KotobanomoriNo.728

言葉の森新聞

2001年9月3週号

文責 中根克明(森川林)

  未提出の作文がたまってしまったとき

 夏休みなど長期間の休みがあったり、定期テストや行事が重なったりすると、中学生や高校生の人は、未提出の課題がたまってしまうことがあります。

 そのときに、ほとんどの生徒は、「まだやっていない分もいつかがんばってやります」と健気に言ってくれます。先生の方も、「それでは、できるときに書いて出してね」とつい言ってしまいます。

 しかし、これまでの長年の経験から、一日に二つの作文を書くということをできる生徒はまずいません。特に中学生・高校生は課題が難しいこともあり、教室に来ている生徒でも、大体1時間半ぐらいかけて一つの作文を仕上げています。少しがんばって書くとすぐに二時間半ぐらいかかってしまいます。そうすると、これだけの時間を、本来の曜日以外のいつか空いているときに取るということはかなり難しくなります。

 しかも、ほとんどの生徒は、未提出の課題のうちの古いものから順に取り組もうとします。しかし、古いものからやるという意識があると、なかなか前向きに取り組む気になれません。「これをやっても、まだもう一つあるのか」と考えると気が重くなるのが普通です。そして、次第に未提出の作文がたまっていくという状態になります。

 こういう悪循環を解決するためには、課題がいくつかたまってしまった場合、まずいちばん新しい課題から取り組むと決めることです。そして、何しろ、今週から気持ちを新たに始めると決めて、それよりも前の週は、できるときにやる、できなければ仕方ないと割り切ることが大事です。

 このあたりは、保護者の方も事情を理解して、「まず、今週の分から先にやって、先週までの分はできるときにやろうね。できなければそれでもいいから」と言ってあげることが必要になると思います。

 教室としても、今後、未提出の作文がいくつかたまってしまった場合は、自動的に保護者に連絡するような仕組みを作っていきたいと思います。

  新学期の教材作成中

   住所ラベルは10.1週に送ります

 現在、10月からの新学期の教材を印刷しています。発送は9月末になる予定です。

 これまで、前月に新学期の教材を作ったあとに曜日や時間の変更があった場合、いったん作った教材を発送日までの間に作り直していましたが、今回は変更があった場合でも作り直すことはせずそのまま発送し、新学期に変更箇所だけを連絡するようなかたちにしていきたいと思います。

 先生の住所ラベルは、これまで新学期の教材と一緒に前月末に送っていましたが、今回からは、新学期の最初の週の「山のたより」と一緒にお送りするようにします

 また、低学年の生徒で作文用紙が途中で不足するケースが今学期は特に多かったので、新学期から低学年の生徒には多めに作文用紙をお送りするようにします。

  オープンソース運動と言葉の森

 1998年から1999年にかけて、アメリカでオープンソース運動が巻き起こりました。

 それまでにも、ソフトを独占して利益を上げることに反対する急進的なフリーソフト運動がありましたが、これらの運動はその急進性のゆえに広汎な支持者を集めているとは言えませんでした。

 しかし、リーナス・トーバルズの作ったLinux(リナックス・リヌクス)というOSが、世界中のハッカーたちの協力によって、無料の使えるOSとして成長していくにつれて、この不思議な現象に多くの人の注目が集まるようになりました。不思議な現象というのは、だれも全体の統制をとる人がいない状態で、汎用性のある複雑なOSが、無数のハッカーの協力によって、急速に成長していくという現象です。(ここで言う「ハッカー」とは、オープンソース文化の中では「人間味のある優れたプログラマー」に近い意味で用いられています。単なる破壊を目的としたプログラマーは「クラッカー」と呼ばれて区別されています)

