地球規模で考えるとは
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地球規模で考えるとは

   檜山惣一

 皆さんは、地球規模で何か物事を考えたことはあるだろうか?僕は、そんな風に考えたことはほとんどない。しかし、自分のこと、ここでは政治的な面で考えたいので、自分の国もふくめ、自分さえよければいいという考えが、広がってしまっているからには地球規模で考えるということを心掛けなければいけないだろう。だから、 僕は、自国の利益だけでなく、地球規模で何か物事を考えられる人になりたい。ここでは、二つの解決方法を考えていきたいと思う。

 まず一つ目の方法は、異文化尊重という視点を持つことである。僕は、修学旅行でシンガポールとマレーシアに行ったが、異文化尊重という視点からは、マレーシアで行ったホームステイが一番印象に残っている。ホームステイでは、伝統的な衣服を着用したり、伝統的な方法で食事をした。特に、手で食事をするということが、僕の異文化尊重という気持ちを形作ったものだと思う。ぼくは、もともと手で食事をするということに対してやや違和感を持っていた。そこで、僕はホストファミリーの人になぜ、手で食事をするのかと聞いてみた。そうすると、五感を用いて食事ができるからと教えてくれた。そうやって、異文化を自分の体で体験して、違和感を持ったことを積極的に解決しようとしたことが、異文化に対して新たな価値観を持つきっかけとなる。恐らく、昔の僕のように、異文化ついてあまり考えたことがない人は自分の国が中心という勝手な主観のもと、自己中心的な考え方が生まれてしまっているのだろう。そのような人が多くなればなるほど、他国について、考えることができなくなってしますだろう。まずは、他国について考えるということが第一歩だろう。

 二つ目の方法は先を見て行動するということである。先を見るということができない世の中ができてしまったからこそ、この地球にはさまざまな問題が押し寄せている。例えば、環境問題がその一つの例である。多くの国は、自国が発展するようにするために木を切ったり、工場を作ったりするなどという方法を取っただろう。しかし、全世界の国がその方法を始めてしまったことにより、どんどん、環境問題がエスカレートし、今では世界的なルールや法律を作らなければいけないという大変な事態に陥ってしまっている。一方、一つの国が産業の改革をはじめ、環境に異変があると気づいて、対策を取っていれば、今のような大ごとにはなっていなかっただろう。先を見て行動することで、一つの間違った行動が世界へ広がることなく、世界的にも、今より格段に楽な状態となるだろう。

 確かに、自国の利益を考えて行動するということはとても重要なことだが、それによって何が起こってしまうのかを考えた時に、それは一つの失敗だと言えるのかもしれない。名言に人類の最も偉大な思考は、意志をパンに変えるということである。というものがあるように、世界のために自分は何ができるのかということを考えて行動することが世界を救う一つの手段となるだろう。だから、僕は、自国の利益だけでなく、地球規模で何か物事を考えられる人になりたい。