起死回生
   小5 あえひの(aehino)  2025年4月2日

 「なるほど」

私は小さい頃家の近くを流れる渡良瀬川から大切なことを教わっているように思う。私は流された恐ろしさもあったが、それよりもあの恐ろしかった流れから、脱出したことの嬉しさに浸った。そのころから私を支配していた闘病という意識が少しずつ薄れていったように思っている。



 ある日僕は時計を見て電車に遅れると思っていた。だが、念のため走っていったら、なんと電車が遅れていて間に合ったのだ。家は駅までとても近いので、ギリギリ間に合った。もう絶対に間に合わないと思っていたので、そのことを僕は起死回生だと思っている。起死回生についてをインターネットで調べてみた。起死回生というのは、もうだめだと思っていたものが、みんなの力やがんばりで急に良くなることを示す。たとえば、サッカーの試合で自分のチームが0点で負けそうだった場面で、最後の数分で、みんながすごく頑張って、2点を取って逆転勝ちをしたときも起死回生らしい。



 母にも起死回生した話を聞いてみた。2年ほど前に、母が僕と一緒に走っているときに、喘息になり、路上に倒れこんでしまった。とても息が苦しそうだったので、僕は母の背中をさすりながら深呼吸をするように伝えた。すると、母はちょっとずつよくなっていき、最終的には完全に治った。その時母は今にも死んでしまいそうなほど苦しそうだった。それを見て僕はピンチというのはまるでこの世の終わりのようだと思った。でも、良くなる母を見て安心した。その後母は、僕がいないときに、もう一度喘息になり、前の教訓を生かして深呼吸をしたら治ったらしい。それを聞いて、やっぱり人はピンチのおかげで成長するのかと思った。



 家族みんなに成長する代わりにピンチになりたいかを聞いてみた。僕はできればピンチには遭遇したくない。なぜなら、ピンチはとてもつらいことが多いからだ。母も僕と同じで、遭遇したくないと言っていた。理由はピンチに遭遇すると大変だからと言っていた。父も僕や母と同じで遭遇したくないと言っていた。理由は、ピンチに遭遇すると面倒くさいからだそうだ。



 おっとそろそろ続きを読もう。

「なるほど」