あおつゆさん、こんにちは。今回の作文では、日本の伝統芸能である能における身体表現の深い意味を
掘り下げ、現代社会における身体と心の関係性について
洞察を加える形で論じています。とても興味深く読ませていただきました。
まず、能の足の動きを
詳細に記述し、その背後にある文化的および精神的な意味について考察している点が印象的です。この動きが単なるパフォーマンスでなく、深い精神性を
象徴していることを明確に伝えることができています。また、その説明を通じて、日本特有の身体観と西洋の身体観との対比を
描いている点も見事です。
さらに、現代社会における身体と心の断絶を、教育や労働
環境の例を挙げて説明している部分も、説得力があります。これにより、読者に対して、身体と心の一体感を重んじることの重要性を
訴えかけることができています。
全体を通して、伝統と現代という二つの時代を繋ぐ議論が展開されており、非常に考えさせられる作文となっています。このような深い
洞察と具体的な事例を用いることで、読者に対する
訴求力が増しています。
社会問題の主題がよく書けています。
体験実例がよく書けています。
書き出しの結びがよく書けています。
これからも、このような深い考察を持ち続けることで、さらに多くの人に
影響を
与える文章を書けるようになることでしょう。次回の作文も楽しみにしています。
森リン評価 能を見るとわかるが nnga 06月1週 あおつゆ字数/基準字数: 1636字/600字 思考点:74点 知識点:105点 表現点:97点 経験点:85点 総合点:87点 均衡点:-2点
| ●語彙学年表
| 小1 | 小2 | 小3 | 小4 | 小5 | 小6 | 中1 | 中2 | 中3 | 高1 | 高2 | 高3 | |
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思考点 | | | | | | | | | | | | | | 知識点 | | | | | | | | | | | | | | 表現点 | | | | | | | | | | | | | | 経験点 | | | | | | | | | | | | | | 総合点 | | | | | | | | | | | | | |
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1200字換算: 思考点:点 知識点:点 表現点:点 経験点:点 総合点:点 均衡点:-2点
| ●換算語彙学年表
| 小1 | 小2 | 小3 | 小4 | 小5 | 小6 | 中1 | 中2 | 中3 | 高1 | 高2 | 高3 | |
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思考点 | | | | | | | | | | | | | | 知識点 | | | | | | | | | | | | | | 表現点 | | | | | | | | | | | | | | 経験点 | | | | | | | | | | | | | | 総合点 | | | | | | | | | | | | | |
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●語彙の説明語彙 | 種類 | 個数 | 種類率 | 点数 | 説明 |
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思考語彙 | 19種 | 22個 | 86% | 74点 | 考える言葉です。 理由、方法、原因などの説明の語彙。 多すぎると、説明の多い硬い文章になる可能性があります。
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知識語彙 | 97種 | 145個 | 67% | 105点 | 難しい言葉です。 社会的な例や調べた例の語彙。 多すぎると、難しい言葉の多い重い文章になる可能性があります。
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表現語彙 | 152種 | 239個 | 64% | 97点 | 豊かな言葉です。 話題の幅が広い語彙。 多すぎると、散漫な文章になる可能性があります。
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経験語彙 | 44種 | 64個 | 69% | 85点 | 詳しい言葉です。 身近な例や経験した例の語彙。 多すぎると、身近な話の多い狭い文章になる可能性があります。
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種類率は、60%以上が目標。70%以上の場合は多様な語彙が使われています。 |
1636字
 | | 74点
 | | 105点
 | | 97点
 | | 85点
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字数 | | 思考語彙 | | 知識語彙 | | 表現語彙 | | 経験語彙 |
■思考語彙 19種 22個 (種類率86%) 74点
nたとえば,。たとえば,が思う,すれば,たから,たちにとって,だから,だろう,とらざる,と思う,のみ可能,を単なる,人に対して,今こそ,使用によって,成し遂げよう,見ると,見直すべき,訓練によって,
■知識語彙 97種 145個 (種類率67%) 105点
