新しい視点(清書)
中2 あかけさ(akakesa)
2025年4月4日
私たちは普段コインを丸いものとみなしている。だが、コインはいつも丸いわけではなく、薄い長方形に見えることもある。これは視点を変えると見えるのだ。私たちは普段同じ視点から物事を見ている。だが、同じ視点から物事を見ているだけでは、ものの真相は見えない。ここで使えるのがレトリックだ。レトリックとは多角的に考え、多角的な言葉を使って表現することだ。レトリック感覚はかけてはいけない感覚だ。レトリック感覚は新しい視野と相互の理解を増やしてくれる。このこと踏まえて、僕は物事を多様に見ることは大事だと思った。
まず物事を多様に見るとその物事の良い点や悪い点が発見できことだ。まずは便利と不便について考えてみよう。便利と不便どちらが良い、と聞かれたら、ほとんどの人が便利の方がよいと答える。だがそれはまだ物事を多様に見れていない。車と徒歩を例にして考えてみよう。ここでは車を便利に、徒歩を不便にする。車が便利な理由は体力を消耗しなくて済むし、ただ座っているだけだ。それに比べて徒歩は労力がかかり、疲れる。だが徒歩では車ではできない新しい経験が出来る。例えば徒歩でたまたま会った人と仲良くなったとする。車では人と出会う機会すらないため、このような経験はできない。他にも、徒歩ではたまたま昼ご飯を食べに店に入る時がある。車では特定の目的地にしか行かないため、このような偶然は起こらないのだ。
次に逆に多様に物事を見ないとどうなるのかを考えてみよう。物事を多様に見ないと良い点も悪い点もある。まずは良い点を紹介する。物事を多様に見ない良い点は、一つの事しか考えていないため、そのことに集中できることだ。物事を多様に見ない人は勉強で言うと、一科目に集中できるため、その科目に集中したい人は非常に良いことだ。次に物事を多様に見ないことである悪い点だ。物事を多様に見ないとストレスがたまることが多い。というのも物事の真相や新しい見方、その物事の新しい可能性を生み出せない。そのため、一つの事に失敗してしまうと、新しい道に進めなく、ストレスが溜まってしまう。逆に物事を多様に見ると、失敗しても次がある、と思えるため、のちに成功できるようになる。僕も一つの視点で物事を見ているときがあった。その時はストレスがたまったりして、利点よりも悪い点が多かった。だが僕がその時に物事を多様的に見ると、自分のストレスがたまっていたことが些細なことで、ばかばかしく思えてくる。そのため、物事を多様的に見ないと、自分の事も理解できないことも多いのだ。
確かに物事を多様に考えない時にもその場合と時によって良い点がある。だがそれ以上に「雑草とは、まだ、その美点が発見されていない植物である」という言葉もあるように、物事を多様的に見ることで、新たなことを生み出せる良い点がある。僕は一つの事に集中しすぎて、物事を多様に考えられない時がある。だからこそこれからは、物事を多様的に考えることを意識して、生活していきたいと思った。