言葉
   小6 あえほあ(aehoa)  2025年6月3日

  日本人は、自分の国の言語を国語といったり日本語と言ったりしますが国語、日本語の対立は実はこの問題と関係があるのです。そして、私たちの母語である日本語は、今徐々に外の視点を加味して整理される芽生えが出てきています。これは、一つの大事な国家的事業であり、個人ではできないことですから国際交流基金などが中心にやるべき仕事だと思います。

 わたしは、4年生の時、授業で前の子と同じ意見だったが、全く同じ言葉で発表するのは良くないと思い違う言葉で説明したら、クラス中の人に見られてて緊張したからか先生に「つまりどういうことですか」と言われてクラスみんなに笑われてしまったのだ。その時は、穴があったら入りたい気分になるほど恥ずかしかった。たぶん顔は真っ赤だったと思う。だからその日は、一日中うつむいてしまった。誰かに話しかけられたらちゃんと答えたが、誰にも話しかけられなかったらずっと顔が真っ赤だった。そんな出来事を春休みで振り返って5年生の時は、ほかの人とは違う言葉を使って説明できるようになり6年生になった今も説明できるようになったのである。人は恥ずかしいと思ったらその出来事を振り返ってみるのかなと思った。

 5年生になった去年、おじいちゃんの家に行った時、初めてではないがおじいちゃんが関西弁でしゃべりかけてきた時になんと言っているか分からず何となく返事をしていた。だけど今はどういうことか何となく分かってきている。まだ今も分からない事はたくさんある。それでも、お兄ちゃんも「だいぶわかってきたかも」と言っていた。それはそうだろう。なぜなら、お兄ちゃんはおじいちゃんの家に行くとすぐにおじいちゃんと一緒に機械をいじりに行くからだ。それに比べてわたしは、あまり機械をいじるのは好きではない。なぜなら、油が服やからだに着くとその油のにおいが残るからだ。

 最初は失敗や分からない事があるけど、慣れていったり、振り返ったりするとだんだん分かったりうまく説明できるようになるのだ。