 そのハッカーの一人、エリック・S・レイモンドが「伽藍とバザール」という文章で、この運動の仕組みを叙述すると、それに触発されて、当時インターネットエクスプローラの攻勢によって存亡の危機にあったネットスケープがオープンソース化に踏み切りました。ネットスケープのオープンソース化は世界中に大きな反響を呼び起こしました。オープンソースという言葉が、それまでの急進的なフリーソフト運動と区別するために用いられたのはこのころからです。しかし、もちろんオープンソース運動とフリーソフト運動は対立しているわけではなく、多くのハッカーはその両方に深く関わっています。

 オープンソースとは、そのソフトのプログラムを誰もが無償で読めて書き直せるということです。そのかわり、その無償のプログラムを利用して作った新しいプログラムは同じようにオープンソースとしなければならないという義務があります。ソースというのはsourceつまり読める状態にあるプログラムのことです。コンピュータプログラムのほとんどは機械語に翻訳されているので人間には読めない状態で配布されています。機械語への翻訳はコンパイルと呼ばれていますが、この翻訳は一方通行で、機械語になったプログラムをもとの人間が読める状態に戻すことはできません。

 さて、このオープンソースの対極にあるのが、マイクロソフト社のウィンドウズなどの商用ソフトに見られる、クローズドで有料(しばし高額)なソフトです。マイクロソフト社のビル・ゲイツは当初から、よいソフトが作られ発展するためには知的所有権が守られなければならないと考えていました。ソフトを作った作者に対する正当な報酬がなければ、だれも苦労していいソフトを作ろうとはしなくなるという考え方です。これは、現在の特許権の考え方と同じです。そして、特許権に保護されてダイナマイトを発明したノーベルが巨額な富を残したように、ビル・ゲイツは特許権に保護されたウィンドウズで巨額の富を得ました。もちろんウィンドウズと同じようなOSは多くの人の手によって開発されていました。中には日本のトロンのように優れたOSでありながらアメリカの圧力によって開発を断念させられたソフトもありました。しかし、コンピュータの世界ではある程度以上のシェアを取るとそれがデファクトスタンダード(事実上の標準)になって、ほかの同機能を持ったものは参入できなくなるという特徴があります。このデファクトスタンダードの力にも助けられてウィンドウズは世界中の一般ユーザーの標準OSになりました。

 このウィンドウズ支配の世界に風穴を開けたのがLinuxです。大学などにおけるコンピュータの専門家の間では、ウィンドウズとは異なるUNIXというOSが主に使われていました。しかし、UNIXもウィンドウズと同じように、使用するためには多くの制限や費用が必要でした。このUNIXの一種である演習用ソフトMinixを参考にしてリーナス・トーバルズが書いたOSがLinuxです。当初、リーナスが自分の趣味のために書いたLinuxがその後、世界中のハッカーたちの参加によって急速に高度なOSとして成長していきます。

 マイクロソフト社は、最初のころこのLinuxのオープンソース運動はすぐに破綻すると見ていました。つまり、バグのない高度なソフトは、多数の優れたプログラマーの統制のとれた仕事としてなされなければならず、そのコストをまかなうために、知的所有権に保護された高額な報酬が必要だと考えていたからです。

 しかし、Linuxは成長を続けます。そして、現在、ウェブサーバーの分野に限って言えば、Linux・Apache・PHP・MySQLなどというオープンソースのソフトの組み合わせが、Windows2000などの商用サーバーよりも大きなシェアを占めるにいたっています。ウィンドウズの最大の利点は、初心者にも使いやすいインターフェースが用意されていることです。ワード・エクセルなどのアプリケーションソフトの豊富さもウィンドウズが突出しています。この点でウィンドウズの牙城が揺るがないものになっていますが、マイクロソフト社は、Linuxを初めとするオープンソースの運動に次第に危機感を持つようになりました。

