにしていくといいと思います。

  GUIの限界とコンピュータ学習の必要性

 マックから始まったGUI(グーイ)の流れは、ウィンドウズに引き継がれ、ここに来てある程度の完成を見ました。(GUI=グラフィカル・ユーザー・インターフェース。文字ではなく画像を利用してビジュアルに操作するわかりやすい操作の仕組み)

 コンピュータという便利な道具も、当初は呪文のようなコマンドを駆使しなければ使えない専門的なものでしたが、マウスで画面をクリックするというような子供にもわかるような感覚的な操作性を取り入れることによって、大衆的に利用できるようなものになりました。

 しかし、GUIに便利な機能を盛り込めば盛り込むほど、コンピュータの演算処理能力は巨大化し、年々スペックを向上させなければならないというジレンマに陥るようになりました。

 しかも、ウィンドウズ2000がいまだにUNIXの持つ安定性を達成していないように、GUIのこれ以上の巨大化はもはや限界に近づきつつあるのではないかという予測がなされつつあります。

 GUIは、コンピュータの「コ」の字も知らないような人にもコンピュータ利用の道を開いたという点では画期的な発想でしたし、その便利さは既に証明済みですから、これからも人間の感覚に更に近づく方向で定着していくと思います。しかし、コンピュータを自分の生活やビジネスにもう一歩オリジナルに使いたいという人にとっては、コンピュータの言語的な部分も学ぶ必要が出てきているように思われます。

 学校教育はもちろんまだこの分野をカバーしていません。しかし、近い将来は、小学校のレベルから中学、高校へと、市民の一般教養の一つとして、コンピュータ教育が体系的になされるようになってくるはずです。このコンピュータの体系的な教育がなされるようになった世代を新教育の世代、それ以前の世代を旧教育の世代と分けるような世代区分が将来生まれてくると思います。

 現在、高校生や大学生の人は、今の学校の勉強だけで精一杯だという気がすると思いますが、できるだけ時間をとってコンピュータの分野を独学しておく必要があります。

  友達からのメッセージ

 ピカチュさん(小5/とや)からのメッセージです。

「もし、めずらしい牛乳キャップがあったらおくってください。

切手代はお礼と一緒にいれておきます。」

 >↑ということですので、めずらしい牛乳キャップをお持ちの方は送ってください。宛先は>言葉の森まで。^_^;

 

  光る表現(小1−社) 2001年3月3週号

●友理子さん(いあし/小1)の作文より(けいこ先生/3.1週)

 (ねこのとらこに)「いいこね。」と、いってからだをなぜてあげたら、とてもきもちよさそうに、おなかをだしていました、でも、だっこをしてあげたら「いやだ。いやだ。」と、いっているようにいやがっていました。とらこのからだは、あったかくてふわふわしていました。 評:ねこのようすをとてもよく見ているね。ねこをにんげんのようにせつめいしたのも、たのしいね。

●航さん(いかほ/小1)の作文より(ポプリ先生/2.1週)

 、みんなに、「かっこよかったよ。」「すごいね!」っていわれました。まるでぼくのことが、うわさになったみたいですね。おどるまえに、すごくきんちょうしていました。おどってさっぱりしました。評:いっしょうけんめいだったようすが、よくわかります。

●智一さん(いくせ/小1)の作文より(けいこ先生/2.3週)

 (しょうぎの)香は、前ならどこまでもやりのようにすすめます。 評:しょうぎのこまの動かし方の説明。「やりのように」のたとえがうまい。

●あやこさん(ありろ/小2)の作文より(洋子先生/3.1週)

 もうれんしゅうをしました。本ばんのときは、一回大きな息をはいて言いました。いいおわったとき、私は、「あぁ−おわった、よかった。」と心の中でそう思いました。それに、お母さんが、おばあちゃん、おねえさんをさそってみにきてくれたので、もっときんちょうしました。やく、三分の二きんちょうしました。評:学習発表会で実行委員にえらばれ、いちばんじゅうような実行委員のことばを初めてやったそうで、偉かったわね(^o^)。本番は、一回おおきく息をはいてやったそうで、なかなかおちついていてびっくりしました。三分の二きんちょうしたとかいてありましたから三分の一は、よゆうがあったということで、とてもおもしろい表現でしたね(@_@)。お母さん、おばあちゃん、お姉さんもきてくださったそうで、うまくできてほんとうによかったです。来年も選ばれるといいですね!

