先日、日本産のトキの
中1 あささわ(asasawa)
2025年6月6日
日本産絶滅危惧種のトキのように絶滅寸前まで追い込まれた動物や植物を救おうとする努力は「人間の良識」だと評価されるが絶滅を確実視されるまで放置した後、救済努力を傾注することは大きな矛盾だ。1989年のレッドデータブックには約三万七千種もの動植物が絶滅の危機に直面していると記載している。ということは今までいた身近な生き物も姿を見るのがまれになってしまうことが多くなってしまうということだ。例えばアメリカは自然保護で先進国となった国でイエローストーン国立公園などが作られ自然に寄り添っている代表的な国だが他国よりも早く自然破壊が進んだから自然保護をせざる終えなかったとも考えられるのだ。
私は毎回動物園に行くたび、癒しを求めて真っ先にレッサーパンダを見に行っているのだが、そんなレッサーパンダも今絶滅の危機にさらされているという。レッサーパンダは国際自然保護連合のレッドリストに絶滅危惧種として記載されている。一般的に考えられる絶滅の原因としては交通事故や森林伐採、農地開発によりレッサーパンダの住む場所がなくなってしまうというのが多く考えられるが他にもペットや毛皮目的で捕まえる密猟などの違法取引や、ほかの動物からの病気も原因の一つとして含まれているのだ。そして実際動物園には必ずと言っていいほどレッサーパンダが住んでいるが実際にはネパール、ブータン、インド北部、中国南部、ミャンマーなどの限られた地域にしか生息しておらず、野生のレッサーパンダは世界に一万頭未満とされており非常に少ないのが現状だ。こうみると、日本の動物園にレッサーパンダが多いのは、野生のレッサーパンダを保護し、育てていくことに力を入れていることがわかる。また、生息地を守るための自然保護区が作られているほか、WWF-世界自然保護基金-などの団体が保護活動を行っていること、密猟や取引を禁止する法律も整備されていたりと日本だけでなく国際的にもレッサーパンダの保護に取り組んでいるのだ。
毎年真夏にセミの鳴き声が頭の中をぐるぐるして、しまいには勉強に集中できなくなってしまうのはあることだ。ただ、もしこの鬱陶しさがなくなってしまうと少し物足りなく感じるだろう。セミの鳴き声をあえて聞きにいっているわけでもないのに物足りないと思うのは不思議なことだが、やはり日常的に感じていたことが実際なくなると心細さを感じてしまうものだ。また、憂鬱な学校の登下校時にいろいろな色のお花を見て心が躍ったときのちょっとしたうれしさもなくなってしまうと考えると毎日憂鬱で悲しくなる。普段なんとも思っていないことでもなくなってしまうと心にぽっかり穴が開いたみたいに悲しくなる。ある日の朝にも鳥の鳴き声のおかげで学校へ遅刻しないで行けた時があったが、もしあの時鳥がいなかったら中学校生活初めての遅刻で友達にも馬鹿にされ親にも先生にも怒られるところだったので鳥にはとても感謝しているし絶滅すると考えただけでもハラハラする。
人間にとって自然とは人間の一部である。絶滅危惧種の主な原因は住む場所がなくなってきているという問題だ。人間も立派な動物なので「自分はその動物とかかわっていないし」と他人事にするのではなく「自分たちもいつかこうなるかも」と自分事にして考えることも重要だ。自分たちが動かない限り、今ある自然が何もせずにただ生き抜いてくれるわけでもないので人間が自然の一部となって清潔に暮らすことが大切だ。日々ゴミ拾いや節電などで、少しでも動物が生きやすい世の中を作っていくため、一つ一つの行動が肝心だと考えられる。