落ちてきたら
   中1 なかすけ(nakasuke)  2025年6月3日

 「落ちてきたら今度はもっと高くもっともっと高く何度でも打ち上げよう美しい願い事のように」この詩のいのちは、美しい願い事のようにという素晴らしい「比喩」にあると言えるでしょう。この詩を読むと、いつも光さす空を見ていよう、紙風船が落ちてくるのに目をとめるより、何度も打ち上げるそのことに生きる証を見つけよう、というような祈りに似た詩の心が伝わってきて、励ましさえ感じます。比喩を、日常の会話でも効果的に使うと、表現が生きてきます。また、比喩は詩歌で古来重要な働きをしてきました。ところでいつだったか、これもテレビで見たのですが、スポーツ評論家のSさんが、こんな話をしていました。。「フォークボールの投げ方を選手に教えるのに、球をこう握ってこうして投げるんだよと、動作で見せるばかりでなく、カーテンのヒモを下へ引っ張るように――という例えで話してやると、印象強く、よりよく伝えることができる。」僕は、比喩は普段の生活で使っていくべきだと思う。

 第一の理由として、比喩を使うとわかりやすく、印象的に伝えられるからだ。幼い頃からピアノを習っていて、始めたばかりの頃、先生に、ピアノを弾くときは、手を卵を持つような形にすればよい

と言われた。その言葉は、幼い僕でも理解することができた。比喩表現は、相手に新しい視点を与え、物事を異なる角度から考えさせることができ、伝えたい事柄をわかりやすくイメージさせ、理解を深める手助けをし、表現したい事柄を情緒的・感情的にすることで、読者の心に響く効果があり、抽象的な概念や感情を具体的に表現し、相手の想像力を刺激したりします。これらのメリットにより、比喩表現はコミュニケーションや文学において非常に重要な役割を果たしていることが分かる。さらに、比喩表現を使うことで、印象的である。

 第二の理由として、比喩を使うことで、内容の説明を省略でき、わかりやすく伝えられるということだ。例えば、他人に雨がたくさん降っていることを伝えるとき、「雨がまるで、滝のように降っている。」というと、どれくらい降っているのかを分かりやすく伝えることができる。説明が難しくても、比喩を使うことで、短い文で物事について伝えることができるのだ。しかも、比喩表現は、伝えたい内容が明確になり、表現に深みを持たせることができる。

 確かに、比喩を使わず、正しく具体的に説明することも大切だ。しかし、「辞書のような人間になることではなく辞書をうまく使えるような人間になることが勉強の目的である。」という名言があるように、比喩をうまく使えるような人間になり、自分なりの表現を工夫していくことが大切である。