ありのまま
()
年月日
美とは、本来、自然の造化による創造物の性質を言いあらわす言葉である。美は人間に関係なく持続し続ける性質であることを、確かに承知し直さなければならない。この美に惹かれ、あやかろうとして、人間は創作活動を営んだ。自然の美の本質は、美醜の対立を超越したところにある。人間の創造に美はいずれも魏の対立概念としての美にとどまっていて、自然美の超越性にまで到達することが困難なのである。
自分や周囲のありのままの姿を大切にすべきだ。
第一の方法は、自分の本当の中身を表現することだ。僕は小さいころから和ものが好きだった。今も和ものが好きでいろいろなものを集めている。僕は高校に入って寮生活をしているが、そこでも和ものをたくさん持ってきている。たとえば、地下足袋のようなスニーカー(略して足袋靴)や、和傘などだ。その中でも、最近気に入っているのは、京都で買ったサムエだ。京都の伝統工芸品の絞り染めでできており、職人が一つ一つ手作業で作っているものだ。色合いと模様がとても渋く気に入り、今は寮でパジャマ代わりに使っている。最初このサムエを着だしたときは、みんなに、「山伏か!」などと言われていた。でもたしかに、和服を着たら心が落ち着くから、気が付いたら仙人になっているかもしれない。
第二の方法は、自然な自然とふれあっていくことだ。僕は、ゴールデンウィーク中に大阪万博へ行った。様々企画展があり、僕は特に医療や災害現場で貢献するようになる、新しい技術を紹介しているパビリオンが興味深かった。中には、予約がいっぱいで、行けないようなパビリオンもあった。その一つが、森林ツアーだ。僕の市にある企業の住友林業が行っているパビリオンで、夜の森林をランプを持って探検し、自然を感じるというコーナーだ。だがそのことに疑問を抱く人もいると思う。僕もそれは本当に自然を感じられるのだろうかと思う。人工的な自然だからだ。そしてそれはそもそも自然といえるのか。それよりも、自分の身のまわりにある自然とふれあうことが大切だと思った。
たしかに、ありのままを大切にしすぎると、自分と相手との価値観の違いなどがうまれてくる。しかし、自然とはつくられたものではなく、ありのままの状態であってこその自然である。だから、その自然のように、自分や周囲のありのままの姿を大切にして生きていくべきだ。