机の角が教えてくれたこと
   小6 みさ(misa)  2025年8月1日

「いったーっ」

 ある冬の朝、私はいつものように学校へ行く準備をしていた。外は寒くて、部屋の空気もひんやりとしていた。目覚ましを止めた記憶はあるけれど、そのまま二度寝してしまったようで、気づけば登校時間ギリギリ。あわてて制服に着替え、ランドセルをつかもうとした瞬間、足の小指を勢いよく机の脚にぶつけてしまった。「ゴンッ!」という鈍い音のあとに、ズキンと鋭い痛みが走り、思わずその場にうずくまってしまった。小指はみるみるうちに赤く腫れ上がり、涙が出そうなほど痛かったけれど、急いでいたのでそのまま家を出るしかなかった。

 駅までの道のりは地獄のようだった。一歩足を出すたびに痛みが広がり、バスの中ではなるべく足をかばいながら立っていた。学校に着いても痛みはおさまらず、靴の中で小指がうずいていた。クラスメートに「どうしたの?どこか痛いの?」と聞かれたけれど、「ちょっとぶつけただけ」とごまかした。実際は歩くだけでつらかったし、体育の時間にはほとんど走れなかった。先生にも「今日は無理しないでいいよ」と声をかけられたとき、ほっとする一方で、少しだけ情けなさも感じた。私は、こんな小さなけがで一日がこんなにしんどくなるとは思っていなかった。そして、体に痛みがあると心にも余裕がなくなって、人にやさしくすることすら難しくなることに気づいた。

 帰宅後、母に事情を話すと、「朝から変な歩き方してたもんね」と笑いながら、湿布を貼ってくれた。じんじんしていた小指が、冷たい湿布に包まれて少しだけ落ち着いたとき、私はふと思った。あの朝、もう少し落ち着いて行動していれば、机に足をぶつけることもなかったかもしれない。ほんの少しの不注意が、一日中続く痛みを生むこともある。そしてその痛みが、気持ちや態度にまで影響を与えるなんて、思ってもみなかった。けれど、そんなときに「大丈夫?」と声をかけてくれる人がいること、手当てをしてくれる人がいることは、とてもありがたいことだった。だからこそ、私は今度から、自分も誰かがつらそうにしていたらそっと声をかけられる人になりたいと思った。

 まとめると、この「足を机にぶつけた」という何でもないようなできごとは、私にとって意外にも深い学びになった。痛みを経験することで、自分の行動をふり返るきっかけになったし、他人の気持ちに少し近づけたような気がする。次からは朝の準備も、もっと落ち着いて丁寧にしたい。ケガをしないためにも、自分の一つひとつの行動を大切にしようと思う。そして、誰かが困っていたら、そっと声をかけられる、そんな人になりたい。あの机の角は、ただの木の板ではなく、私に「注意と共感」を教えてくれた先生のような存在だった。もう痛みはとっくに消えたけれど、その日の気づきは、これからも私の中に残り続けると思う。