Artificial Intelligence
   小5 あえひの(aehino)  2025年5月2日

 「確かに」

さて、人間を科学的に知ろうとすると、えてして人間を、機械のように考えようとする傾向があります。また、脳とコンピューターを同じに考える人には、今のコンピューターは、脳の代わりを完全に努めることはできないまでも、ある面では、脳よりも優れているように見えます。しかし、人間は機械と同じようなものなのでしょうか。機械ならば、人間とは違い、いつもと同じような行動をする方が良いということです。



 これは僕の持論ですが、ロボットには感情がありません。もちろんAIにもありません。つまり、ロボットは存在しているだけであり、聞かれたことを回答し、プログラムしたことを実行する。ただそれだけなのです。あなたは、そんな生活どうですか。僕は嫌です。楽しくもなく、喜びもなく、時に悲しいこともない。僕は、感情があってこその人間だと思っています。なので、もし僕から感情が消えたら、あまり存在する意味はないと思います。僕は楽しくない人生を過ごしたくない。きっと皆さんもそうだと思います。なので、やはり人間とロボットは違います。ちなみにAIとは何の略か知っていますか。AIは、人工知能を英語にしたものが、Artificial Intelligenceと言って、Artificialが、人工で、Intelligenceが、知能という意味だそうだ。その略がAIというらしい。



その根拠は、例えば僕はこの前、近所のヨドバシカメラの前で、挨拶ロボットを見ました。その挨拶ロボットは、挨拶はするけれど、感情がこもっていませんでした。それ故、棒読み口調になってしまう。その挨拶をされても僕はあまり嬉しくはない。でも僕は挨拶ロボットが欲しいです。理由は、単純に遊び相手が欲しいからです。



 母に人間とロボットの違いを聞いてみると、ロボットは故障したら人が修理しなければいけないけれど、人間には「自己治癒力」が備わっていて、自分の身体の力で解決ができることがあると言っていた。それを聞いて、僕はとても納得した。なぜなら、僕も怪我をして膝に傷ができることが良くあるが、かさぶたができて、何もしていなくても治ってしまう。人間の血管の中には、血小板がいて、血栓というネバネバしたものを作り、そこに赤血球や白血球がくっついて空気が流入しないようになり、乾く。それが乾くとかさぶたになるそうだ。一方、ロボットは人に修理をしてもらわなければならないので、簡単に言うと、人任せだと思った。でもロボットにも良い所がある。例えば、ロボットは完璧に教科書の内容を暗記できるけど、人間は忘れてしまったりもする。その記憶力は欲しいと思ったことはあるけど、それこそ人の力を借りているようなことだと思う。なので、僕はロボットやAIのような記憶力は欲しくない。



 父は、ロボットは寝なくても電池を入れるだけでエネルギーができる、というところが人間と違うと言っていた。電池があれば、人間より長い時間働けるから、つまり人間よりも稼げるということだ。大人は一日のうち、九時間から十二時間ほど働いている。それに対してロボットは二十四時間働けるから、人間の倍、またはそれ以上労働をしてその対価として稼ぐことができる。しかも夜勤は高いと聞いたことがある。病院や警備員さんなどは夜働く必要があるので、もしかしたら三倍は稼げるかもしれない。父は自分も充電で動くことができたらいいのに、と言っていた。僕もそう思うけれど、ご飯を食べることや、寝ることは好きなので、電池式じゃなくてもいいなと思った。母は疲れやすいので、電池で満タンにしたいと言っていた。僕は疲れ知らずなので、まるでロボットみたいだと母に言われた。



自分の意見を考えたり、母の意見を聞いたりして分かったのは、人間には人間の良さがあるし、ロボットまたはAIにも、ロボットまたはAIの良さがある。ロボットと人間は切磋琢磨しているが、それはそれぞれ違うことで、人の個性があるように力を合わせるともっといい世界になると思った。だからこそ、人間と、ロボット、AIは、みんな違ってそれでいいと思う。その違いを受け入れて、適材適所で共存していくことが人間とロボットにとって大切だと感じた。



 おっとそろそろ本の続きを読もう。

「確かに」