一体,一方,一般,不安,不良,不調,中心,二元論,仕事,企業,休息,伝統,体育,体調,作用,使用,信号,個人,傾向,優先,共通,内在,労働,効率,問題,場面,存在,学力,安定,常態,微細,必要,怪我,悪影響,意味,意志,感性,感情,感覚,所作,教育,文化,断絶,日本,時間,書道,本来,機会,機械,欲求,武道,気力,治癒,洗練,活動,満腹,無理,無視,状態,状況,独自,現代,現場,理屈,理解,生徒,生活,生産,異様,疲労,相互,眠気,睡眠,知性,知恵,知識,空腹,精神,経験,結果,習得,習慣,考慮,自然,舞台,芸能,茶道,表現,表面,訓練,身体,軽視,道具,重視,長時間,集中,食事,
■表現語彙 152種 239個 (種類率64%) 97点
あまり,いま,がち,がまん,こと,これ,しわ寄せ,そこ,それ,たち,なか,のみ可能,もの,よう,ん,サイン,スケジュール,ストレス,スポーツ,スマート,デスク,バランス,パソコン,フォン,リズム,ワーク,一つ,一体,一方,一般,不安,不良,不調,中心,二元論,人,今,仕事,企業,休息,伝統,体,体育,体調,何,作用,使用,信号,個人,傾向,働き,優先,共通,内在,力,労働,効率,動き,化,問題,型,場面,声,夜,存在,学,学力,安定,常態,座,形,微細,心,必要,性,怪我,悪影響,意味,意志,感性,感情,感覚,所作,教育,文化,断絶,方,日本,時間,書道,本来,機会,機械,欲求,武道,気力,治癒,洗練,活動,満腹,無理,無視,状態,状況,独自,現代,現場,理屈,理解,生徒,生活,生産,異様,疲労,的,相互,眠気,睡眠,知性,知恵,知識,私,空腹,精神,経験,結果,習得,習慣,考え,考え方,考慮,耳,能,自然,舞台,芸能,茶道,表現,表面,観,訓練,論,足,身体,軽視,逆,運び,道具,重視,長時間,集中,食事,
■経験語彙 44種 64個 (種類率69%) 85点
あう,おる,かける,が思う,しまう,とる,と思う,られる,れる,乗り切る,使う,傾ける,出る,切り離す,刻む,動かす,取り戻す,受け継ぐ,培う,基づく,宿る,崩れる,広まる,忘れる,感じる,成し遂げる,扱う,抱える,更かす,治る,生きる,発する,結びつける,続く,続ける,繰り返す,聴く,薄れる,見直す,超える,重んじる,鍛える,限る,食べる,
■総合点 87点
■均衡点 -2点
能を見るとわかるが
高2 あおつゆ(aotuyu)
2025年6月1日
能の足の動きは日常には見られない異様なもので、指を曲げて床に貼りつくように進み、途中でつま先が浮き、指が真っ直ぐになる。この不自然な動きには深い意味があり、能役者はまず全身の構えを習得することで自然にこの動きができるようになる。足の動きの美しさに魅了された筆者は、それが人間の通常の身体動作を否定するものであることに気づく。能の身体表現には、「自己否定」を前提とする変換の構造があり、それにより役者はあらゆる存在へと変化できる。その核心には「型」があり、型を繰り返すことで力が生まれ、現実の身体を超越する力が形成される。この型によってこそ、能役者は自然な身体を拒否し、精神的な次元に達する。日本の伝統的身体観は、身体の生理を穢れと見なし、体の線を隠す衣服文化と結びつき、西欧の精神と肉体を分離する思想とは対照的である。能においては、肉体を超えた精神的な身体そのものが表現され、それが観客との精神的なつながりを可能にするのである。そして、私が思うに、身体と心を別次元のものとする二元論的な考え方が日本でも広まって、身体と心が相互に作用しあうことが忘れられたからではなのかと思う。
たとえば、現代の教育現場では、学力や知識の習得が重視される一方で、身体を使った表現活動や体育の時間が軽視される傾向がある。長時間の座学が中心で、身体を動かす機会が限られ、生徒の集中力や感情の安定に悪影響が出ることもある。また、企業でもデスクワーク中心の労働が一般化し、身体の疲労や不調があっても「気力で乗り切る」といった精神論が重視され、心と体のバランスを考慮しない働き方が続いている。さらに、精神的な不調がある人に対しても、心の問題として切り離され、生活習慣や身体の状態と結びつけて理解されることが少ない。
そして、また私が思うに、身体の知恵を無視するようになったからだ。現代人は、睡眠や食事、休息といった身体の自然なリズムや欲求を軽視しがちである。たとえば、スマートフォンやパソコンの長時間使用によって夜更かしが常態化し、眠気や疲労といった身体からのサインを無視して活動を続けることが多い。また、効率やスケジュールを優先するあまり、空腹を感じても食事をとらず、逆に時間だからと満腹でも無理に食べるなど、身体の声に耳を傾ける感覚が薄れている。さらに、怪我や不調を抱えながらも無理にスポーツや仕事を続け、「がまんすれば治る」といった考えで自然治癒力を軽んじる場面も見られる。こうした状況を見ると、私たち現代人は、身体を単なる「道具」や「機械」として扱うようになってしまったのではないかと思う。効率性や生産性を優先するあまり、身体が発する微細な信号や、長い時間をかけて培われた身体の知恵に耳を傾けることが少なくなってしまった。その結果、心と体のバランスが崩れ、ストレスや不安、体調不良といった形でそのしわ寄せが表面化している。
しかし、本来身体には、理屈を超えた深い知性が宿っている。能の型のように、身体に繰り返し刻まれる動きや所作のなかには、個人の意志を超えた意味や力が存在している。これは、古くから受け継がれてきた芸能や武道、茶道、書道などの伝統文化にも共通しており、「型」を通じて身体と精神が一体となる経験が重んじられてきた。それは、身体と心が断絶していないという、日本独自の身体観に基づくものである。
私たちは今こそ、このような身体観を見直すべきなのではないだろうか。身体を無視して心だけで何かを成し遂げようとするのではなく、身体のリズムや声に耳を傾け、そこに内在する知恵とともに生きていく必要がある。能の舞台に見られるような、あの異様なまでに洗練された足の運びは、まさにそうした身体の深い理解と訓練によってのみ可能となる。身体を「鍛える」のではなく「聴く」こと――その感性を取り戻すことが、現代を生きる私たちにとって、いま最も必要なことの一つではないかと思う。