オイルショック
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 筆者は、石油をほぼ輸入に頼る日本にとって、1970年代のオイル・ショックは致命的な打撃になると直感し、「これで日本もおしまいだ」とまで感じました。この強い不安の背景には、筆者自身の過去の記憶、特に太平洋戦争前夜の石油禁輸が戦争の引き金となったという歴史的体験が重なっています。当時の日本は、自国で石油を確保できないという構造的な弱さを抱えながらも、戦争へと突き進んでいきました。オイル・ショックがその記憶を呼び起こし、同じような危機が再び日本を襲うのではないかという強い危機感が筆者を包んだのです。

しかし、筆者の予想に反して、日本社会はその危機を見事に乗り越えていきました。経営者と労働者が一致団結し、生産効率の改善、省エネルギー技術の導入など、企業や政府が一体となった努力の結果、日本経済は再び成長軌道に乗ることができました。むしろ、オイル・ショックは日本にとって「うれしい誤算」とも言える契機となり、日本の技術力や経済の柔軟性、そして組織としての対応力が世界的に高く評価されるようになったのです。このように、危機をきっかけに国際的な地位を高めたという点において、当時の日本には大きな誇りと自信が生まれました。

しかし、その「成功」の裏には新たな問題も潜んでいました。日本製品の国際競争力が高まったことで輸出が急増し、特に家電製品や自動車など一部の品目はヨーロッパ市場を圧迫するようになりました。これにより、現地の企業が打撃を受け、失業者が増加したことを受けて、ヨーロッパ諸国では日本製品の排除運動が激化しました。結果として、日欧間には深刻な貿易摩擦、いわゆる「貿易戦争」とも言える状況が生じることになったのです。日本の経済的成功が国際社会との緊張を生むという、もう一つの側面がこの時期に浮かび上がったと言えるでしょう。

このような歴史を踏まえると、私たちは石油というエネルギー資源に依存する生活の不安定さについて、あらためて考え直さなければならないと感じます。石油価格の急騰や供給不安は、たちまち生活や経済に影響を及ぼします。これは、特に資源のほとんどを海外に頼る日本にとって深刻な脆弱性を意味します。そして、その原因の根底には、高度経済成長を背景にした大量生産・大量消費の生活スタイルがあると私は考えます。このライフスタイルは、経済成長の原動力であった一方で、資源の浪費や環境破壊といった負の側面も多く抱えていたのです。

さらに言えば、この生活スタイルは単に物質的な豊かさだけを追い求め、エネルギー効率や持続可能性といった価値を軽視してきました。結果として、社会全体が石油などの化石燃料に過度に依存する体制が出来上がり、価格の変動や供給の不安が直ちに社会不安へと結びついてしまう脆弱な構造が生まれてしまいました。これは、エネルギーの安定供給だけでなく、気候変動や環境問題とも深く関わる現代的な課題です。

オイル・ショックは、単なる過去の一事件ではありません。それは、私たちの生活の在り方、価値観、そして経済と環境の持続可能性という大きなテーマに対する警鐘であり、今もなお私たちに深い問いを投げかけ続けています。省エネルギーの推進、再生可能エネルギーの導入、消費の見直しなど、社会全体で意識改革を進めることが求められています。そして何よりも、目の前の経済的成功に浮かれるのではなく、その背景にある構造的問題に目を向け、長期的な視野に立った社会づくりをしていくことが、今後の日本、そして地球社会全体にとって必要不可欠なのではないかと、私は強く思います。