 現在、アメリカでは、オープンソース陣営とマイクロソフト社の間で、理論闘争が繰り広げられています。

 従来の常識を覆すオープンソース運動が、今後どういう方向に進むか予測することは困難です。

 しかし、ここで思い当たることがあります。それは、オープンソースというのは、自然のもともとのあり方ではないかということです。例えば、この地球の生態系そのものが巨大なオープンソースです。商店街の町並みもオープンソースのように成長していきます。文化、伝統、宗教、言語などもオープンソースです。

 日本語という言語に焦点をしぼって考えれば、流行語、ことわざ、新しい表現の仕方、方言など、さまざまな言語の改変は不特定多数の人によって行われます。「チョーうれしい」などという言葉が新たに付け加えられます。「食べれる」「見れる」という言葉がそれまでの文法体系とぶつかりながらも市民権を得ていきます。そのようにして、1億2千万人の日本人が日常生活に欠かすことのできないものとして使用している最大のインフラである日本語が、何千年と発展してきたのです。その間には、中国文化の流入、書き言葉の導入、ヨーロッパ文明との遭遇、インターネットへの対応と、巨大な困難が何度も押し寄せてきました。そのたびに日本語はその困難に対応して自己を変化させてきました。これらが、だれの統率にもよらない日本語を使うユーザー全員の自由なやりとりの中で実現されてきたというのは、考えてみれば不思議な話です。

 一般に中央集権的な組織は、統率するメンバーの数に自乗するかたちで指揮命令系統を複雑にしていかざるを得ないと言われています。そう考えると、1億2千万人が使っている日本語を何らかの中央集権的な組織がコントロールすることは部分的には可能ではあっても、全体的に見れば不可能です。その発展は市場の自由なやりとりにまかせておくしかありません。それは、旧ソ連の統制経済が、高度に発達した消費社会の中で、市場経済の効率性に敗北したのと同じ事情です。

 しかしもちろん、オープンソースが何もかもに万能であるわけではありません。Linuxにしても、最初に核となる優れたプログラムを書いたリーナスがいて、彼の柔軟な人間性が、無数の参加者の自主的な参加を活性化させるとともに、彼の長期的な設計ビジョンが、プログラムの根本を揺るがすような新しい提案を慎重に避けていったために、今のような成功したかたちに成長していったのです。この偶然と運営の努力は十分に考慮する必要があります。

 けれども、それは巨大なOSとして成長したウィンドウズ2000に投入された膨大な資金・組織・時間と、それにも関わらず複雑怪奇な恐竜のようになっているプログラム(と言われている)に比べると、その効率性のよさは驚嘆すべきものです。

 オープンソースの理論と技術はまだ萌芽的なものです。成功例は数えるほどで、体系だった理論的裏付けは乏しく、今後の発展についても未知の要素が数多くあります。しかし、複雑になりすぎ制御が困難になった現代文化のいくつかの分野を、このオープンソース的な考え方が救う可能性があります。

 私(森川林)が今考えているのは、言葉の森の教材をオープンソース的なかたちで再構成していくことです。言葉の森の教材は、小学生から高校生までひとつの大きな流れで組み立てられています。しかし、その個々の教材の内容や、教材相互の関連については、まだ改善する余地が多数あります。また、教材自体も時代の進歩に伴って日々更新されていく必要があります。これを、教材作成担当者がすべての面にわたって手直しをしていくと、その時間は年々膨大になり、教材の更新が次第に遅れていくことが予想されます。現に、推薦図書一覧表なども、手直ししたい箇所はいくつもあるのですが、依然として昔作ったままの状態でホームページに掲載されています。

 オープンソースで言葉の森の教材を再構成していくための具体的な方法は、今後検討していきますが、現在考えているのは、ホームページに教材をすべて配置し、そこに掲示板のようなかたちで修正案を付け加えていく仕組みです。教材だけでなく、プログラムも配置し、一定の字数を越えたら音楽のプレゼントがあるという今のゲームのような要素も数多く取り入れていきたいと思っています。

 

  光る表現(小1−小4) 2001年9月3週号

●クリリンさん(いあし/小1)の作文より(けいこ先生/8.3週)

