危なく、守るべき自然
小6 とやちな(toyatina)
2025年4月2日
里山を歩いていると何人ものハイカーとすれちがうことがある。それぞれの目的を気持ちよく、楽しく達成させてくれるのが里山の景観であり、それを構成する野生生物を中心とした自然である。奥武蔵の里山を訪れたときのことだ。雑木林やスギ林もきれいに維持している村の人びとにとって、ハイカーのマナーの悪さは目にあまるのでしょう。里山は人間によってつくられ、維持されてきた自然だということを考えると、都市の人びとがここを訪れて仕事をする後者のほうがよいと思いますが、これに行政側が資金的な援助をすればよいのである。
友達と僕と母と友達の母・父でお散歩に行ったときのことだ。近所に標高約300mもある山を乗り越え近くの中華料理屋に行くという旅だ。往路はよかったのだが、復路はとても大変だった。なぜなら、中華料理屋のご飯の量が想像以上に大方からだ。また、行きとは違う道で帰ったので山の中で遭難してしまったのであるからだ。もともと道はあった痕跡はあるが、細い竹が生えていて道なき道を歩いているようだった。そして、己の第六感を信じ、歩き続けた。そうして、ついに山から出ることができた。コンクリートを踏みしめたときのことはとても心に残っている。それは、戦場にたっても安心できるようなぐらい安心感があった。あの時のことを振り返ってみると、よく家に帰れたと思う。また、山はあまり舐めてはいけないと思った。
僕が、町会のごみ拾い活動に参加したときのことだ。河川敷や山の周りなどを地域の人と協力してごみを拾う活動だ。僕は、参加している人のなかで一番ごみを拾うために、誰も来ていないところを見つけごみをひろっている。たまに、大量にごみが集められたときの達成感は最上無二だった。また、ごみ拾いが終わるとジュースが貰える。そのジュースはとても冷えていて、ごみ拾いが意欲的に取り組むことができる。こうして、自然・環境の保護活動をすると、とても清々しい気分になる。これからも、町会のごみ拾いがあったら、参加して冷えたジュースをまた飲みたい。
自然は人間にとって、危険なものでもあり、破壊せず守るべきものである。だから僕は、ポイ捨てなどはせず、少しでも自然保護に貢献できることをしていきたい。「あぶない橋も一度はわたれ」という言葉があるように前述のように山で遭難するなど、自然が死と隣り合わせということを体験するのは、人間にとって、とても重要なことだと思う。僕は、これからも、自然とより関わっていきたい。