(こう)乃さん、作文「レトリックの必要性」を拝読しました。
この作文では、物事を多角的に見ることの重要性を非常によく表現しています。
特に、教頭先生に対する見方が変わったエピソードは、具体的な事例として効果的に使われており、読者にとって理解しやすい内容となっています。
また、松平定信の例を引用することで、歴史的な視点からもアプローチしており、学問的な深みを加えることに成功しています。

文章の構成も良く、まずレトリックの説明から始め、自身の体験と歴史的事例を用いてテーマを掘り下げ(ほりさげ)ている点が見事です。
そして、名言を引用して結論へと導く流れは、論理的で説得力があります。
全体を通して、一貫(いっかん)した主張があり、それを支えるための具体例や引用が適切に配置されているため、非常に読みやすい文章となっています。

前の話聞いた話がよく書けています。
たとえがうまく使われています。
ことわざがよく書けています。
書き出しの結びがよく書けています。

これからも多角的な視点を持ち、様々な事例や引用を用いて、自分の考えを表現する力をさらに磨い(みがい)ていってください。

内容★ 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎

字数/基準字数:1238字/600字
思考点:83点
知識点:77点
表現点:72点
総合点:74点
(新しい森リンで仮の点数を出しています)

 


■思考語彙 33種 42個 (種類率79%) 110点
n確か,、なぜ,。しかし,。だから,。例えば,あるかも,あるから,いるから,くるから,するため,すると,そう考える,そこで考える,たから,たので,で考える,と場合,と思う,と考える,ないと,にこそ,に考える,は第,ほしいから,みると,を考える,場合によって,思う第,眺めれば,私にとって,見えるはず,見れば,言葉によって,

■知識語彙 53種 96個 (種類率55%) 74点
一緒,世界,事実,人物,仕事,会話,体系,作品,先生,光景,努力,友達,名言,多角,大人,委員,威圧,定信,小学校,小屋,当番,必要,感覚,技術,挨拶,教頭,文学,方向,日常,松平,棒状,歴史,水平,物事,理由,理解,生徒,異様,発見,発言,自然,苦手,表現,見方,見本,規則,視点,視野,言葉,認識,部分,長方形,関係,

■表現語彙 94種 191個 (種類率49%) 71点
n確か,あいさつ,あか,うえ,うさぎ,こと,するため,そこ,そのもの,たち,とき,と場合,みたい,もの,よう,ウサギ,コイン,リ,レトリック,一,一つ,一緒,世界,中,事実,二,二つ,人,人物,仕事,会,会話,体系,作品,先生,光景,別,前,努力,友達,名言,命,多角,大人,委員,威圧,定信,小学校,小屋,巧み,当番,必要,感,感覚,手伝い,技術,挨拶,教頭,文学,方向,日常,時,松平,棒状,様々,歴史,気,水平,物事,理由,理解,生徒,異様,発見,発言,的,私,自然,苦手,表現,裏,見えるはず,見方,見本,規則,視点,視野,言葉,話,認識,部分,長方形,関係,面,

■経験語彙 29種 41個 (種類率71%) 63点
あふれる,いける,かかわる,ける,しまう,しれる,そう考える,そこで考える,できる,で考える,と思う,と考える,に考える,みなす,を考える,会う,入る,出す,変わる,守る,欠く,浮かぶ,生きる,異なる,眺める,続く,見える,言い表す,通う,

■総合点 70点

■均衡点 -8点
 

レトリックの必要性
   中1 あかえか(akaeka)  2025年4月2日

 レトリックの必要性                                     

あかえか                                                            

私たちは、コインを丸いものとみなしている。けれども、水平方向から眺めれば、短い棒状に見えるはずだ。しかし、「コインは長方形だ。」と言ってみると、なぜか異様な発言をしているような気がする。私たちは日常において、いつもある視点からある光景を見る。文学作品などにおいても、同じ一つの事実を、きわめて異なる言葉で言い表すことがある。そんな表現は、巧みに表現する技術体系であるレトリックと深い関係にある。レトリックとは多角的に考え、かつ多角的な言葉によって表現してみることであり、発見的な認識への努力に近い。レトリック感覚は、発見的な認識には欠くことができないうえに、人をよく理解するためにこそ必要なのだ、ということになる。だから、私は物事を多角的に見るのは、よいことだと思う。そう考える理由は、二つある。

その理由は第一に、人や物事を様々な視点から見ることで、その裏の世界が見えてくるからだ。私が前に通っていた小学校の教頭先生は、一面的にみると、規則やあいさつにとても厳しい人だったので、私も、私の友達も、その先生が苦手だった。しかし、その教頭先生は、私が入っていた委員会の仕事の一つであるうさぎ当番を手伝いに来る先生だったので、かかわることが苦手でも、会わないといけなかった。しかし、ウサギ小屋で会い、話をしたとしてもそこまで会話は長く続かなかった。けれど、教頭先生は私にとって何となく威圧感のある人だったので、ウサギ小屋で教頭先生と一緒に入っているときは、自然に教頭先生のことを考えていた。そこで考えていた時に、「この教頭先生ってけっこー規則とかあいさつに厳しーけど、別の見方で考えたら、生徒の人たちに、挨拶ができる大人や、規則を守ることができる大人になってほしいから、見本みたいになっているのかなあ。」と思うことができた。そうすると、教頭先生に対する見方が変わったので、教頭先生は、本当は優しい人なのだなあと考えることができたからだ。

物事を多角的に見るのがよいと思う第二の理由は、物事を様々な視点で見ることは、命にかかわることでもあるからだ。例えば、松平定信のように、視野が大きかったり長かったリ、強かったりすることで長く生きることができた人物が歴史人物の中にもいるからだ。

確かに、物事や人を多角的に見ることで見えなくてもいいような部分が多く浮かんできてしまうこともあるかもしれない。しかし、「悪いことそのものがあるのではない。時と場合によって悪いことがあるのである」という名言があるように、物事や人を多角的に見れば見るほど良い部分があふれ出してくるのだ。