 やきとうきびをたべるとおしょうゆのからさと、とうきびのあまさで「んーおいしい。」と、わたしは、さけんでいました。……わたしは、とうきょうのとうもろこしより、さっぽろのほうがおいしいとおもいます。おばあちゃまがゆでとうきびをむしってバターでいためてあさだしてくれるし、さっぽろでとれたものだから、しんせんです。とうきょう(のもの)よりつぶがおおきくて、かむと「ジュワー」と、おいしさがひろがるからです。 評:読んでいて、とうもろこしを食べたくなってくるよ。ほっかいどうの名物(めいぶつ)のとうもろこし、とうきょうのものとは、ひとあじもふたあじもちがうのね。

●祐美子さん(いけこ/小2)の作文より(けいこ先生/9.1週)

 この本を読んで分かったことがあります。それは、あい手のためにかんがえていっしょうけんめい心をこめてお手つだいなどすると、その気もちがあい手につたわるということです。 評:『こぎつねコンとこだぬきポン』を読んだかんそう。かんどうした場めんを、大きくまとめることができた。本を読んだことで、心がひとまわり大きくなったみたいだね。

●充さん(いさせ/小2)の作文より(スズラン先生/9.1週)

 (夏休みに作った工作で)ぼくのロケットで、いちばんむずかしかったところは、おりがみをはるところでした。:評:どんな色にしようかなと考えたり、作っているときのことがわかりますね。色をぬったロケットの絵がとても素敵に描けていました。他のお友達にも見せたいほどでした。

●昂生さん(いせぬ/小2)の作文より(メグ先生/9.1週)

 かんらん車にのったら、とうかいどう線、けいひんとうほくねぎし線、東きゅうがおもちゃみたいに見えました。【評】かんらん車から見た電車のようすをたとえをつかって書くことができたね。

●さくらんぼさん(いそら/小2)の作文より(スズラン先生/9.1週)

 (校庭の草取りをして)虫よけスプレーをふって、ぐん手をはめて、草いっぱいのところをぬきました。力いっぱい入れないとぬけないのもあったし、力をいれないでとれるのもありました。・略・その日はくもってすずしい日だったのに、草とりをしたらすごくあつくなって、のどがからからになりました。:評:一生懸命草取りをしたことが伝わってきますね。想像すると汗が出てきそうです。

●奈央さん(いたす/小2)の作文より(きりこ先生/8.2週)

 まるでごまみたいにちっちゃいうんちでした。<ハムスターのうんちをごまにたとえたところがすごいよ。>

●崇さん(いえの/小3)の作文より(かつみ先生/9.1週)

 かつおぶしが海の中にいるわかめのようにゆらゆらおどって、まるで、生きているようなので・・・評:いい表現です。かつおぶしがゆらゆらしている様子、上手く表現できましたね。

●へろくるくんさん(いかゆ/小3)の作文より(スピカ先生/9.1週)

 「白になってくれー。」と手にあせをにじませるとどうじに、しんぞうがドキドキバクバクと動きまくり、ねがいをなんどもくりかえしていると、「白だよ。」と先生にいわれて、ドキドキがきえ、気もちがパーと明るくなりました。 評:運動会で白組になりたくて、発表のときは本当にドキドキだったね。そして、ねがいどおりに白組になれた喜び。その両方の気持ちが、とてもじょうずに書けたね。

●りんちょさん(いしろ/小3)の作文より(スズラン先生/9.1週)

 (お母さんは果物が好きという話を聞いて)お母さんが子どものころ、メロンは高くていつでも買えないけど、びょうきでねている時に買ってもらって食べたそうです。「その時のメロンはとてもおいしかったよ」と話してくれました。:評:お母さんにとっては忘れられない味の思い出なのでしょうね。いいお話をきくことができましたね。

