父親の役割
中2 すみひな(sumihina)
2025年5月3日
父親の役割とは何かと考えたとき、まず初めに思い付くのは社会のルールを子どもに教える存在であることだ。また、家族をひとつにまとめる軸となり、本当に価値があると信じる文化を子どもに伝えていくことも役割の一つだと思う。しかし、これらの役割を果たすためには、父親自身が何を大切にして生きているかという信念が必要であり、父親の言葉や態度、日常の行動からそれがにじみ出るのだと思う。だから、家の中での会話や一緒に出掛けたときの社会の関わり方で、父親の価値観は子どもに伝わっていくのではないだろうか。つまり、父親は「教えこむ」存在というよりも、「生き方で示す」存在とも言える。子どもは父親の背中を見て育つ、という言葉の通りだろう。
私は、「もの分かりのよい父親」には重要な役割があると考える。こうした父親は、子どもに自由や対話の余地を与えてくれるため、相談しやすく、心理的な安心感を与えることができる。思春期や進路のことで悩んだとき、じっくりと話を聞いてくれる存在はとてもありがたいものだ。しかし一方で、「善い意志」を育てるという面では難しさもある。自由を与えすぎてしまうことで、何が善いのかを子ども自身が見極める力が育ちにくく、わがままな子供に育ってしまう場合があるからだ。私のクラスには、親がゲームをする時間を一切決めず「やりたいならやればいい」という放任主義の子がいる。実際、その子のテストの点数などは良い方ではなく、あまり努力している姿を見たことがない。優しさと甘さは紙一重なのだ。「分かってくれる父親」がいつも正解とは限らないと私は思う。
一方で、厳しくて頑固な父親には、正しいことをはっきりと伝え、生活のルールや社会性を教えることができるという強みがあると思う。社会全体から見ても「父性」の力が発揮される場面は多い。2011年の東日本大震災のとき、被災地の自治会長を務めていたある父親が、家族や地域の人々を避難所に誘導し、安全を確保するために厳しい態度で指示を出したという。父親が「厳しくあろうとする姿」は、このような時、地域や社会において重要な意味を持つことがある。また、このような父親に育てられた子供は、社会での最低限のルールや正しいことを伝えられ、父という壁にぶつかっているので社会に出たときも波に流されずに生きていくことができると思う。
確かに、頑固で厳しい父親にもものわかりの良い父親にも、それぞれの良さがある。しかし、「凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。」というウィンストン・チャーチルの名言がある。一番大切なのは父親に導かれることでもなく、放っておかれることでもなく、自分から前に進もうとする意思なのだ。厳しくするのも、優しく接するのも、すべては子どものためにというまなざしがあってこそだと思う。時に厳しく、時に寄り添うことができれば、それが理想の父親像に近づく道なのではないだろうか。