●りゃりゃさん(いいに/小2)の作文より(洋子先生/3.1週)

 そして、オハロックをすることにきまって、練習もいっぱいやってがんばっておぼえました。本番は、すごくきれいにできて、練習してよかったと思ってほっとしました。わたしもきれいにできたと思ったので、六年生もきっとよろこんでくれたと思いました。評: 六年生を送る会で二年生のだしものは、オハロックだったのですね。ふりつけをおぼえるのがなかなかたいへんだったことでしょうね。練習したかいがあってうまくできたようでおめでとう!きっと六年生もよろこんでくれたことでしょう。(^o^)作文のと中であなたの思ったことが上手にはいって書けていました。

●崇さん(いえの/小2)の作文より(洋子先生/3.1週)

 「今、地震がおさまりました。しゃべったり。笑ったり、走ったりしないで、こうどうにあつまりなさい。」といわれているさい中にほかのみんなは、わらいだしていました。わらっていなかったのは、ぼくだけでした。評:学校での地震のための避難訓練(ひなんくんれん)をしたときのことです。校長先生のおはなしになったことをしっかりと思い出して、会話文にいれてかいていたので、そのときの様子がとてもよくつたわってきました。わらわずにしっかり先生のおはなしがきけたのも君だけだったようで、偉かったですね(^o^)。ほんとうの地震だったらもちろんわらったりできませんものね。おともだちたちは、ちょっとしんけんさがたりませんでしたね。

●ピッチーさん(あねあ/小3)の作文より(けいこ先生/3.1週)

 一番のおすすめは、(月)の「サブリナ」です。サブリナは、魔女です。とてもかわいい女の子でハイスクールに通っています。一緒にくらしているのは、二人の叔母さんと猫のセーレムです。二人の叔母さんも、もちろん魔女です。セーレムは、魔女界のおきてをやぶったので、罰のため黒猫にされました。4世紀の間猫でいなくてはなりません。叔母さんたちは、美人ですが600歳以上です。 評:番組の紹介が、上手にできた。おもしろそうね。今度、見てみようかな。

●ルギアさん(あめか/小3)の作文より(森川林先生/3.2週)

 そろばんじゅくのドアを開いてかいだんをおりて、一かいにたどりつこうとしていました。(そこはまっ暗だった)いきなりそろばんの先生が、「う〜、なっちゃ〜ん。」とおどろかしてきました。わたしは「うわーっ!」と本当にとびあがってしまいました。まるでドラえもんののび太くんみたいではずかしかったです。評:愉快な先生だね。なるほど「ドラえもんののび太くんみたい」にね。(笑)

●愛奈さん(いこは/小3)の作文より(ももんが先生/2.3週)

 「ねこって、こんなになきごえが高いんだよね」「でも、子ねこは、声が小さいよ」と言いあいっこをしていると、子ねこがキューキューと音を立てながら、ちちをがんばって飲んでいました。子ねこをさわっているとふわふわしていて、きもちいい感じがしました。【評:鳴き声やふわふわした手ざわりなど、感じたことがていねいに表現できています。かぎかっこの会話もとてもいいですね(^o^)。】

●Yutaさん(あみひ/小4)の作文より(洋子先生/3.1週)

 次の体操クラブのとき、先生がぼくに「手を胸に引きつけてやればきっとできるよ」とアドバイスしてくれました。そして、ぼくは、そうやって練習をしていくことにしました。ある日お友だちいっしょに逆上がりをしていたときです。ぼくは、なんとすごいはやさでくるりとまわってしまったのです。ぼくは、友だちに教えてもらったような気分でした。友だちは、「奥村すげ−」と言ってくれました。ぼくは、すこしてれてしまいました。だけれどすごくうれしくなりました。そして、今では、自分の背とおなじくらいの高さの鉄棒でも逆上がりができるようになりました。評:良き先生のアドバイスを得て練習を重ねていたらなんと軽々とからだがくるりとまわって逆上がりができてしまったのですね。そのときの驚き、うれしさがとても素直によく書けています。

●寛恵さん(いくみ/小4)の作文より(森川林先生/3.1週)

 わたしがさいしょにしゃべったことばは、「パパ」という言葉が最初の言葉だったらしいです。多分私にとって「パパ」という言葉を一番聞いていたのでしょう。そのとき私のお父さんがどんな顔をしていたのかみたいなと思いました。評:お父さん、どんな顔しただろうね。

 

●あんみさん(いけみ/小4)の作文より(ドラえもん先生/3.1週)

 私は、今からを大切に、楽しんで、泣いて笑って生きていこうと思いました。命を大切にしていこうと思いました。【評】前向きな姿勢が光っていますね。どんなことにも負けずに生きていけそうですね。(^o^)

●デジモンさん(てつ/小4)の作文より(ふじのみや先生/2.3週)

 (カだって)ふざけたりしているのじゃなく、次のたまごを生むためにやっているからです。もし自分がカだったら なんでころすねん と思っている所でしょう。 評:大阪のカなら、きっとそう言うやろ(笑)ね。

●クリリンさん(あかの/小5)の作文より(とこのん先生/3.1週)

 2回目、自分でも結構いいせんいってたと思ったら案の定友達も大成功してるよ。と言ってくれたのでとてもうれしかったです。こうしてわたしは側転が出来るようになりました。ついでに倒立ブリッジという難技まで出来てしまいました。とてもハッピーな日でした。評:一生懸命練習して、成功した「側転」。その懸命な練習ぶりと、出来た時の喜びがとてもよく伝わってきます。

●SIGNALさん(あつえ/小6)の作文より(かつみ先生/2.3週)