●マーヤさん(いちこ/小3)の作文より(さかな先生/9.1週)

 ブロッコリーは、がまんできるけど、アスパラガスは、大きらい。しょくじの手が、とまるほどです。★評:そんなに苦手なんだ・・・。この苦手さ、とてもうまく表したね。それでも最後にちゃんと食べるのはえらいね。

●ラブリーさん(あにせ/小4)の作文より(ミルクティ先生/8.4週)

 私は、虫が嫌いだったのですが虫を取ってから少しだけ好きになりました。でも、むやみにとっても虫がかわいそうです。きちんと世話が出来なかったら、虫は死んでしまいます。だから、自然にいたほうがいいかもしれません。今では、バッタや蝶は自然に帰って優雅に過ごしているでしょう。<評>虫をつかまえた話の最後の部分。考えたことの後に【動作情景の結び】を入れて、印象的にまとめましたね。

●ししさん(あふか/小4)の作文より(かつみ先生/9.1週)

 せっかく先生が企画してくれたけど虫の音を聞く時は家で静かにひっそりと例えば図鑑でも眺めながら聞くのがいい、ぼくはそう思うんだけどなあ。  評:たしかに。先生も同感です。

 

●諒さん(あろつ/小4)の作文より(森川林先生/8.1週)

 おじいちゃんが花火を近くで見られるように屋形船を予約しておいてくれたので、かたの真ん中にある打ち上げ地点の近くまで行けて、すごくはく力がありました。高い花火のときには、船から落ちないように気をつけて顔を突き出して見ました。妹は最初怖がっていたけど、すぐに「きれーい。リボンみたーい。クルクルみたーい。シャワーみたーい。」と歓声をあげていました。◆評:楽しいふんいきが伝わってくる会話の書き方だね。

●諒さん(あろつ/小4)の作文より(森川林先生/8.4週)

 そのおばあさんはとても変わっていた。なぜかというとバスの中でずっと大きな声を出して歌っていたからだ。みんなうんざりしていた。ぼくもそのバスに乗っていたら、「次のバス停でさっさとおりてくれないかなあ。」と思っただろう。◆評:感想文の書き出しを、本の中の情景から始めたところがうまい。そのあと、「ぼくだったら」と続けたんだね。

●上原さん(いきあ/小4)の作文より(ふじのみや先生/8.1週)

 みの助さんはランプをわるとき心の中でこう言ってると思います。「ごめんランプ。もうおまえたちは、もう使わなくなった。さよならランプ」 ぼくは、そのとき感動しました。なぜかというと ランプはみの助さんのいちばん大切にしていたものだからです。 そのときみの助さんの気持ちは、つらくてかなしい気持ちだと思います。 評:みの助さんの心の中をよく考えていますね。「(かぎかっこ)」を使ったのが、うまい!

●まいポンさん(いこに/小4)の作文より(ふじのみや先生/9.1週)

 —シャリ、シャリ この時、発ぽうスチロールのようきのでこぼこの音がします。全面糸がはったところで、あつあつのご飯にトローとかけます。さらにまぜます。十回ほどまぜたら…ほーら、糸がはった、はった。六角形にちかい形です。それからのりをちぎって、ぱらぱら入れます。またまぜまぜ。できたなっとうは「はやくたべて」とでもいうように光ってみえます。一口食べて…「うーん、お口でとろける〜。」 評:お、おいしそう〜(^○^)/

●稜さん(いしお/小4)の作文より(スズラン先生/9.1週)

 きらいな物と好きな物とで考えてみると、きらいな物を食べる時間の方が二倍ぐらい長いのです。だといって、好きな食べ物ばかり食べるのもいけないと思います。毎日、点々と食べ物を変えていく方がいいと思います。:評:きらいな物をいやだなぁと思いながら食べているようすを、時間で書いていたのがおもしろいですね。毎日、いろいろなものを食べるということが大切ですね。

●駿作さん(いしと/小4)の作文より(メグ先生/9.1週)

 お母さんは、「ワカメのプルプルしているところが好き。」と言っていました。(中略)お姉ちゃんは、「(うめぼしの)口の中でじゅわじゅわするところが好き。」と言っていました。(中略)お兄ちゃんは、「(とうもろこしの)口の中でぷちぷちするところだ。」と言っていました。【評】家族の好物とどんなところが好きなのかをしっかり取材して書くことができたね。駿作君の家族は、みんな表現豊かですね。

●きのこさん(いすこ/小4)の作文より(こあら先生/9.1週)

 (登山の場面で)登るときもきつかったけれど、おりる時はもっと大変で、すべってしりもちをついてしまいました。(中略)「おしりですべっておりたほうがはやいんじゃない」お母さんにそう言われながら、やっとふもとにつきました。【評】たくさんしりもちをついたんだろうね(笑)お母さんの言葉を借りて、自分の状況を説明するという高度なワザ(!)に感動しました。

●ヒマワリさん(いすさ/小4)の作文より(かつみ先生/9.1週)

 最初にすず虫のことに気がついたのは、八月のプール教室を学校でやったときです。   評:文章の組立てがとてもよくできていますよ。

●YOTOさん(いせい/小4)の作文より(ミルクティ先生/9.1週)

 『鳴く虫』〔ミツカドコオロギ、ハラオカメコオロギについて調べた話や、二年生の時にミツカドコオロギを飼育した話などを書いたあとの最後の結び〕今、家の外では、アオマツムシがリーリーリーと鳴いています。<評>作文の最後を【動作情景の結び】で、きれいにまとめましたね。虫の鳴き声が心にしみる終わり方です。

●ミニまろさん(いそれ/小4)の作文より(けいこ先生/9.1週)

 (お父さんが好きな小はだについて)お母さんは「世の中の食べ物が小はだしかなくなっても、ぜぇ〜ったい食べない。」というほど光り物をきらっています。……(お母さんが好きなかぼちゃについて)お父さんは、「わざわざかぼちゃなんか食べなくても、他にもおいしいものは山ほどあるさ。」と、決してかぼちゃを食べようとしません。……そんな両親の間に生まれた私は、光り物もかぼちゃも両方大好きです。 評:お父さんとお母さんの好みは、正反対なのね。「そんな両親の……」が入ったことで、よりおもしろくなった。

  光る表現(小5−社) 2001年9月3週号

●DD51さん(あある/小5)の作文より(ゆり先生/8.3週)

 そこには、「じゃ石」という名前の石があり、全長八十三メートルのへびのような石がある。細長い八十三メートルの石に、だいたい三十〜五十センチメートルおきに白い石英のすじが走っている。それがへびのように見えるので「じゃ石」という名前がつけられたそうだ。【評:「じゃ石」の説明がとてもくわしくできていますね。】

●DD51さん(あある/小5)の作文より(ゆり先生/9.1週)

 ぼくは、この観察会で学んだことが一つある。一つはばったは、ショウリョウバッタ以外は鳴かないということだ。キリギリスなどはなくが、バッタはなかない。しれは、バッタには鳴く仕組みがないからだ。【評:「学んだこと」をうまくまとめて書けましたね。】

●友葵さん(あしも/小5)の作文より(ゆり先生/9.1週)

 仲良しだけど、少しライバル心がある千恵子。もしかしたら、お互いにライバルだと思っているかもしれない。「“勝つ”とかは、関係ない。」と思っていても、何故か勝ちたい。 でも、ライバルがいるという事は、いい事だと思う。 これからも、『仲良しライバル』だといいいな。【評:『仲良しライバル』っていい言葉だね。】

●あんみさん(いけみ/小5)の作文より(スピカ先生/9.1週)

 まるで心の底の時計がチクタクなっているかのように、とってもドキドキしていました。バトンのオーディションを受けているときは、何も覚えていないくらいきんちょうしていました。(略)結果は合格でした。本当は、飛び回って喜びたかったけれど、先生が「不合格の人のことも考えてね。」とおっしゃったので、心の中でおさえました。 評:緊張したオーディションのこと、合格の喜びをぐっとおさえたことが、うまいたとえと会話を使ってよく表現できました。おめでとう!