 小さいころからわたしは、物事を見た目で判断することが多かった。三つ子の魂百までというようにこのくせはなかなかなおらない。   評:きっと大人になってもいけないなあ、と思いつつ見た目で判断してしまうのかな。でも、短所は長所でもあるからね。石橋をたたいてわたっていくこともとても必要だよね。文章の組立てが、とてもうまくできているよ。

●佐保さん(あるま/小6)の作文より(ふじのみや先生/2.2週)

 私は、緑というものを、守れるはんいで守りたいと思う。地球のかけらをこわしてしまう大きな作業にたった一人の私が立ち向かい反対するのはとても無理なことであると思う。だから守れるはんいでいいのだ。そういうこころがけを世界中のだれもが納得してくれるようになってほしい。 評:守れる範囲でよい。残された自然はしっかりとまもらなくてはならない。この気持ちを力強く伝えています。

●チョコさん(いえほ/小6)の作文より(かつみ先生/3.1週)

 人がとてもがんばると、かならず『達成感』があり、そのあと『喜び』とか『幸せ』とかが心にググッと来ると思う。  評:ググッと来る、という表現が雰囲気を出しているね。

●美絵さん(いさほ/小6)の作文より(かつみ先生/2.4週)

 私の通っている学校では、百十八年間、このようなことはありませんでした。   評:百十八年間、というところがびっくりしました。長い歴史をもっているのですね。

●たぬきさん(のと/小6)の作文より(ゆり先生/3.2週)

 。「昔話は人間の古里だ」こういう様子はなんとなくいい??なぜかこういう様子を見ると、あー気楽だなー、あー気持ちーなんて気分だ。<評>昔話を聞いていると、こんな気持ちになるね。「古里だ」と言い切った表現がうまい。

●ナッキーさん(あうく/中1)の作文より(さかな先生/3.1週)

 狂気というものがなければ人間は生きる楽しみを失い、気力もうせ、今のこの便利な世の中は成り立つことはできなかったのではないだろうか。狂気によって自分を見失わず、またその反省をし、冷静を保つことが、私達が生き甲斐を感じて生きていくための第一歩である。★評:狂気を生きるエネルギーに変えることが必要なんだね。狂気との正しい付き合い方が見事に示されています。

●マサさん(あうて/中1)の作文より(ポプリ先生/2.4週)

 新聞は主張していることよりも、余白のほうがおもしろい。そういう意味で私は、新聞を縁日のようなものと見ている。論説記事は神社の神主さんの祝詞で、経済記事はおみくじのようなもので、文化欄や学芸欄は縁日の見世物である。このように縁日のような新聞から情報を得るとき、しかるべき欄からの情報よりも、コラムの方からの情報のほうが生々とした関心をよぶものが多い。やはり、宝さがしのように情報も得たほうが、ユニークなメッセージを帯びる可能性が大きいと言えるかもしれない。評:本当にそのとおり。よいたとえです

●スライムさん(あめひ/中1)の作文より(メグ先生/3.1週)

 「多すぎる休息は、少なすぎる休息と同じように疲れさせる」という名言があるように何事もバランスが大切なのだ。バランスによってはよくもなり悪くもなる。このバランスをうまくとることが、これからの目標となるだろう。評:これは、どんなことにもあてはまりますね。名言をうまく引用することができました。

●金剛くんさん(あゆわ/中2)の作文より(メグ先生/3.2週)

 しかし、おしつけるのはよくない。今、現国の授業でやっているのだが、ある人が「人にせられんと欲する如く、その如く人にもせよ」と言った。しかし、またある人はそれを逆にして「人にせられんと欲する如く、その如く人にはするな」と言った。自分にとってよかったからとて人にもよいとはかぎらいない、相手の立場になって考えてみることが大切だと言ったらしい。評:本当に相手の立場に立って考えるというのは、難しいことですね。自分が受けた現国の授業を実例に出すことができたね。

●MAIさん(いお/高3)の作文より(きょうこ先生/2.3週)

 「ニュースはある限定の人のことを指していたつもりでも視聴者側にはそうは写っていないのが現実である。...テレビや漫画が悪影響ばかり及ぼしていると言っているのではない。ただ最近は情報量が大量化していて現実と架空の世界の区別が出来なくなっている人が多いのではと思う。」メディア側の問題、そして、その受け手の私たちの側でどのような状況が生じている可能性があるのかを、うまく指摘できているね☆ さて、どうしたらいいのだろう、と問題意識を持たせてくれるような緊迫感のある文章だったね。

●○○○○さん(あう/社)の作文より(森川林先生/3.1週)

 就職活動のためある自動車メーカーの業務説明会に参加した。その説明会において経理・財務部担当者は銀行から転職し材料を輸入する際の為替を扱っているそうである。資源の少ない日本において、材料を外国に依存しなくてはならないことは周知のことであり、当然為替が僅か1円でも変動すれば経営に大きな影響を及ぼすことになる。一見、投機とは無縁に見えるメーカーにおいても、為替業務が重要な位置付けにあることがよくわかる。評:経済の大きな問題を体験実例と関連させたところがいいね。

 

 

 

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