●健吾さん(いてり/小5)の作文より(ミルクティ先生/9.1週)

 『一番になった徒競走』そして運動会の当日、晴れではなく、くもりでした。ぼくの気持ちといっしょでした。それは、徒競走で走っていると中にころばないかということと、始めの言葉をちゃんと言えるかということです。あと、応援団のことをちゃんとできるかが不安でした。<評>くもり空と自分の不安な気持ちを重ね合わせて「ぼくの気持ちといっしょでした。」と表現したところが、うまいね! 徒競走の結果は、見事一位! よかったね。(^o^)

●穂香さん(すよ/小5)の作文より(きょうこ先生/9.1週)

 「みんな、他の人の音を聞く暇もなく、やっていました。・・みんなは、もう反応する余裕もない顔に変わっていきました。またまた、猛烈な特訓が始まりました。・・成功です。成功しました。もううれしすぎて倒れてしまいそうでした。市の音楽会も終わって、ホールに出てみるとなんだか、ステージ上にいた記憶が全くありませんでした。」他の人の音がきこえないくらいや、先生のことばに反応する余裕もないという表現からは、みんながひっしで音楽会の練習にはげんでいた様子がよく伝わってくるね。そして、終わってからの記憶のないという表現が、本番での緊張や興奮の様子がどれほどすごかったかということをよく伝えてくれているね。本当にすてきな体験だったみたいだね。たおれるくらいにうれしいという経験、ぜひしてみたいわ!!(^-^)

●クリリンさん(あかの/小6)の作文より(こあら先生/9.1週)

 ゴール!!!初めての1等。心が弾むような気持ちだった。【評】おめでとう!嬉しい気持が伝わってきます。こういうときに「心が弾む」というのを使うんだね(笑)

●けろっぴさん(あちえ/小6)の作文より(ミルクティ先生/9.1週)

 長所や短所がみなちがい、長所短所があるからこそ、人間は人間でいられるのである。長所短所がなければ、人間は、ロボットのような存在になってしまう。短所は無くした方がよいが、長所も一緒になくすと、ロボットのようになってしまう。長所が沢山あった方がよいのだろう。<評>人それぞれの長所や短所があるからこそ、個性が生まれるんだね。長所、短所がなかったら「ロボット」という指摘は、なかなか鋭いね。(短所のまったくない人は、ある意味で付き合いにくいかもしれないね。(^^;)

●シュンさん(あよぬ/小6)の作文より(きりこ先生/8.2週)

 本の楽しさというものは自分で読んでみるしかわからないのです。いろんな本とであっていくうちに本好きになれると思います。<俊君の意見が上手に書けたね。>

●知紗さん(いいく/小6)の作文より(きりこ先生/8.1週)

 私は「虐待」=「悪魔」と思う。自分の心の傷を子供にあびさせているのだから。<今の社会問題について自分の意見がしっかり書けましたね。>

●美佳さん(いうわ/小6)の作文より(ドラえもん先生/9.1週)

 「よっしゃー!一位やー。」私と同じチームの人は、大喜びしていたし、私も嬉しかったです。【評】チーム一丸となってみんなで力を合わせて頑張っている様子が伝わってきますね。(^o^)

●早紀子さん(いおよ/小6)の作文より(ゆり先生/8.3週)

 私には、たとえ一兆円でもユーモアのセンスはゆずれない。【評:ユーモアのセンスは、お金で手に入れられない大事なものってことだね。】

 

●バンビさん(いそせ/小6)の作文より(こあら先生/9.1週)

 ピストルが響き私の体は風とともに走りだしました。【評】すごいよ!思わずはっとした表現でした。

●ちっピーさん(ちこ/小6)の作文より(ふじのみや先生/9.1週)

 なぜ逆らえないかというと、逆らった場合は、後が怖いからだ。何が怖いか。それは、類は類を呼ぶ、本当にそのとおり。気の強い子は、その友達も気が強い。それにいろんなことをよくしゃべる。 評:よく観察しているなぁ。類は類を呼ぶとは、本来は類は友を呼ぶ、だけどね。

●トトロさん(いけの/中1)の作文より(クマのプーさ先生/9.1週)

 ヒトはある面から見れば自由だが、「日常のスケジュール」という、鎖にしばられていると思う。【評】まさしく・・という共感と、指摘の鋭さ、言葉のうまさを同時に感じさせる1行です。

●尚志さん(いても/中1)の作文より(クマのプーさ先生/9.1週)

 自分では性格を諸刃の剣だと思っている。【評】長所と短所の関係をうまく言い当てているし、これを最初にもってきたことでインパクトのある書き出しになっていました。

●祐司さん(には/中1)の作文より(さかな先生/7.2週)

 他人を全く受け付けないのでもなく、他人を全て受け入れるのでもなく、自分の良いところと他人の良いところとをうまく合わせることが大切だ。★評:本当にそのとおりだね。リズムのある文章も印象に残ります。

●スライムさん(あめひ/中2)の作文より(こあら先生/9.1週)

 宅急便はまず物があってそれを何かで包んで箱などに入れて包装紙で包んでひもで結んで・・・と何重にもなっているのだ。これはどう考えても無駄がありすぎと言うものではないだろうか。私はいつも箱なら箱でそのまま持ってこないか不思議に思う。【評】若い世代がこんなふうに考えてくれてとても嬉しいです。個人的にはもっと世の中全体がシンプルになるといいのにと思いますが、包装紙やひもをつくってそれを職業にしている人も当然存在するわけで、なかなかすぐには変わっていけないでしょうね。

●実由記さん(いそほ/中2)の作文より(こあら先生/8.4週)

 (ピーマンの肉詰めの作り方)ピーマンは、半分に切って種をとって船みたいな形になったら、肉をつめます。【評】「船みたい」というのが、とてもかわいい!言われてみればそうだよね。全然考えたことなかったな〜。

●惣さん(やき/中2)の作文より(クマのプーさ先生/9.1週)

 「知識がはしごを作ったのではなく、二階に上がりたいという熱意がはしごを作ったのだ。」という名言がある。【評】絶対座標をもたない方が、人間らしく想像力や研究心がわいてくる。という言葉を裏付けるのにぴったりな名言を効果的に用いたと思いました。

●YESさん(せし/高1)の作文より(スピカ先生/9.1週)

 今のやり方がだめなら次のやり方に行くべきだと思う。立ち止まってても道は開けはしない。 評:作文の結びに。どんな問題についてもこれは言えることだね。前向きに立ち向かっていこうとする姿勢がいい。かっこいいよ。"☆"

●ひまわりさん(あなつ/高2)の作文より(こあら先生/9.2週)

 相手と自分では、全くその時の状況が異なるわけだし、その人にとっては羨ましいことでも、相手にとってみればやむを得ないことかもしれないのだ。やはり、相手の状況などを広くみて考えなければならないのである。【評】私たちはつい他人と自分を比べてうらやましがりますが、なるほどそういうものかもしれませんね。

 

 

 

—————————————————————————————

■オンラインマガジンの登録と削除は下記のページで■

http://www.mori7.com/morion/imorion.html

■これまでの言葉の森新聞は下記のページで■

http://www.mori7.com/mori/komori/indexmori.html

■ホームページ■

http://www.mori7.com/

■メール■

nane@mori7.com